会計士がスタートアップ経験を積むことで、真のCFOとなる

アイペット損害保険株式会社取締役 常務執行役員 財務経理部長 工藤雄太氏

今回はアイペット損害保険株式会社の工藤雄太さんにお話を伺いました。
アイペット損害保険株式会社は2004年に共済事業としてスタートし、2018年6月末現在は保有契約件数37万件を突破した、ペット保険を取り扱う損害保険会社です。

工藤さんは公認会計士として監査法人勤務を経て、MBAを取得した後、2011年よりアイペットに参画し、現在は取締役として財務のみならず人事、総務、資産運用やITまで経営の様々な意思決定の場で活躍されています。
公認会計士資格取得者が増える中、会計士のキャリアとしてどんな道があるのか、会計士にどのようなスキルを掛け算することでキャリアアップが狙えるのか――工藤さんというロールモデルを通じて会計士×スタートアップという選択肢の魅力をお伝えできればと思います。

工藤雄太氏

取締役 常務執行役員 財務経理部長
工藤雄太氏

2001年、同志社大学経済学部卒業。
公認会計士資格取得後、新日本有限責任監査法人入所。
2011年慶應義塾大学大学院経営管理研究科 経営管理専攻修士課程にてMBA取得。
2011年、アイペット損害保険株式会社に入社。2013年より取締役として、財務、人事、IT等経営全般に関わっている。

アイペット損害保険株式会社

アイペット損害保険株式会社
http://www.ipet-ins.com/

設立
2004年05月
社員数
356名 (2018年2月末時点)

《 Mission 》
ペットとの共生環境の向上とペット産業の健全な発展を促し、潤いのある豊かな社会を創る。
《 事業内容 》
ペット保険専門の損害保険

父の勤務先倒産をきっかけに、公認会計士や経営に興味を抱く

アマテラス:

工藤さんのキャリア観を形成した生い立ちのエピソードなどがあれば、教えて下さい。

アイペット損害保険株式会社 取締役 常務執行役員 財務経理部長 工藤雄太氏(以下敬称略):

私の家庭は超平凡なサラリーマン家庭でスタートアップに直結する経験は特にありませんでした。
強いて言えば、祖父が現役時代に上場会社に勤務していたことから、自社株式を含めて株式投資をしており、お金の大切さや使い方についてよく聞かされた記憶があります。それがきっかけでお金に対する意識等は祖父から培われた気がします。

アマテラス:

公認会計士の資格や経営に興味を持ったのはいつ頃ですか?

工藤雄太:

大学受験時に出会った予備校講師が弁護士資格を持っていたことで、資格を持つことに憧れを抱きました。大学では経済学部に進学しましたが、弁護士への憧れだけで専門学校で司法試験の勉強もしました。遊びたい盛りで、サボりがちで挫折しましたが…。

その頃に父の勤務先企業が倒産してしまい、会社勤めのリスクを実感しました。そこから、改めて自分の将来について真剣に考え始めました。

その頃に偶然手に取ったコンサルタントの本がMBAホルダー一色で驚き、「MBAとは何だろう?」と興味を持って色々調べました。しかし、著名なコンサルタントは殆どが東大や京大出身者でMBAホルダー。このままでは自分は到底足元にも及ばない、と痛感しました。

そこで、「ビジネスの最前線、トップに近い位置で活躍するにはどうすればよいか?」と考えるうちに公認会計士を知り、興味を抱きました。そして、大学3年から公認会計士の勉強を始めました。株式投資を始めたのもその頃です。初めて株を買い、日経新聞なども読むようになり、経営に興味を持つようになりました。

公認会計士試験に合格も、監査法人を4年半で退社し、MBA課程へ

工藤雄太:

結局、会計士試験合格まで5年もかかってしまいましたが、ずっと勉強して、人生経験も色々させてもらい、これまでの人生の中で最も苦しい暗黒の時期でした。
4年間失敗し続け、5年目の春に父の病気が見つかりました。「これは受からないと洒落にならない」と、ようやくがむしゃらに勉強して合格しました。父はその1年後に亡くなりましたが、合格して社会人になった姿を見せることができて最後に少しだけ親孝行できたかなと思います。

合格後、新日本監査法人に入社し、大企業からスタートアップまで幅広く担当しました。多くの経営者の方々の話を聞くことができ、大変勉強になりました。
ただ、仕事をしていくうちに会計士の限界値というのが何となく分かってきた気がしました。監査法人にも優秀な方は数多くいましたが、私の中で「こんなふうになりたい」というビジョンが見えませんでした。

アマテラス:

監査のプロはいるけれど、それは工藤さんが本当になりたい姿ではなかったということでしょうか。

工藤雄太:

監査法人も社会に貢献はしているのですが、私の思っている貢献の仕方と少し違ったという感じです。そう考えたとき、『経営』や『MBA』という言葉が再び頭をよぎりました。
その頃、既に30歳を過ぎていましたが、「思い切って退社し、30代は『経営』の勉強に費やそう」と考えました。

アマテラス:

数あるMBAの中で、なぜKBS(※Keio Business School:慶應義塾大学大学院経営者管理研究科)に進学されたのですか?

工藤雄太:

自分の英語力を考えると、海外で深く学べずに帰って来るくらいなら、はじめから日本語でやった方が良いと思いました。KBSは日本で最高峰のビジネススクールだと言われていましたので、優秀な人材も多く集まるだろうと考えて進学しました。

「認知度の低いスタートアップで力を試したい」と、アイペットを選ぶ

アマテラス:

公認会計士×MBAは大変少ないと思いますが、修了後のキャリアはどのように考えていましたか?スタートアップに就職したいと思うきっかけがあったのですか?

工藤雄太:

大企業にも多少の興味はありましたが、小規模のスタートアップの方が、自らの行動で会社が変わったり、さらに会社のサービスを通じて社会への貢献を実感できるのではないか、という思いがありました。
そして、KBSでNTVP(Nippon Technology Venture Partners)の村口和孝さんと出会い、スタートアップへの想いが決定的になりました。

MBA卒業生や会計士の方々が良く知っている業界や会社には、自分自身あまり面白味を感じませんでした。むしろ、そういう人が興味を抱かない、これまでにないサービスを提供していて、かつまだ認知度が低い業界や会社に行って活躍すれば、キャリアという面で差別化が図れると考えました。
幸い会計士の資格も持っていることですし、多少失敗しても何かしら食い扶持はある気がしたので、ペット保険に賭けてみようと、アイペットを選びました。

アマテラス:

アイペットを選ばれた具体的な理由について、教えて下さい。

工藤雄太:

「会社として、目指すべきことが明確かどうか」を重視していましたが、その点ペット保険というのは大変明快でした。
そして、「事業として伸びしろがあるか」という部分も気にはしていましたが、アイペットは決算書が公告として出されており、会計士として安心して行ける会社だと判断できました。

アマテラス:

スタートアップとは言え、そこまでリスクの高いアドベンチャーをしたいわけではなく、成長ポテンシャルもあり、自分次第で色々できそうといった点で判断されたということでしょうか。

工藤雄太:

そうですね。当時の売上が24億円程度で、まさかここまで短時間で大きくなるとは正直予想していませんでした(注:2018年3月期経常収益123億円)が、おかげさまでスクスク成長できています。

アイペット損保のペット保険紹介

やりがいを感じた新卒採用の立ち上げ

アマテラス:

入社後はどのような仕事に携わりましたか?

工藤雄太:

もちろん財務経理部も担当しましたが、人事総務部長として1から立ち上げたアイペットの新卒採用が印象深いです。
『新卒採用』をこの会社に取り入れ、入社後の教育プロセスを整えたことは、会社にとってメリットも大きかったと思います。採用した方達が活躍しているのを見るのも嬉しいです。

アマテラス:

人事はご自身で手を挙げて担当されたのですか?

工藤雄太:

実は入社時に「人事もできる?」と聞かれたのですが、私は人事業務というものを深く理解しないまま「できます」と軽く答えてしまいました。それがきっかけとなり、担当することになりました。
当初はこんなに奥深い勉強になるとは思っていませんでしたが、そういった意味でもこれまでと違った経験をすることができ本当に有難かったと感じています。

アマテラス:

当時、社員数は何人くらいだったのでしょう。

工藤雄太:

80~90名くらいでした。ただ、本社機能は非常に少人数で、そのメンバー全員であらゆる仕事をがむしゃらにやっていました。少年サッカーのように、1つのボールに全員がビューッと集まる感じで。

アマテラス:

経営課題があればどんな内容であれ、皆で取り組まざるを得なかったという状態だったということですね。だからこそ、当時の一番の課題はやはり採用だったのでしょうか。

工藤雄太:

そうですね。当時はほとんど採用活動ができていませんでしたから、まず転職エージェントとの取引を広げるだけでも相当苦労しました。

取締役に就任し、大きく変わった視座

アマテラス:

その後はどういった領域に関わったのでしょうか。

工藤雄太:

2013年6月に取締役になり、その後は一気に経営目線の話が多くなっていきました。
営業戦略であったり、従業員の定着についてであったり、従業員とは少し違う目線に瞬く間にシフトしていきました。経営の考え方や資料の作り方、プレゼンの仕方まで、寝る時間もないくらい大変でしたがその分本当に鍛えられました。

アマテラス:

現在はどのような業務に携わっていますか?

工藤雄太:

今は管掌範囲が人事、総務、財務、資産運用、ITですので、大きな話から小さな話まで、ほぼ全てに何かしら関わっているという感じでしょうか。実務はメンバーを信頼して任せているので細かな日常業務はほぼなく、ミーティングで報告を受けたり、意思決定をしているという感じです。

「管理畑の最終責任者は自分だ」という意識を持ってやっています。私のさじ加減で赤字にも黒字にもなり得ますから、自覚も生まれましたし、やりがいも非常に感じています。

アマテラス:

今年(2018年)4月には東証マザーズに新規上場されましたね。準備等、大変だったのではないでしょうか。

工藤雄太:

IPOに関しては、優秀なメンバーがめちゃくちゃ頑張ってくれたおかげで、順調に進んだ方だと思っています。それでも当初の計画からは2年ほど遅れましたが、その分十分な企業規模で上場を迎えることが出来ました。その間に体制の変更や内部統制の強化等に取り組むことも出来ました。

アマテラス:

取締役として仕事を進める上で意識しているのはどんなことですか。

工藤雄太:

会社として大きな方向性を間違えていないか、という部分にフォーカスしています。短期的な話も勿論ありますが、中長期、10~30年に渡ってアイペットが継続的に発展できるように、必要なリソースを配分することを意識しています。

アマテラス:

入社されてここまで、仕事に対する考え方はどのように変遷して来ましたか?

工藤雄太:

「早く力を付けたい」と思っていたこともあり、入社当初は自分自身の成長が軸になっていました。
しかし、人事に携わるようになった頃から一気に自分自身のキャリアへの拘りが薄れていった気がします。自分の成長よりも、「従業員が実力を付けたか」、「従業員が幸せな人生を築けているか」と考えることの方が多くなってきました。

インタビュー中の工藤氏。インタビューはアイペット本社(東京・港区)で行った。

人材不足や資金不足といったスタートアップならではの課題に腐心

アマテラス:

大手監査法人からスタートアップへの転職で、入社後「こんなはずじゃなかった」とか、大変だったこともたくさんあったと思います。どのようなギャップがあったのか、また、工藤さんご自身がその課題をどう乗り越えて解決されたか、お聞かせ下さい。

工藤雄太:

ギャップは数え切れないほどありましたが、やはり人材採用には本当に苦労しました。2011年の入社当初は、人材を募集してもそもそも応募がこない状況でしたので、応募があっただけでその1日喜んでいた記憶があります。やはり会社のネームバリューやブランド力は絶大だと知りました。

本社でも事務センターのある青森でも採用が進まず、一方でポツポツ退職者は出ますから、成長のボトルネックにならないように社員数を増加させていくのに苦労しました。多くのスタートアップが苦労されている部分だとは思いますが、採用には本当に苦労しました。

アマテラス:

そこは、どうやって乗り越えていったのでしょうか。

工藤雄太:

とにかくエージェントを集めて説明会をしまくりました。ただ、その頃は採用にかける予算もなくまだ会社案内やパンフレットのようなものすらない状態でしたから、手作り感満載の資料とかで説明していました。アイペットが本当に伸びるかどうかも全く理解できないエージェントもいたと思いますし、そこは理解してもらうのに非常に苦労しました。

また、(親会社である)ドリームインキュベータ(以下、DI)のネームバリューも借りました。採用時に「DIメンバーと一緒に仕事ができます」と説明し、何とか人材を確保したこともあります。

アマテラス:

採用以外では、どんなご苦労がありましたか?

工藤雄太:

財務諸表の数字に表れない無形の企業風土やガバナンス部分の弱さは想定以上のものでした。さらに資金的余裕のなさに驚き、お金の感覚も一気に変わりました。

アマテラス:

企業風土やガバナンスの問題については、どのように乗り越えたのでしょうか。

工藤雄太:

企業風土やガバナンスについては、一朝一夕では醸成できないものですので人材採用と同じく時間をかけてじっくりと向き合っていくことが必要なのだと思います。上場等を経て一定水準まで醸成できたと思いますが、まだまだ継続的に醸成していく必要があります。しっかりと方針と体制を整えることと、あとは従業員を信じてリソースを全力で投入するだけです。

以前は管理部門に振り分けるお金はほとんどありませんでした。今ではかなり改善はしていますが、お客さまが満足していただけるサービスを提供するための営業、事務、IT部門、および管理部門へ優先順位を付けてバランスよく資源配分するように工夫しています。

会計士×スタートアップで、真のCFOへ

アマテラス:

そういったご苦労もありながら、スタートアップに参画する魅力について教えて下さい。特に、スタートアップへの転職を考えている監査法人出身者、MBAホルダーに向けたご助言等お願いします。

工藤雄太:

監査法人で企業のお金の流れを理解した上でスタートアップに入ることは、非常に意味があると思います。監査法人で様々な企業会計を見て培った経験や知識で、スタートアップで勝負するという面白さがあります。
これはMBAホルダーにも通じることで、勉強して議論して学んだことをスタートアップで実践する。すごく苦しくも楽しい経験ができると思います。

数十名規模のスタートアップだと、自分の行動が形になるという手応えは得やすく、それは最大の魅力だと思います。

アマテラス:

会計士の登録者数は2000年から2倍以上となっています(下グラフ参照)。こうした中で『価値ある会計士』として差別化するために経営を知るというのは、一つの選択肢になると思います。「スタートアップに参画して経営を知る」というのは会計士のキャリアアップの一助になると思われますか?

工藤雄太:

そもそも、日本の会計士自体はまだまだ少ないと思っています。また、監査法人に在籍する会計士が多く、それが日本のスタートアップが伸びない理由の一つだとも考えています。

その点、会計士がスタートアップに参画する意義は大きいと思います。
やはり外から見るのと自分でやるのとでは全く違います。机上のシミュレーションはできても、そこに様々な経営の変数となる要素を加味しながら経営を行うのは簡単ではありません。また、会計と財務もまた性質が違います。
ですので、スタートアップの中核に入る会計士が増えることは、経営者にとっても良いことだと思います。経営のプロ=会計や財務のプロではありませんから。

アメリカ等では、会計士のプレゼンスが日本より高いと聞いています。日本では会計士が真のCFOとなっているケースは少ないと思いますが、それは会計士が事業会社に参画するといった経験がまだまだ少ないからだと思います。楽してCFOになれればよいですが、やはり様々な経験が必要です。
私も様々な経験を積んで、真のCFOに近づけたら良いと思っています。

出典:日本公認会計士協会 https://jicpa.or.jp/

会社選びはビジネスモデルだけでなく、経営者との相性が大事

アマテラス:

初めてスタートアップに転職をする会計士やMBAホルダーは、無数にあるスタートアップ中からどのように自分に合った会社を見つければよいでしょうか?

工藤雄太:

まずは、信頼できるエージェントを見つけることだと思います。もしくは、実績を挙げているベンチャーキャピタル(以下、VC)の投資先等から探すのも良いでしょう。投資先をサイトに掲載しているVCも多くあります。そして何より、経営者との相性が大事だと思いますので、会社の経営者と会う機会を増やすことは非常に有益だと思います。

アマテラス:

監査法人出身者はいずれCFOとして社長とペアで仕事をすることも多くなるでしょうから、そことの相性も大事ですよね。

工藤雄太:

「ビジネスモデルや会社は気に入ったが、経営者と合わない」というのはよくあることなので、社長の志やそこで働くメンバーとの相性は非常に大事です。CFOになるのであれば、特に社長としっかり話をするべきだと思います。

アマテラス:

一般的なスタートアップの場合は大株主のオーナー社長がいますから、その方との相性が大事でしょうね。私も転職希望者の方に常々「社長や意思決定者としっかり会って、ちゃんと見て下さい。単純にビジネスモデルや事業内容だけで選ぶと危険です」という話をしています。 CFOに関しては「IPOをするから来ないか」という話も多いですが、実際にはIPOに至る企業は限られています。

工藤雄太:

IPOをゴールにしている会社は慎重になったほうが良いと思います。本来、長期的な目標や社長の持つ志を実現するために資金調達があり、そのうちの一つの手法としてIPOがあると思います。

「儲かりそうだから」、「IPOして金持ちになりたいから」と上場する会社もあるとは思いますが、私自身は「メンバーと一緒に会社を作り上げて、何か革命を起こそう」という企業の方が好きですね。使命感があり、「自分達はこれをやり遂げる」と本気で信じている会社の方が、結果的に社会からも受け入れられ、成長しているというイメージがあります。

アマテラス:

私も同感です。本日は、素敵なお話をありがとうございました。

この記事を書いた人

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河西あすか

慶應義塾大学経済学部卒業後、食品メーカーにて商品企画等のマーケティングを担当。 慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了後、企業再生・変革の実行支援コンサルティングファームに在籍。

アイペット損害保険株式会社

アイペット損害保険株式会社
http://www.ipet-ins.com/

設立
2004年05月
社員数
356名 (2018年2月末時点)

《 Mission 》
ペットとの共生環境の向上とペット産業の健全な発展を促し、潤いのある豊かな社会を創る。
《 事業内容 》
ペット保険専門の損害保険