CEO INTERVIEWS

起業家インタビュー

Vol.69
2017年08月02日
ユニファ株式会社 | 代表取締役   土岐 泰之 氏

ユニファ株式会社
代表取締役  土岐 泰之 氏

見守られて育つことこそが「教育の根源」

はじめに

ユニファは、保育園や幼稚園での子供の様子を、保護者がタイムリーにスマホで閲覧できるサービスを提供。
「家族×テクノロジー」で世界中の家族コミュニケーションを豊かにすることを目指しています。
土岐社長に生い立ちや、ユニファ創業の経緯、今後の展開についてお話を伺ってきました。

ユニファ株式会社
代表取締役  土岐 泰之 氏
(とき やすゆき)

【経営者略歴】
ユニファ株式会社 代表取締役 土岐 泰之氏(とき やすゆき)
1980年福岡県北九州市生まれ。九州大学卒業後、住友商事、ローランドベルガー、デロイトトーマツコンサルティングを経て現職。
「家族×テクノロジー」で世界中の家族コミュニケーションを豊かにする。このビジョンを実現するために2013年、UniFa『Unify(一つにする)+Family(家族)』ユニファ株式会社を設立。
2017年3月に行われた米開催のスタートアップW杯で優勝。

  • MISSION

    「家族×テクノロジー」で世界中の家族コミュニケーションを豊かにする。

  • 事業分野

    IoT

  • 事業内容

    ・家族コミュニケーションを豊かにするポータルメディア事業
    ・保育園IOT事業:見守りロボットMEEBO の開発・運営

  • 設立

    2013年5月

  • 社員数

    42名

  • 企業URL

    https://unifa-e.com/

起業家紹介

土岐 泰之 氏
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家族といつも一緒に過ごし、愛されて育ったことを感じられた幼少期

株式会社アマテラス:土岐さんの生い立ちについて教えて下さい。

株式会社ユニファ土岐氏(以下、土岐):北九州の自然豊かなところで生まれました。家族構成は、両親、姉、弟の5人家族です。祖父母、いとこがみんな近くに住んでいる環境で育ちました。いつも家族と一緒の時間を過ごしていて、みんなで一緒に暮らすのは楽しいなという思いが、私の原体験として心に残っています。

目の前に住んでいた祖母が元小学校の先生だったのですが、退職後寺子屋のような感じで、近所の子供達を集めて勉強を教えていました。そこで、教育事業に対して関心を持った部分も、原体験としてあります。

女性が多い家系の中、久しぶりに生まれた男の子だったので、祖父母も親戚も特に可愛がってくれました。大事にされている、期待してくれている、見守られているというのを、心の奥深くで感じられたのが、すごくラッキーだったと思います。可愛がってくれるみんなに喜んでもらいたいという思いが、勉強を頑張る事につながりました。

株式会社アマテラス:小学校時代はどのような子供でしたか?

土岐:北九州で過ごした小学生時代は、足が速かったこともあり、いい意味でお山の大将でした。しかし父の転勤で小学校3年生の時、長崎に引越しをしたのですが、当初は方言もわからないし、人気者から一転普通の子になりました。

「人間関係の作り方」を学んだ、寮生活

株式会社アマテラス:中・高校生時代のお話を教えてください。

土岐:受験勉強をして長崎にある中高一貫の進学校に入学をしました。そこで得た友達との関係は、今でも濃密なものです。起業することになり、一番初めに出資をしてくれたのも、中高時代の友人達でした。

寮生活を送っていたのですが、毎晩消灯後の暗闇の中、語り合っていました。その他愛もない会話の中で、濃密な関係を築くことが出来ました。その中で自分なりの人間関係の築き方だとか、人格形成みたいなところを学べたと思います。寮生活を通して、すごく得難い経験ができたと思っています。

「リーダ―シップ」に目覚めた、高校時代の空手部

土岐:中学生の頃は、自分探しというか、何かもやもやしながら、漫然と過ごしていました。高校生になり空手部の主将になったことで、もう一度本当の自分に出会えた気がします。

空手は個人技ですが、チームで練習もします。腕っ節が強くなるので、けんかをしてしまうと廃部になるリスクがあります。その倫理観を、主将として部内で共有していく中で、リーダーシップに目覚めたというのが明確にあります。

例えば、2時間練習したその後に、10分くらい私の講話が始まります。今考えると面倒な主将だと思うのですが。「今なぜこの練習をしているのか」「基本的に学校でどう振る舞うべきなのか」を、単純なスポ根だけだと嫌だったので、技術面の理論や精神論を熱く話していました。

その時に、“本当に熱中することが見つかった時、やるべきことがわかった時、人を巻き込んで引っ張る力が自分の奥底にある”ということに、明確に気付きました。

大きな転機となる、妻との出会い 

株式会社アマテラス:九州大学時代に今の奥様に出会って大きな転機になりました。

土岐:九州大学に入学し、いろいろな世界を見たいという思いから、文化系の英会話サークルに入りました。中高時代にリーダーシップに目覚めていたこともあり英会話サークルでもキャプテンをしていました。

そこで大学の先輩である、妻に出会いました。この出会いが、いろいろな意味で現在のユニファの事業につながっていると思います。妻との出会いは、大きな転機となりました。

英会話サークルでは、憲法改正の是非とかを英語で議論をする活動をしていました。ディベートが得意だったので、全国の大会に出ていろいろと賞を貰いました。

大学3年生の時には、自分の中で社会的な問題意識も高まってきたので、少しお堅いサークルですが、「経営政策勉強会」に入りました。政策立案とか、企業の戦略立案などを学生なりに頑張って作り、政治家や民間企業の幹部の人に、話を聞いてもらっていました。

そのようなこともあり、福岡にあるベンチャー企業で、インターンとして働かせてもらいました。その時くらいから、「将来経営者になりたい」、「起業をしたい」と、漠然と考え始めました。

熱い思いを語る土岐氏

将来経営者になる為に、選んだ就職先 

株式会社アマテラス:大学卒業後、住友商事に入社したのはどのような背景ですか?

土岐:将来、経営者になりたいと思っていたため、就職活動では経営者へのキャリアパスに繋がるような仕事を模索していました。そこで商社かコンサルタント業界に就職先を絞り込みました。当時、小売りや流通の世界に興味を持っていて、より実業に触れてみたいという思いから、商社に行きつきました。

その当時、住友商事が西友と組んで、日本の小売・流通の世界を変えて行くという計画がありました。それができるのは住友商事しかないと思い、自分なりに明確にやりたい事がわかってきたので住友商事に入社をしました。

人事部に送り付けた「入社後に私がしたい事業計画書」

土岐:変わった内定者だったのですが、興味のない部署に配属をされるのを避ける為、入社前に人事に「入社後に私がしたい事業計画書」を送りつけました。

「空気が読めない新人」と思われるのも嫌だったので、九州大学で住友商事に内定をもらっていた同期を誘い、2人で一緒に提出しました。結果その友人が小売流通に配属され、私は当時できたベンチャー投資部隊に配属されました。

株式会社アマテラス:2000年頃の商社のベンチャー投資といえば最先端の部署ですね。

土岐:MBAを持っている人や優秀な人が多い、新しい部署でした。結果的には、小売流通をしているベンチャー企業とも関われたので、大満足でした。

妻と一緒に暮らすために転職

株式会社アマテラス:その後、住友商事から外資系コンサルティングファームに転職していますがどのような背景でしょうか?

土岐:大学卒業後、結婚したのですが妻はキャリア志向で愛知県の大手自動車メーカーで総合職として働いていて、私の住友商事の勤務先は東京でしたので、遠距離婚でした。

外資系コンサルティングファームに転職したのも、妻が影響しています。経営知識を付けるためにコンサルでキャリアを積みたい思いもありましたが、一方でそのコンサルは妻の勤める会社をクライアントにしていたので、「名古屋で妻と一緒に暮らしながら仕事ができるかもしれない」、「手に職をつければ、最終的に妻の仕事を応援しながら、柔軟に働けるかもしれない」という思いがあったのも事実です。

コンサルティングファームでの仕事はかなり忙しかったです。その間子供が産まれたのですが育児休暇中は妻が東京に来てくれて、1年間は東京で一緒に暮らしていましたが、私がほとんど家に帰れないような生活を送っていました。

1年の産休後、若干の期待として妻が仕事を辞めて、「東京で暮らす」と言ってくれないかな、という思いがありましたが初めての育児と東京生活で大変な思いをしていて、職場復帰をしたい気持ちを強く持っていました。

守りたい、1番大切なもの

株式会社アマテラス:家族を優先して、土岐さんが会社を辞めるわけですがその背景を教えてもらえますか?

土岐:産休が終わり愛知へ職場復帰をしたい妻と、東京で家族と一緒に過ごしたい自分がいて、延々と家族会議を重ね、私が仕事を変わるのか、どうするのかを検討していました。今まで、妻にたくさん迷惑をかけてきたし、結婚する際に妻のキャリアを全力で応援する約束をしていました。そこで私が、当時勤めていたコンサルファームを辞め、名古屋にある日系コルティング会社に転職をする決断をしました。

当時昇進もしていましたし、愛知県に縁もゆかりもなかったので、本当に大きな意思決定でした。両親や友人に話した時も、驚かれました。ただその時に、私にとって一番大切なのが家族で、二番目に大切なのがキャリアを築く事だと気づきました。

一番大切なものを守るために、二番目に大切なものを捨てる必要があるのであれば、捨てよう。そう思えたときに、いろいろなものが吹っ切れた気がします。プライドを捨て、自分が大切なもののために生きる覚悟ができました。愛知県に移り住んだことは、本当に大きなターニグポイントだったと思います。

株式会社アマテラス:自分のキャリアよりも家庭を取るという意思決定をするのは、幼い頃にいつも家族で過ごしてきた原体験から来ているのでしょうか?

土岐:そうですね、家族に囲まれて育った原体験も影響していますが、ただ単に家族のことが大切な気持ちが大きかったです。自分のキャリアのために、家族との生活を犠牲にしてキャリアを築いたとしても、私自身が幸せになれないだろうなとか、何か違うなという思いがありました。

熱く語るユニファ土岐氏(左)とアマテラス藤岡(右) 

家族を優先した生活の中、抱き始めた悶々とした気持ち

株式会社アマテラス:豊田市へ移住した時の気持ちは?

土岐:名古屋はまだ都会ですが、豊田市に行く電車に乗っている間に、山や湖が見えてきて。どんどん田舎に入っていく中で、「恰好をつけて家族に振り切ったけど、俺の人生終わったな、この先どうなるのだろう」と、本気で思いました。

転職をした日系コンサルティングファームは、名古屋支店だったので、忙しい仕事の中でも家族の時間を優先できました。その中で2人目も生まれ、妻は産休、私は少し勤務時間を短くして働いていました。そういう意味で、やはり名古屋に移ったことが、家族全体としては正解だったと思いました。ただ途中で、やはり私自身がまた悶々とした思いを持ち始めました。

「このまま俺の人生が終わっていいのか」と。学生の頃から自身で事業をしたいと思いながらも、なかなかテーマを見つけられずにいました。他の人と違う部分は何かを軸にアイデアを練らないと、私自身使命感が感じられないと思っていました。

仲間に支えられながら、固めていったビジネスプラン

株式会社アマテラス:ユニファさんの事業アイデアはどのようにして考えられたのですか?

土岐:友人と話していく中で、決めました。先程話した住友商事に一緒に入社した同期や、大学の友人達です。友人達は東京で働いていましたが、「土岐の起業を考える会」のような感じで毎週スカイプ会談をしていました。

私がビジネスプランを発表して、マーケットがどうだ、ああだと話しをしながら、どの事業をするかと議論していました。例えばですが、東日本大震災の後、原子力発電に危機感を抱き、太陽光パネルのビジネスを考えました。

フィージビリティスタディーをきちんとして、コスト計算までしていましたし、事業的には時流にも乗っているので、勝算はありました。しかし最後の最後のところで、「じゃあ何で俺が太陽光パネルの事業をするのか?」と考えた時、自分の中で使命感がどうしても見えませんでした。

いろいろ立ち止まって考えてきた中で、何か別の軸で考えないと、結局どんな素敵なビジネスアイデアが思い浮かんだとしても、私自身リスクが取れない気がしました。やはり自分が他の人と違うことは何かということを真剣に考え始めました。

株式会社アマテラス:起業されると、コンサルタント時代より更に忙しくなりそうですが奥様は起業に関してどのような意見でしたか?

土岐:最初は「気でも触れたのか」と言われましたが、応援はしてくれていました。
ただ同時に「リスクの取り方はしっかりと考えて欲しい。」と、言われました。妻としては、保育を絡めた事業をやるのであれば、まずは保育事業会社に入り、現場を理解するべきだと。ちょうど保育業界で日本ナンバーワンの会社が名古屋にあるので、入るよう勧めてくれました。

しかしその時既に私の頭の中では、保育園児のネット写真販売事業を、構想していました。そこで実際に友人の保育の現場に行かせてもらい、現場の生の声を聞かせてもらいました。その中で私の構想を話すと、「そのようなシステムがあったら買ってあげるよ。」と、何人かの園長が興味を示してくれました。

再び入った、私のスイッチ

土岐:「顧客が、プロダクトがあれば買ってくれると言ってくれている。しかも、様々な問題解決できそうだ」と思った瞬間、また私の中でスイッチが入りました。この問題を解決したい、いろいろな意味でこれは私にしかできない事業かもしれないという思いが、ズトンと降りてきました。このアイデアが思い浮かんだ時点で、興奮をして3日くらい眠れなくなりました。

株式会社アマテラス:降りてきた感じですね。

土岐:多分それまでずっと、くすぶっていたというか、エネルギーが溜まっていた部分もあると思います。

本当にスイッチが入ってしまい、妻に「事業会社で研修をすることはもう無理です。つきましては、家族、子供の養育費として貯めておきました貯蓄を投資させて下さい。」と、お願いをしました。

説得をするのが一番大変なのは、自分自身である

土岐:妻に「自己資金も、半年くらいでなくなってしまう。」という事を理解してもらう事が、初めのハードルでした。ただ、一番説得するのが難しい相手は自分自身だと、感じていました。腹の中が全部見えている自分が様々なことを考えた上で、どうしてもやるしかないと自身を説得できるのであれば、次に難しい妻に対してもきちんと話ができると思いました。

逆にそこを乗り越えられなければ、事業もうまくいかないだろうなと思います。
子持ちの起業家は、それぞれ苦労してきたのではないでしょうか。起業したくても、リスクを取り切れず、諦めることが多い現実もあると思います。

力を貸してくれる頼もしいエンジェル達

株式会社アマテラス:起業時の資金的な壁はどのように乗り越えてきたのでしょうか?

土岐:一番苦労してきたのは、やはりお金の壁です。社会的意義はある事業でも、利益をどのように生み出すのか。写真事業だけだと、爆発的に利益が上がるわけではなく、自己資金もすぐ底をつきそうでした。

そこで登場するのが、エンジェル投資家です。主に中高時代の友人達なのですが、追加2000万円程、1口100万円、20名くらいが出資してくれました。
「もし断られたら、人間関係もぎくしゃくしそうだからどうしよう。」「逆にイエスと言ってくれて、仮に事業が失敗したら、今後同窓会には行かれないだろうな。」とか、様々なことを考えていました。結果的に、話をした友人のほとんどが出資してくれて、本当に感謝をしています。絶対に裏切りたくない、人生の恩人だと思っています。

“スタートアップ苦労話しあるある”、ほとんど経験しました

土岐:起業当初、社員は私一人でした。開発が必要な時は、フリーランスのエンジニアに受託開発をしてもらっていました。社員も組織も会社もない中で、友人達に事業プランを熱く語り、「とにかく投資をしてくれ。」とお願いをしていました。
出資してくれた資金で、まずは事務所としてマンションの一部屋を借りました。そこに社員が入って来てくれましたが、合わない人もいて、始めのうちは人の面でも苦労してきました。

ある日事務所に強盗が入ったのですが、資金集めをしないと会社が潰れそうな時期だったので、連絡があってもすぐに対応できませんでした。翌日会社に行ったら、社員みんなに「辞めたい」と言われたこともありました。

“スタートアップの苦労話のあるある”は、大体経験した自負はあります。ただ、そこはどうしてもやりたいテーマが明確に見つかっていましたし、友人達から出資をしてもらっていたので、乗り越えるべき課題でしかないと突き進みました。

米スタートアップワールドカップの優勝カップを持つ土岐氏(左)

増えていく熱き仲間たち

株式会社アマテラス:事業が不安定な状況でどのように仲間集めを進められたのですか?

土岐:いわゆるシェアハウスのような、コワーキングスペースが名古屋にあり、そこでいろいろと人を紹介してもらいました。その中で、家族コミュニケーション事業に関心を持ってくれる人達に出会い、どんどん仲間を増やしていきました。

東京のオフィスを立ち上げるにあたって、今の役員メンバーに出会ったのも、本当にいい出会いでした。スタートアップなので、自分のやろうとしている事と、その人の夢がしっかりとリンクしないと駄目だと思っています。

役員の中には、最終的には市長になって子育て支援改革や、小児医療改革などをしたいという夢を持っている者がいます。
「前職より給与は半額位になっても、子育て支援事業のビジネスでイノベーションを起こしながら、最終的にはキャピタル・ゲインを得て、市長になる為に必要資金を集めたい。」
彼は明確に夢を実現していくストーリーを描いてユニファに参画してくれました。
お互いの夢が合致したといいますか、夢のベクトルが合っていました。基本的に仲間を集めていくうえで、そのことを常に重視してきました。夢のベクトルが合っている人は、間違いなく活躍をしてくれています。いろいろな自分の夢や想いを持った人が、自然と集まってくれました。

経歴や能力だけで採用をした結果、優秀だけれども途中で他のメンバーと、チームとして合わなくなった経験があります。
ユニファじゃないと駄目だって思ってくれる人を、やせ我慢してでも必死で探してきました。ビジョンへの共感というのは、やはり一番大事だと思っています。その上でベースのスキルセットや、ビジネスマンとしての実力、これをできるだけ高い次元で両立できる人を、一生懸命探してきました。

保守的な保育業界の壁

株式会社アマテラス:保守性の強そうな保育業界に参入していくにあたりどのような壁がありましたか?

土岐:確かに保育業界は保守性が強く始めは苦戦しました。

当初は「一緒に写真を売って、売上を上げて、一緒に潤いましょう。」といった営業をしていました。しかし園長や保育士の方は本質的に教育者です。結局、写真のシステムのみを売ろうとするではなく、教育論を一緒に語り合えないと駄目だと気付きました。

その事に気付いてから、この写真販売システムが子供の成長の観点で、どのような意味をもつのかという論点で話しをするようになりました。
業界にしっかりと入り込んでいくと、どのような目線を持って話すべきかというのがよく見えてきます。同じ目線で話せるようになると、少しずつ共感を得られるようになります。また共感をしてくれた園長さん達が、どんどん友人を紹介してくれ、そこから更に縁が広がっていきました。

株式会社アマテラス:それは深い話ですね。まずは教育者としての共感を得られないと仕事が進まないということですね。

土岐:基本的には、認可の保育園であれば、補助金がある程度出ますし、がつがつと儲けようと思っている人は、そもそも保育園を運営していないと思います。そこはやはり業界特有な部分だと思います。

保育士さんのリアルな声をプロダクトに反映させていく

土岐:また現場で日々働く保育士さんが、どのような思いで仕事をしているのか。大変な業務を、システムでどのように支えられるのか。そこを深く理解していかないと、いろいろな細かい機能など、本当に現場が熱狂してくれるものを生み出せない、そう途中で気付きました。

先生方は、子供の写真を撮ってあげたいと思っているけれど、その後処理にかかる負荷が大きい。したがって、我々はデジタルカメラではなく、アプリケーションで写真を撮ったら全自動でアップロードできるようにしました。このように現場に入っていく中で、その現場で働く人のリアルな課題や声に向き合うことが、すごく面白いと感じましたし、それをプロダクトに反映してきた自負がありますね。

信頼関係を築き、広がり始めた人間関係

株式会社アマテラス:保守的な保育業界の方たちには、当時無名だったユニファさんと付き合う不安があったと思いますが、逆に人間的に信頼を得れば、そこは乗り越えられたのですね。

土岐:始めのお客さんの時は、まだ商品がない中で発注してくれていたので、確かに人間関係かもしれません。保育業界は基本的に、数字とかだけではなく、人間関係を重視する業界です。一度信頼関係を築ければ、その後は重宝してくれました。

保育業界で何かを成し遂げていくための、経営者として求められるコミュニケーション能力は、多分向く人、向かない人が分かれると思います。「数字です、成長です。みたいなことをだけを言う人は、相手にしてもらえません。

事業会社として利益も大事ですが、保育現場に入り込んで教育者と相互理解をしっかりとする。これらを高い次元で両立しないと、この業界ではやっていけないと思います。

新規事業の「世間的評価」を確かめたくて出場したスタートアップワールドカップ

株式会社アマテラス:最近の話題ですと、米国で開かれたスタートアップワールドカップで優勝をされていますが、何故出場されたのですか?

土岐:去年の夏くらいに写真の事業がだいぶ軌道に乗ってきて、次の事業の構想を練り始める中、ヘルスケア・IoTみたいなものが、おぼろげながら見えてきました。まず世の中にコンセプトとして発表したときに、どういう評価なのか受け止めたいと思い、出場を決意しました。

日本においては、今まさに保育所問題が、大きな社会問題です。グローバル世界においては、起業家達は「IoTで物流・農業を変えていく」と言っていますが、IoTと保育と兼ねた、スマート保育園の話をしている人がまだいませんでした。コンセプトとタイミングが合って、運に恵まれた部分も正直あると思っています。

社員と心をひとつに。「世界は手の届くところにある。」

株式会社アマテラス:日本が抱える育児課題の解決は世界的にも貢献する可能性が高いですね。

土岐:保育園に対する補助金の投入率は、恐らく日本は世界1位です。介護だけではなく子育て支援も、日本は今、世界において特異的なことをしています。課題先進国である日本から生まれたこのプロダクトを、早く世界で展開していきたい思いがあります。

株式会社アマテラス:スタートアップワールドカップで優勝してから景色が変わった部分はありますか?

土岐:グローバル展開をすることを、私だけではなく、社員のメンバーが本気で思い始めてくれた事が、一番大きな価値だったと思っています。「世界が手の届くところにある」皆の意識の中で、世界進出が遠い未来の夢ではなくなりました。

また海外の投資家からも、かなりの数の連絡があります。同時並行で商品の開発も、海外の医療機器メーカーと動き始めています。そのような意味では、海外進出の大きなきっかけになったと思います。

保育の課題解決に一緒に取り組んでくれる仲間を求めています

株式会社アマテラス:ユニファさんが求める人物像や、ユニファさんで働く魅力を教えてください。

土岐:保育の課題を解決したいという思いを持って働いてくれている社員が、今は40名くらいいます。単純なお金儲けではなく、保育課題を解決したいと思っている人が、いろいろな意味で我々には向いていると思います。

我々は、子育て支援、更に言うと子供の教育の支援、ヘルスケア的な健康管理、またその先にある人口減少の問題解決に対して取り組んでいきたいと考えています。そこに共感をしていただける方を、我々としては探していきたいと思っています。

それぞれの領域でイノベーションを起こしながら、誰もやったことがないスマート保育園というものをつくりたいと思っています。

私達の世代は世のため、人のために何かやりたいと思っている人が多いと思うのですが、それを突き抜けたソリューションにまでもっていくというところが、我々の会社の魅力の一つだと思っています。

NPOでやるわけではない。上場を目指す会社であり、かつ急成長を目指そうとしている会社です。今の熱狂とかお祭り騒ぎみたいな雰囲気の中、一緒に戦って欲しいと思います。

株式会社アマテラス:最後に改めて、ユニファさんのビジョンを教えて下さい

土岐:我々が挑むテーマ、「家族コミュニケーション」の意味。なぜ写真を撮るべきか、なぜ保育現場に入るのかいうと、私自身幼い頃に感じた「自分が愛されて育った」という感覚を子供達に感じて欲しいというところにつきます。

流行りの言葉を借りると「自己肯定感」を、子供の心に根付かせてあげられるのは、0から6歳児くらいまでが限界だと思っています。「自己肯定感」こそ、子供達の後の成長や、人間関係に決定的に影響を及ぼすと思います。それを気付かせてあげることこそ、教育の根源だと思っています。

現代の親は共働きも多く、多忙です。だからこそコミュニケーションの量・質という部分が決定的に大事だと思っています。質は、家族により様々な考え方があると思いますが、量をまずは担保したいと思っています。家族が充分なコミュニケーションを取れるきっかけを我々が提供したいと思っています。

今、保育園の数はどんどん増えていきながら、保育士は全然足りていない現実があります。保育の現場が、保育の質という観点において本当に危機的状況にあります。それらを180度根本的に変えて行かなくてはならない時代です。

それは、我々にとって追い風だと思っています。危機がないとイノベーションは起こせません。それが今の日本社会、世界にはあると思っています。

我々の事業に、共感していただける方に是非一緒に事業を盛り上げて欲しいと願います。

株式会社アマテラス:素敵なお話をありがとうございました。

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edited by 岩崎 恭子

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