人間の動作と可能性を拡大する世界初の「搭乗型外骨格スーツ」を極める

スケルトニクス株式会社代表取締役CEO 阿嘉倫大氏

全長2.8メートル、剥き出しの骨格が鈍く光を放つ。そして、ひとたび骨格の中に人が乗り込み、身体を動かすと、たちまち人とロボットが一体化し、ダイナミックに動くーー。

今回ご紹介するのは、世界初の搭乗型外骨格スーツ「スケルトニクス®」を事業化したスケルトニクス株式会社です。「スケルトニクス®」は人間の四肢の動作すべてを数倍に拡大し、通常の人体では表現できない腕や足の動きを実現します。
ロボティクスの本場アメリカでは軍事用途での開発が進んでいますが、スケルトニクスはエンターテイメント分野に特化し、楽しんでもらうためのロボットにこだわり続けています。

昨年末(2017年12月)にはサイバーセキュリティ事業等を展開する株式会社ココンからの資金参加も受け、今後の事業拡大や研究開発の加速が期待されています。

同社CEOの阿嘉倫大氏に外骨格スーツへのこだわりや今後の展開について、じっくりお話を伺いました。

阿嘉倫大氏

代表取締役CEO
阿嘉倫大氏

1989年沖縄県生まれ。高専ロボコンに熱中し、2008年の大会で優勝。以後、高専時代の友人とロボコンでの成果を発展させた「スケルトニクス」開発を進める。2011年、首都大学東京システムデザイン学部ヒューマンメカトロニクスシステムコースに進学。2013年、スケルトニクス株式会社を設立し、取締役CTOに就任。2016年4月より代表取締役CEOに就任。

スケルトニクス株式会社

スケルトニクス株式会社
https://skeletonics.com/

設立
2013年10月
社員数
2名

《 Mission 》
人類の進化を導くため究極の外骨格である動作拡大型デバイス「スケルトニクス」を提供します。
《 事業分野 》
モビリティ・ロボティクス
《 事業内容 》
①エンターテイメント分野に特化した外骨格ロボット「スケルトニクス®」の開発・製造
②ロボット特注製作(フレーム設計・回路設計・ロボット設計)
③ロボットレンタル・販売

モノづくりと部活に明け暮れた少年時代

アマテラス:

阿嘉さんの生い立ちについて聞かせてください。

スケルトニクス株式会社 代表取締役CEO 阿嘉倫大氏(以下敬称略):

1989年、平成元年に沖縄市で生まれました。父親は個人事業主として建築の設計やデザイン、内装業をしていました。母親はもともと理容師をしていました。

家にドラフター(製図台)があり、父親が設計図を書いていたのを覚えています。工事の現場に行くことも多かったようで、家には日曜大工工具のようなものがありました。住んでいた家も父親が自分で設計したそうです。

アマテラス:

どのような少年でしたか?

阿嘉倫大:

友だちと外で遊ぶ毎日でしたが、モノづくりは小さい頃から好きでした。折り紙や編み物をしたり、母親から借りたミシンで何か作ったりしていました。

中学では2年生からバスケ部に入部しました。練習で体力がつき、バスケ部で中学最後の大会が終わってからも、陸上の大会に800メートル走で出場し、さらに駅伝にも出て、卒業間近まで部活を続けていました。

※以下、スケルトニクスの紹介動画。未来のことだと思われていたモビルスーツ型ロボットが日本で既に誕生している

高専でロボコンに出会い、モノづくりに邁進

アマテラス:

高専に進学されましたが、当時からモノづくりをしたいという気持ちがあったのですか?

阿嘉倫大:

当時、沖縄高専は開校したばかりで、僕が2期生でした。中学でパンフレットを見て、新しい学校で寮もあり、面白そうだと思いました。高度で専門的な教育が受けられる期待感もありました。

当時はまだ「起業しよう」とか「エンジニアになろう」といった具体的な考えはありませんでしたが、僕はモノづくりが好きだったので、高専か理数系の大学進学を前提とする高校に進路を決めました。
そして、第1志望の高専に通うことになったのです。

アマテラス:

進路を決める際、ご家族のアドバイスはありましたか?

阿嘉倫大:

入試の倍率が比較的高かったので、「きちんと勉強しなければね」と言われたくらいです。家族は僕の好きなことを尊重してくれました。

アマテラス:

高専では、1年生から「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」(以下、ロボコン)に出場していますが、きっかけは何だったのですか?

阿嘉倫大:

それが、特に意識もなく、とてもナチュラルにロボコンをやっていました(笑)。
「ロボット製作委員会」というクラブでロボコン参加希望者の説明会があり、何となく行って、自然に入部していました。自由なクラブで、場所や予算の確保等では学校が手厚くサポートしてくれましたが、活動の方向性等は学生に任せられていました。

プロジェクトマネジメントの力で優勝

アマテラス:

2008年のロボコンで見事優勝されました。どんな努力、工夫をされたのでしょうか?

阿嘉倫大:

全国優勝の前後は、とても考えさせられることがありました。主催者はロボコンを「アイデア対決」とうたっています。しかし、実際はアイデアよりプロジェクトマネジメントの勝負だと強く感じました。

例えば、製作中のロボットに3試合使ったら出てくる内部機構の不具合が見つかったとします。これに対応する選択肢はいくつかあります。エンジニアは何試合使っても不具合が出ないよう改良するという選択肢を取りたくなります。しかし、試合本番までの残り時間が短い場合、「改良しない」で、予備パーツをたくさん作り、不具合が出る前に交換するという選択肢もあります。

改良には時間を始めリソースを割く必要があります。逆に、予備パーツであれば数日で作成でき、残りの時間を練習に充てられます。目的が全国優勝にある場合、冷静に考えれば、練習する方が絶対にレースタイムを短縮できると思います。

アマテラス:

「優勝」という目標から落とし込んだプロジェクトマネジメントが必要だということですね。

阿嘉倫大:

ただ、このアプローチはモノづくりという信条とは矛盾しているので、強いジレンマを感じます。
ロボットを作りたいのに、練習に打ち込んでいるという(笑)。真剣に全国優勝を目指そうとすると、技術面以外の選択肢を選ぶ必要が何回も出てきます。優勝した年の意思決定はシンプルで、いくつかある選択肢のうち、一番優勝に近づく選択肢を冷徹に選択し続けました。

優勝するのは枯れた技術を洗練させたチーム

アマテラス:

技術的なレベルも相当高くないと優勝できないと思います。不利な新設校で技術力はどうやって高めたのでしょうか?

阿嘉倫大:

もちろん優勝には一定の技術力が必要です。しかし、基礎体力的な技術力にはある程度上限ラインがあると感じています。そこまでは個人やチームでテーマを持って取り組むことで到達しました。それと九州沖縄地区で良かったという面もありますね。

アマテラス:

九州沖縄地区で良かったというのはどういうことですか?

阿嘉倫大:

ロボコンには2つの大きな賞があります。「優勝」は、シンプルに最多得点でトーナメントを勝ち上がれば優勝です。もう一つの「ロボコン大賞」は審査で決まり、スペックが高くなくとも、評価されれば選ばれるので、そちらを目指す学校もあります。

少なくとも当時の九州沖縄地区は優勝を目指す高専が多く、競技に対してコミットしてきます。真剣な者同士、試合前は本当にピリピリしていますが、終わった後はとても仲良くなり、技術面でいろいろ教えてもらいました。

アマテラス:

ロボコンではどのようなチームが優勝することが多いのですか?

阿嘉倫大:

過去を分析すると、素晴らしいテクノロジーや戦術のチームは優勝しない傾向があります。新しい技術の開発は多大なリソースを使います。その上開発が成功してもピーキー(Peaky. 高性能だが操縦性が低い)で、肝心な場面で転倒といったトラブルも多いものです。

結果として優勝しているのは、枯れた技術を洗練させた安定したチームです。僕らも高すぎる技術開発への挑戦より、安定した技術で扱いやすいロボットを目指していましたので、新設校でも優勝できたのかもしれません。

高い目標に全員がコミットできるようマネジメント

アマテラス:

ロボコンチーム内での阿嘉さんの役割はどのようなものだったのですか?

阿嘉倫大:

僕は肩書きがなかったんです(笑)。
スケルトニクス株式会社の前代表、白久が班長として意思決定やマネジメントを担っていました。彼はロボットの操縦にも製作にも開発にもあまり携わらず、ずっとノートを持って計画や意思決定の戦略を考えていて、それがチームマネジメント的に大きなアドバンテージになっていました。
もう一人のキーマンは部長の玉城で、出場する2チーム全体を統括し、学校側と予算調整などを行っていました。

僕は、初めて「歩行」という課題がルールに取り込まれた年でもあり、二足歩行の責任者でした。ただ、技術的なポジションにはいましたが、一方でチームマネジメントの仕掛けの方にも力を入れていました。白久が意思決定をリードし、僕は意思決定のシステムづくりを担っていました。
「目的に合った手段を選ぶ」という目的志向の意思決定システムを浸透させ、その下で動けるチームを目指して、メンバーの承諾を取り、方向性を作る役割です。そして、ロジックと同時に心情的な部分、モチベーションを維持して高い目標に全員がコミットできるよう考えて動いていました。

アマテラス:

チームメンバーの目線を合わせるのは本当に大変だと思います。「ロボコン優勝」という目標も、中には「そこまでしなくても」という人もいたことでしょう。皆の目線をどうやって合わせたのですか?

阿嘉倫大:

徐々にでしたね。1年目は本当に酷かったです。僕らのチームはスタートゾーンから出られなかったですから…。チーム体制も未整備で、新入生が入部しても放任状態で次々と辞めていきました(笑)。

ただ、最悪のスタートだったことで、「クリアしないと意味がない」という雰囲気が生まれてきました、例えば、華々しいアンカーを担当していた技術力の高い先輩に大会当日ではバトンをつなぐことすらできず、その翌年はその先輩がスタート担当に変わるといったことが起こりました。
そして、翌年はいい成績が出て、その翌年にはチーム内の話し合いも増えました。そうやって成果至上主義、勝負に徹する土台が徐々に固まり、優勝した年はチームとして全力でコミットできる状況が整っていました。

僕は「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海・著/ダイヤモンド社)という本を読んだ時、「あ、僕がみなみちゃんだ」と思いました。組織マネジメントや目標設定に関する本を読んで、目標設定の仕方やメンバーのビジョンの合わせ方を応用しているところが同じだと感じました。

大学時代にロボコン仲間と起業

アマテラス:

その後、大学時代に起業されていますが、どういった経緯だったのですか?

阿嘉倫大:

ロボコンで燃え尽きた後、卒業前に進路の結論を出せなかったので受験もせず、研究生という形で高専にしばらく籍を置いていました。そこで今後を考える中で、モーター技術や半導体技術といった局所的な技術を学ぶよりは、総合的なプロダクトとして規模の大きいロボットを作りたいと決意しました。

ロボットを作るには、機械も電気も材料も制御もプログラミングも必要なので、それらが勉強でき、高専からの編入学が可能で、行ってみたかった東京にあり、といくつかの条件で選び、最終的に第1希望だった首都大学東京のシステムデザイン学部ヒューマンメカトロニクスシステムコース(当時。現在は知能機械システムコース)に進みました。

入学試験合格後、実際に大学が始まるまで時間があったので、ロボコン仲間の白久と玉城に搭乗型外骨格スーツのアイデアを話して、3人でスケルトニクスの初号を製作しました。イメージに近いロボットが完成し、イベントにいくつか出展した後、僕は東京で学生生活を送っていました。

ところが、「ニコニコ動画」に投稿した動画が好評で予想以上の反響があり、アート系やテレビ制作会社などから造形製作の依頼が来たのです。それらの問い合わせや引き合いには可能な範囲で対応し、スケルトニクスのプロジェクトは終わったはずでした。

しかし、「もっと凄いものを作りたい」という思いから2012年頭にチームを再結成しました。そして、じわじわ活動を続けていた中でスケルトニクスの販売という大型案件が浮上し、そのタイミングで法人化したのです。
スケルトニクス株式会社を設立した目的は、僕がアイデアを温めていた、人から車へと変形するロボットスーツ「エグゾネクス」の開発リソースの調達です。

僕は大学生活にそれほどコミットできなかったことから、休学してスケルトニクス株式会社に参加し、今に至るという経緯です。

アマテラス:

周囲が就職する中で、「自分も」という気持ちはなかったのでしょうか?

阿嘉倫大:

法人化後に復学して大学を卒業しましたので、就職する道もあったと思いますが、ごく自然にスケルトニクスを続けましたね。

僕は「好きなことだけをして生きていきたい」と考えていて、ベンチャーは頑張ればその夢が実現する気がしていたので(笑)、その道を選びました。また、父親が自営業だったので、会社勤めのイメージがなかったということもあるかもしれません。

資金ショートというゾンビに怯える日々

アマテラス:

2013年10月に法人化し、4年が経ちました。これまで資金面も含めた経営の壁はどうやって乗り越えてきましたか?

阿嘉倫大:

スケルトニクスの初号機は元々僕のアイデアだったこともあり、技術的には僕のリードが強く、経営面は白久がリードしていました。彼が慎重にセーフティネットを張り、堅実にスタートしました。僕は開発現場で徹底的なコスト削減やリソースの有効活用に努めていました。

とはいえ資金の問題は本当に恐怖でした。月次決算資料を見ると徐々にキャッシュが減っていて、ゾンビが襲ってくるような(笑)感覚がありました。

方針から融資も出資も受けていませんでした。また、当初はメディア露出を優先させるため、スケルトニクスを持ち出しでイベントに出展したり、無料に近いオファーを受けたりといった先行投資を続けていました。ですので、2014年頃は本当に苦しかったです。

今後の売上予測もできず、適正な価格設定方法もわかりません。資金ショートに怯えながら、切り詰めて活動していました。自分たちの給料も最低限でしたね。

アマテラス:

外骨格スーツは世界的に見ても珍しいので、戦略が立てにくいと思います。

阿嘉倫大:

どうアプローチすれば良いのかもわかりませんでしたから。
ただ、メディア露出で多くの方の目に留まってコンタクトをいただき、徐々に仕事へと繋がっていきました。2014年後半にはハウステンボスへのスケルトニクス販売、紅白歌合戦のオファー(氷川きよし氏の舞台に協力)、ドバイ首長国への機体販売と案件が固まってきて、2015年初めにはある程度キャッシュ面が落ち着きました。

そこでエグゾネクスの開発に注力するため、現在の、100平米ほどあるオフィスを借りました。以前は25平米と狭く、開発スペースも机2つ分ぐらいだったので、今は本当に仕事がしやすくなりました。

ビジネスショーや科学イベントで活躍

アマテラス:

売上のベースとなっているのは、どのような業務ですか?

阿嘉倫大:

イベントへの派遣が典型的です。幕張メッセなどで開催されているイベントや展示会に、ブース演出としてスケルトニクスをレンタルしたりします。また、都心だけでなく地方で開催されるイベントでも演出やコンテンツとして引き合いを頂いております。販売ほどではないですが、大きな売上になります。

ブース演出は、まずデモンストレーションとして、歩行や動作をお見せできます。一般の方が搭乗して歩くのは危険もあるので、スタッフが乗ります。それから操縦体験として、足を固定した状態で一般の方に搭乗してもらい、腕だけを動かせてもらうこともできます。

企業とのコラボレーション案件も多く、たとえばスクウェア・エニックスとご一緒した仕事では、「フィギュアヘッズ」というゲームの中に出てくるロボットを現実化するということで外装を製作し、東京ゲームショウに展示されました。

科学系イベントへのレンタル依頼もあります。科学教育として様々な地方で開催されていて、超伝導体モノレールやVRのような新技術を体感するブースと並列して呼んでいただいています。

※以下、スクウェア・エニックスとのコラボレーション案件のドキュメンタリー動画『スケルトニクス × フィギュアヘッズ リアル2Footへの道 vol.3 「試作」』

「売り込まずに売れる商品」が理想

アマテラス:

業績はある程度安定してきたようですが、理由は何でしょうか?

阿嘉倫大:

スケルトニクスをレンタル・展示する業務自体が、イベント関係者への良いプロモーションになっています。メディア取材も多いので、それも宣伝になります。

僕の理想は、「こちらから使ってください」と売り込むより、クライアントの方から「使わせて欲しい」と依頼が来るよう、きちんと弊社が提供できる製品、サービスの価値をお伝えできていることです。

そのためには、次の製品やサービスのレベルを上げ続けなければ、飽きられてしまいます。大変ではありますが、レベルアップし続けることは、僕にとって理想で、そういう姿でありたいですし、今それができているのは喜ばしいことです。そして、ただ作るだけでなく、クライアントにとって価値ある製品であること、その存在がここにあることを知ってもらう努力を続けたいですね。

町工場からベンチャー企業へと進化したい

アマテラス:

現在の経営面での課題は何ですか?

阿嘉倫大:

知り合いのベンチャー関係者から鋭い指摘をされました。「初期のスケルトニクス株式会社は、ベンチャーというよりスモールビジネスだ」という言葉でした。

「社会を変えよう」とか、「メガベンチャーになる」といったミッションが発端ではなく、「エグゾネクスを作りたい」という気持ちから生まれているので、町工場と同じだと。
実際その通りで、全部自分たちでこなす状態でした。イベントがあれば社員総出で準備して、設営も自前というような。

ただ、今後は事業の拡大を目指していこうと考えていますので、大きなキャパシティが必要になります。自分が頑張るだけでなく、チームとして役割分担を含めて、社内の体制を整備していくことが課題です。

目的は、「究極の外骨格をつくる」

アマテラス:

チームとして社内を整備する際に欠かせない、会社の目的は何ですか?

阿嘉倫大:

実は、設立時の目的であったエグゾネクス開発プロジェクトは期限内に目標スペックに至ることができず、2015年末に終了しています。その時点で一度、スケルトニクス株式会社は存在意義を失いました。
当時、時間を掛けて何度もメンバーで今後について話し合いました。結局、白久は次のキャリアへの挑戦として退社し、僕は引き続き挑戦したかったので会社を残し、以降代表として続けています。

現在の会社の目的でありモチベーションは、「究極の外骨格をつくる」ことです。僕のフォーカスはパフォーマンスの高い装着型のロボット作ることにあります。おこがましいですが、今あるロボットは、世の中が本当に欲しいスペックに達していないと思うのです。もっと飛んだり跳ねたりする(笑)、本当のスーパーロボットを人々は欲しがっているはずです。それは僕も欲しいですし、作りたいですね。

高いハードルですが、スケルトニクス株式会社が提供すべき価値を考えると、そこへ行き着きます。みんなが欲しい、もしくは、ある種誰よりもスケルトニクスを知っている私自身が欲しいということは、価値があることのはずなので。

今、新たな事業構想として外骨格スーツで思う存分、飛んだり跳ねたりして、エクストリームスポーツに挑戦することを考えています。そのために、今のプロダクトやサービスをレベルアップさせながら、夢のように高いパフォーマンスが可能なパワードスーツの提供をビジネスとして営利化し、事業展開できればと考えています。

外骨格スーツの魅力は、領域の広さ

アマテラス:

人間が搭乗して操縦するロボットへの強いこだわりを感じますが、その情熱はどこから来ているのでしょうか?

阿嘉倫大:

よく、「どんなロボットアニメが好きなんですか?」という質問をされますが、僕はロボットアニメも好きですが、それより、モノづくりが好きだということが情熱を生んでいます。

中でもパワードスーツというパッケージは規模が大きく範囲が広いので、大きな魅力を感じます。制御や電気、機械の知識が不可欠で、デザインも必要です。人が乗るので人体への理解も欠かせません。そこにやりがいがありますし、課題解決の介入方法がたくさんあるため、同じ分だけ可能性がたくさんあるという点で大きな魅力を感じ、情熱を注いでいます。

求めるのは、会社のビジョンと「やりたい」が合致している人

アマテラス:

最後の質問です。事業の拡大や加速にあたり、求める人材はどういう人ですか?

阿嘉倫大:

一緒に働く人は、一緒に未来を作っていくので、外骨格スーツ開発に魅力を感じてくれる人が大前提です。そして、スケルトニクス株式会社で働くことがその人にとってのやりたいことであって欲しいですね。この会社のビジョンの達成が、その人のビジョンに合致しているなら、叶えるために一緒に働きましょうという思いです。

アマテラス:

この会社で働く魅力についてはいかがですか?

阿嘉倫大:

本当にロボットが好きで、自分が信じる「すごいロボット」を作る。真っ直ぐにその目標へと向かい、求めている人に提供する。そんな会社です。その真っ直ぐさは魅力ではないかと考えています。

アマテラス:

確かに、ただ営利のためではなく、純粋にモノづくりに携われる環境は貴重です。

阿嘉倫大:

企業なので、営利目的ではないとは言えませんが(笑)が、その手段として本当に欲しいもの、本当に提供したいもの、本当に見たい世界に対して、真っ直ぐにコミットし、それを営利化していきたいと考えていますし、その姿勢によって高いパフォーマンスを発揮できると考えています。

アマテラス:

その真っ直ぐさは本当にスタートアップならではの魅力だと思います。素敵なお話をありがとうございました。

この記事を書いた人

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河西あすか

慶應義塾大学経済学部卒業後、食品メーカーにて商品企画等のマーケティングを担当。 慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了後、企業再生・変革の実行支援コンサルティングファームに在籍。

スケルトニクス株式会社

スケルトニクス株式会社
https://skeletonics.com/

設立
2013年10月
社員数
2名

《 Mission 》
人類の進化を導くため究極の外骨格である動作拡大型デバイス「スケルトニクス」を提供します。
《 事業分野 》
モビリティ・ロボティクス
《 事業内容 》
①エンターテイメント分野に特化した外骨格ロボット「スケルトニクス®」の開発・製造
②ロボット特注製作(フレーム設計・回路設計・ロボット設計)
③ロボットレンタル・販売