“とても強靭で夢の繊維と言われるクモの糸を活用すれば、環境によく抜群の性能を持った素材を作れるのではないか。もし実用化できれば人類にとって画期的で、もの凄いインパクトだ。”

Spiber(スパイバー)株式会社代表執行役 関山和秀氏

あのNASAが開発に取り組むも、その難易度の高さから開発を断念したと言われる夢の繊維「蜘蛛の糸」。2013年、「蜘蛛の糸」を人工的に生成し産業用に量産する技術を確立したと発表したSpiberは、まさに”世界”を驚かせたと言っても過言ではありません。

そのほかにもDNAにデジタルデータを書き込む技術を応用して、工業利用微生物に著作権を証明するタグを組み込む新技術、「CELL-ID™」を開発など、革新し続ける会社Spiber。
Spiber創設者である関山氏に自身の生い立ちや起業の背景、今後のビジネス展開について迫りました。

関山和秀氏

代表執行役
関山和秀氏

1983年東京生まれ
慶應義塾大学環境情報学部卒業
2001年慶應義塾大学環境情報学部入学。同年9月から先端バイオ研究室である冨田勝研究室に所属。2002年より山形県鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所を拠点に研究活動に携わり、2004年9月よりクモ糸人工合成の研究を開始。これを事業化するため大学院に進学し、博士課程在学中の2007年9月、学生時代の仲間と共にスパイバー株式会社を設立、代表取締役に就任。

Spiber(スパイバー)株式会社

Spiber(スパイバー)株式会社
https://spiber.inc/

設立
2007年09月
社員数
186名(2018年4月時点)

《 事業分野 》
次世代Tech
《 事業内容 》
新世代バイオ素材の開発

本質的な問いに向き合った子ども時代

アマテラス:

関山さんの生い立ちや幼少期のお話を教えていただけますか?

Spiber株式会社 代表執行役 関山和秀氏(以下敬称略:

私は慶應義塾の小学校(慶應義塾幼稚舎)に入学し、エスカレーターで大学まで進学したため、一度も受験勉強をする必要がなかったのですが、人格形成にはこのことが大きな影響を与えたと思っています。受験がないことで、考える時間がたくさんありました。その中で、突き詰めていくと「自分とは何なのか?」、「なぜ生きなければならないのか?」、「幸せとは何か?」といった、本質的な問いに辿り着いていきました。そして、中学時代に、自分自身の究極の目標が『幸せになること』であること、自分が「幸せ」になるための条件が「家族や身近な人たちが幸せであること」だと思い至りました。そしてそれが実現されるためには、家族や身近の人たちを取り巻くコミュニティが幸せである必要があります。そうすると、それが自分の住んでいる地域から、どんどん拡がり、最終的には全世界の人たちが幸せでなければ、となるわけです。
そうして『自分自身の幸せを最大化するためには、自分自身ができうる限り多くの人を幸せにするよう努めることが一番の近道である』という考えに辿り着きました。
受験勉強に追われていたら、そんなことを考えている暇がなかったと思います。幼少期に勉強よりも、本質的な問いについて考え抜いたことが、今でも私の糧となっています。

“地球規模”の問題解決を求めて慶應SFCに進学。

関山和秀:

高校に入ってからも、友人たちと夢を語り合うことに時間を費やしていました。幼いころから、祖父が会社を創業し、父が経営する姿を見て育ちましたので、就職するという選択肢ははじめからありませんでした。世の中の課題や誰かのニーズを満たすソリューションやサービスを提供することで、その価値への対価をいただき、さらに大きな価値を創造していくというサイクルが「ビジネス」であるならば、その課題やニーズが大きければ大きいほど事業は大きく発展し、社会への貢献度も大きくなるはずです。だから、世の中で最も大きな課題やニーズを解決するような事業をやるべきだと考えていました。世の中で最も大きな課題やニーズとは何かと考えると、それは「エネルギー問題」「食糧問題」「環境問題」といった『人類規模の課題』に他なりません。
一方、人類にとって最も不幸なこと状況は「戦争」だと思います。勝っても負けても戦争は確実に人を不幸にします。何故こういうことになるのか。その根底には常に限られた資源をめぐっての争いがあり、支配と搾取による格差があり、その憎しみや歪みが新たな戦争やテロを引き起こす。この負の連鎖のような構図は、人類の歴史を見ると普遍的であるかのようにも思えます。こうした人類の本質的な課題に終止符を打つことはできないのだろうかと、考え続けていましたが、何をすればよいのか、答えを見つけられずにいました。
そんな中、ほんの参考程度という気持ちで参加した慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の説明会で人生の転機が訪れました。

この時出会ったのが、その後私の恩師となる冨田勝教授でした。「バイオテクノロジーが地球規模のあらゆる問題を解決するキーテクノロジーになる!」と熱弁をふるっていた冨田さんから強い情熱を感じ、『自分がやりたいことはこれだ!』と冨田研究室に入るという選択肢以外考えられなくなりました。猛勉強の末、2001年にSFC環境情報学部に進学し、一年生の夏に、山形県鶴岡市に完成したばかりの先端生命科学研究所に足を踏み入れました。

夢の繊維「クモの糸」

アマテラス:

クモの糸を研究テーマにして、Spiber社を起業した背景を教えてもらえますか?

関山和秀:

クモの糸の研究は、数百以上検討したアイディアの中のひとつでした。大学4年のとき、研究室の飲み会でたまたまクモの話になり「とても強靭で夢の繊維と言われるクモの糸を活用すれば、環境によく抜群の性能を持った素材を作れるのではないか、もし実用化できれば人類にとって画期的で、もの凄いインパクトだ」と、その場にいたメンバーで大いに盛り上がりました。スパイダー(Spider)とファイバー(Fiber)をかけて「スパイバー(Spiber)」という社名も、この場で誕生したものです。Spiberの命名者でもあり、一緒に盛り上がったふたつ後輩の菅原と冨田さんに相談へ行くと、快く受け入れてくれ、実用化へ向けた研究がスタートしました。はじめは周りも冗談だと思っていたようですが、本気ということがわかり始めると、「それじゃあ卒業できないだろう」と心配されるようになりました。

クモの糸の性能については、直径1㎝の糸で網を張ればジャンボジェット機を捉えることができるほど強いといわれています。天然のクモの糸は鋼鉄の4倍の強度、炭素繊維の15倍といわれるタフネス(強靭性)と、ナイロンを上回る伸縮性を兼ね備えています。しかも鋼鉄や炭素繊維よりも軽く、耐熱性も高い。そして、さらに特徴的なのは、クモの糸は「フィブロイン」と呼ばれるタンパク質からできていて、原料を石油に依存することなく生物によって生産が可能で、生分解性があるため再資源化も可能です。この夢の繊維の実用化に向け、1990年頃からNASAや米軍、デュポン社など、世界中の名だたる大企業が挑戦てきました。しかし、技術的・コスト的に課題が多く、実用化は困難と見られてきました。

その点私たちはもともと枯渇資源に頼らない「新素材の量産化」を目的としていました。様々な既存研究の事例から、私たちは倍加時間(ダブリングタイム)が短く、スケールアップが容易な「微生物」を用いることが適切と判断し、研究を進めました。

これまで世界各国の研究チームは「微生物の種類」と「培養条件(発酵技術)」のみに着目して研究開発に取り組んでいましたが、私たちはそれらに加えて「遺伝子の塩基配列(DNA)」や「タンパク質のアミノ酸配列」にも着目し、それらを人工的にデザインすることで、生産性を飛躍的に高めたり、伸縮性を用途に合わせてテーラーメードで自由に変えられるようになるのではないかと考えました。

まずは天然のクモのDNAを取得するため、ジョロウグモを採取し、液体窒素で凍らせて擂鉢ですり潰し『メッセンジャーRNA』という物質を抽出、これを鋳型にDNAを取得しようというところから始めましたが、この実験がなかなか上手くいきませんでした。仕方ないのでクモのDNAをすでに持っている海外の研究所に連絡して入手を試みましたが断られました。天然から取れず、譲ってももらえないなら、自分で作るしかないということで、クモのDNAを人工的に完全合成する技術の開発から始めることにしました。

自分たちが目指す研究開発を進めるにあたってクモ糸人工遺伝子の完全合成技術が必要不可欠でしたので、大学院修士課程ではその技術開発を続け、修士2年で微生物に合成したDNAを組込み、微量ながら目的のクモの糸のタンパク質を取得することができるようになりました。微生物が合成しやすいように設計した人工遺伝子をいくつも試作し、生産性を評価する研究を繰り返し、やっと耳かき一杯分くらいのフィブロインの精製に成功しました。これだけの量を作るのに2.3ヶ月かかりました。これを一度液状化して手作りの紡糸装置で実験してみたところ、数ミリの繊維状のものが顕微鏡で確認できたのです。これが修士の卒業間近、23歳の時でした。

実用化するためには少なくとも億単位の研究費が必要なことは明白でしたが、大学で研究を続けても博士課程の学生が使える予算はたかが知れています。それでは実現困難とわかっていたので、博士課程に進学してすぐ、24歳で会社を立ち上げました。創立メンバーは一緒に研究を進めていた菅原と、高校時代のクラスメイトで会計士をしていた水谷です。

起業した翌年にリーマンショック発生。資金繰りは困難を極める。

アマテラス:

学生起業ですのでお金は特に苦労されたのでは?初期の資金面はどのように乗り越えたのでしょうか?

関山和秀:

資金繰りは本当に大変でした。2007年にSpiberを法人化し、これから資金が必要な時期にリーマンショックが起きました。人的リソースがうまく確保できない上に、売上が上がらない状態から始まったのです。特に、私たちは研究開発型なので、大手に共同開発の話を持ちかけても、先方は新規投資を控えており、それどころではありませんでした。
最初の資金としてはまず1000万円を身内で集めました。その後、バイオビジネスコンペJAPANで最優秀賞を頂いたことを契機にJAFCOから投資していただけることになり、さらに、ある企業から、共同研究開発費を頂けることになりました。その後、経産省から1000万円単位の補助金を頂けるようになっていきました。
資金繰りがどうにかなる段階になるまでに2年かかり、やっと設備投資ができる段階になったのが2009年頃からです。実際には、「このままいけば来月か再来月にはもう会社ないな」という事態になったことも何度もありました。そういった時には何もできない状態になるまで知恵を巡らせ、できることを全てやり、生き延びてきました。

アマテラス:

御社は研究開発中心の事業ですので売上が不安定になりがちですが、どのように財務面で対応していくのですか?

関山和秀:

確かに不安定です。たとえば東レの炭素繊維というのは研究から実用化までに50年かかり、今やっと利益が出てきています。ですから新素材の開発をベンチャーが実施するというのはある意味無謀と言えます。時間も資金も、ものすごくかかりますから。しかし、要は「やりよう」ではないかと考えています。
いまは、外部からの資金調達もできていますし、最近だと国家的に支援を頂いているので10億円単位で予算を組めるようになってきました。こうしたことは本当に結果の積み重ねだと思います。結果を出し、信用につながったからこそ、今のような資金繰りができているのだと思います。

超分野横断的研究開発体制で機能性・生産性を向上

アマテラス:

Spiberの技術的な強みを教えていただけますか?

関山和秀:

糸が出来るまでの実際の開発工程は次のようになります。

① 分子デザインより遺伝子を設計(データベースを活用)
② 設計した遺伝子(DNA)を完全合成する
③ 合成遺伝子を微生物に導入し培養、目的タンパク質(フィブロイン)を作らせる
④ タンパク質を精製して紡糸する。

さらにこれらの工程で得られた全情報をデータベース化し、分子デザインにフィードバックすることで、機能性や生産性をさらに向上させていくことが可能です。IT技術を駆使した生命情報科学の知識や技術に加え、微生物発酵による原料生産、繊維化、試作評価までを一つの拠点で一貫して行える超分野横断的研究開発体制がSpiberの強みです。

新素材「QMONOSTM」は加工方法によって、繊維はもちろんフィルムやゲル、スポンジ、パウダー、ナノファイバーなど、様々な形態での供給が可能です。使われる原料は同じなので一つの工場内で衣類や医療機器、輸送機器、電子機器などあらゆる製品への展開が期待されます。なるべく早く普及できるように現在も研究を進めています。
2012年には、自動車部品メーカー「小島プレス工業」とパートナーシップ契約を結びました。また、同年国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などの支援を受け、QMONOSTMの試作研究施設「プロトタイピング・スタジオ」を建設しました。

延べ床面積約1,000平米のこのパイロット施設で生産技術開発や用途開発を行っています。2014年には小島プレス工業との共同出資で生産販売を見据えた合弁会社「Xpiber(エクスパイバー)株式会社」を設立。同年10月には、内閣府創設の「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」に日本を代表する大手メーカーに混じってSpiber株式会社がコア研究組織として選定されました。これはベンチャー企業がコア研究組織として選定された初めてのケースであり、極めて異例なことです。
また、Spiberでは複数の基本特許を含む12件の特許を国内外で既に取得していますが、そのうちの1件が、平成27年度全国発明表彰「21世紀発明賞」を受賞しました。そして5月22日に延べ床面積約6,500平米の新しい本社研究棟を竣工しました。

同施設内に新しく建造した次世代型のパイロットラインは、年間20トン規模の試作用繊維生産に向けて段階的に拡張していく予定です。200名まで対応できるオフィスをつくりましたが、このペースで進んでいくと数年で手狭になりそうです。

一人ひとりの可能性が社会にとって最大化されるために

アマテラス:

山形では採用も苦労されていると思いますが、どのように人材採用をされてきたのですか?

関山和秀:

ベンチャー企業全般に言えると思いますが常に人が足りません。特に今は自分たちの想像や天井が現実よりもはるかに高い段階で、圧倒的な行動力が必要です。そういった段階で人が足りることは、きっとないと思います。私たちは、モノづくりのベンチャーですから、門戸は広くないですし、所在地が山形であることは地元の方以外には比較的高いハードルになっていると思います。しかし、そのハードルの高さがあるからこそ、ミスマッチを防げているようにも思います。

アマテラス:

Spiberの経営には関山さんの哲学的な思いがかなり投影されていると感じます。関山さんの問題意識や哲学的な思いについてもお聞かせいただけますか?

関山和秀:

日本はとても恵まれている国ですから、世界に目を向けて、どんなリスクがあって、それらが個人にもたらす影響について、実感をもって考える機会があまりないように思います。しかし、現実に世界の資源は減少し、人口は増え続けていて、戦争のリスクは高まっているはずです。歴史を振り返れば、多くの場合そうした原因が引き金となって戦争が起きていますし、今も起きています。
日本は戦争に巻き込まれるリスクがあるし、それは自分たちの代だけではなくて子どもたちにも関わる問題ですから、今、私たちが行動しなければと思っています。地球規模の課題を少しでも改善していくために、私たちの事業に果たせる役割があると考えていますし、そうした使命感をもって取り組んでいます。

スキルや経験よりも、学び続けられる人

アマテラス:

しっかりとした思想や哲学がある会社はいいですね。Spiberさんの採用方針や求める人物像について教えていただけますか?

関山和秀:

スキルや経験は、優先度としてはあまり高くないです。その人の才能がチームの中で発揮されそうであればOKで、壁にぶち当たっても自分で乗り越えてしまう人。学び続けられる力のある人、スポンジのような人の方が向いていると思います。
状況が刻々と変わる中で、その不確実性を楽しめるマインドを持っている人、そのための想像力や勇気のある方と一緒に仕事したいと思います。

アマテラス:

Spiberで働く魅力を教えていただけますか?

関山和秀:

一番大事なのはその人の才能が社会に対して最大化されることです。世の中に役立つことは社会のためにもなっているし、自分のためにもなっています。どちらが先にきても良いと思いますが、自分のため、というモチベーションは長い目で見ると長続きしないように思うんです。人間は社会的な生物ですし、社会を良くするように動くとその個体自身も幸せになれるということを遺伝子レベルで理解しているのではないかと思います。もし「社会に対する貢献度を最大化する」ために行動する人が増えていったら世の中は良くなりますよね。貢献度を高めるためには、自分を向上させなければなりません。そして、自分を常に向上させようとしている人は、周りの人にも影響を与えていきます。Spiberには、使命感をもって仕事に取り組む人が世界中から集まっています。そうした環境で働くこと自体が魅力というか、ポジティブなフィールドバックが得られるものと考えています。

福澤諭吉の残した言葉の中に「独立自尊」という言葉があります。一人ひとりが独立しなければ一国も独立できない。本当にその通りだと思います。そして、会社にも同じことが言えます。Spiberは独立した個人の集合体であり、そうした精神をもった人たちとチームとして働き、しかもそれが地球規模の課題解決へとつながっていれば、それは、一人ひとりにとって、とてもやりがいのある、エキサイティングなことではないでしょうか。

アマテラス:

関山さん、貴重なお話ありがとうございました。

この記事を書いた人

アバター画像


藤岡 清高

株式会社アマテラス代表取締役社長。iU 情報経営イノベーション大学客員教授。 東京都立大学経済学部卒業後、新卒で住友銀行(現三井住友銀行)に入行。法人営業などに従事した後に退職し、慶應義塾大学大学院経営管理研究科を修了、MBAを取得。 2004年、株式会社ドリームインキュベータに参画し、スタートアップへの投資(ベンチャーキャピタル)、戦略構築、事業立ち上げ、実行支援、経営管理などに携わる。2011年に株式会社アマテラスを創業。 著書:『「一度きりの人生、今の会社で一生働いて終わるのかな?」と迷う人のスタートアップ「転職×副業」術』

Spiber(スパイバー)株式会社

Spiber(スパイバー)株式会社
https://spiber.inc/

設立
2007年09月
社員数
186名(2018年4月時点)

《 事業分野 》
次世代Tech
《 事業内容 》
新世代バイオ素材の開発