つくばは世界が注目するテクノロジーの街。最先端の研究成果が集積しているからディープテック・スタートアップを生み出せる

つくば市政策イノベーション部スタートアップ推進室室長 屋代知行氏

つくば市は2018年4月にスタートアップ推進室を設置し、同年12月につくば市スタートアップ戦略(第1期)を公表。スタートアップ支援を本格的にスタートさせました。インキュベーション施設のつくばスタートアップパークを運営。市内の研究者や学生、スタートアップなどは、施設内のコワーキングスペース(会議室付き)を半額で利用できます。また、起業や経営に関する無料相談会を定期的に開催するなどして研究シーズの事業化やスタートアップ企業の成長促進を進めています。

インタビューにご対応いただいたのは、つくば市の職員でスタートアップ推進室の室長とつくばスタートアップパークの所長を兼務する屋代知行氏。つくば市がスタートアップ支援に力を入れる理由やつくば市の魅力、そしてつくばのスタートアップの現場で必要とされる人材や大変さについてもお話しいただきました。

屋代知行氏

室長
屋代知行氏

1980年生まれ、つくば市出身。大学卒業後(化学専攻)、民間研究部門を経て2006年につくば市役所へ入庁。2008年から2010年までの経済産業省への出向を経て、政策企画、防災、シティプロモーション、現市長直下の政策マネジメントに従事し、スタートアップ支援6年目に突入中。プラチナ構想スクール修了(第1期)、NEDO-SSA Associate(第4期)、一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ メンター会員、経済産業省インパクトコンソーシアム官民連携促進分科会コアメンバー

つくば市政策イノベーション部スタートアップ推進室

つくば市政策イノベーション部スタートアップ推進室
https://www.city.tsukuba.lg.jp/index.html

設立
2018年04月
社員数
2,087名

≪ヴィジョン≫
■つくば市は、スタートアップの創出による持続可能なまちづくりに向けて、2018年から以下の2つのヴィジョンを掲げ、スタートアップ支援に取り組んできました。

・スタートアップに寄り添うまち「スタンドバイ・スタートアップ」
スタートアップの成長段階に合わせた支援を実施することにより、スタートアップに寄り添い、成長を促進するまちを目指します。

・科学技術が社会実装されるまち「ディプロイシティつくば」
スタートアップと研究機関が連携してつくば市にある科学技術を製品・サービスとして市の様々なところで社会実装し、市全体がスタートアップや科学技術ショーケースとなるまちを目指します。

■現在は、第2期つくば市スタートアップ戦略の推進をとおして、雇用創出や社会課題の解決による市内経済の活性化や市民生活の利便性の向上、さらにはすべての人が課題解決を志すマインドを育て、何事にも挑戦できる環境を創出することにチャレンジしています。
第2期戦略では以下のヴィジョンを掲げて取り組んでいきます。

「起業文化の醸成により、人の成長と科学技術が社会に生かされるまち」

≪事業分野≫
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つくば市の産業を強くするため、スタートアップ支援に注力

アマテラス:

まず、屋代さんが現在携わっているお仕事について教えてください。

つくば市政策イノベーション部 スタートアップ推進室 室長 屋代 知行氏(以下敬称略):

つくば市として、ソフトとハードの両面からスタートアップ支援を行っています。ソフトは補助金などで、ハードは市営インキュベーション施設「つくばスタートアップパーク」ですね。私の主な役割は、つくば市のスタートアップ政策のマネジメントです。スタートアップ推進室の室長とスタートアップパークの所長を兼務していますが、肩書きで分けてお話しすると分かりにくいでしょうから、まとめてお話します。

そもそも、なぜつくば市がスタートアップ支援を始めたかというと、筑波研究学園都市というアカデミックな街で持続的なまちの成長を図るためには、産業を生み出す必要があります。もちろん技術に強い中小企業や地場産業もありましたが、長い目で見ればより大きな産業を発展させる必要があると考えました。

2005年につくばエクスプレスが開業して以降ずっと、沿線を中心につくば市の人口は右肩上がりに急増していて、2022年の人口増加率は全国1位でした。住宅が増えれば市民税と固定資産税が増えますが、人口増加はいつか止まりますし、人口が増えれば保育所や学校の新設などの行政サービスで支出も増えます。今はまだ人口は増え続けていますが、将来的にはやはり産業を強くしていかないと街が存続できません。他の市区町村と同じように企業誘致などもやっていますが、やはりつくばの強みは研究学園都市であることです。ディープテックといわれる研究シーズがたくさんあり、将来的に世界中の社会課題に対する貢献が期待できます。

研究シーズを事業化する創業前後の一番困難な部分をサポート

屋代知行:

実際、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)や筑波大学は2000年代からずっとベンチャー企業を創出しています。経産省が毎年発表している大学別大学発ベンチャー数ランキングによると、筑波大学は非常に頑張っていて、ここ10年ほど3~4位をキープしています(最新ランキングは第5位)。上位を占める東大、京大、阪大といった大学が大都市圏にあることを考えると、やはり筑波大学にはディープテックの強みがあるのでしょう。といっても、市民にその事実が浸透しているとは言えません。行政側としては、市民にも「つくばはテクノロジーの街である」というシビックプライドがあると思っていたのですが、アンケートを実施したところ「つくばはテクノロジーの恩恵を感じますか」という問いに、半数以上の人が否定的な回答をしたのです。

確かに研究機関のハイレベルな成果は、一般の人に分かる形では市場に出回っていません。スマートフォンのような分かりやすい製品やサービスで市場に出ないと、市民がテクノロジーの凄さを実感するのは難しいということだと思います。そこでつくば市は、スタートアップ支援に力を入れることにしました。産業の創出、そして市民にテクノロジーを身近に感じてもらうために、研究成果の事業化、つまりスタートアップ企業の創出が有効なのではないかという仮説のもとに、私たちはスタートアップ支援を推進しています。

民間企業にとって一番難しいのは、研究シーズを事業化する創業前後です。事業化までを考えている研究者は少ないのが現場です。ある程度成長すればベンチャーキャピタルの出資対象となりますが、そこまでが大変です。その難しい部分を乗り越えられるよう、つくばスタートアップパークではいろいろなサポートを行っています。

インタビューはつくばスタートアップパーク(市が運営するインキュベーション施設)にて行った。屋代氏(右側)とインタビュアーの弊社藤岡(左側)

インタビューはつくばスタートアップパーク(市が運営するインキュベーション施設)にて行った。屋代氏(右側)とインタビュアーの弊社藤岡(左側)

150もの研究機関があるから、さまざまな協業・連携が可能

アマテラス:

つくば市のスタートアップ企業で働いたり、そのために移住してくることを想定した場合、どんな魅力があるとお考えでしょうか。

屋代知行:

つくば市には29の国の研究機関があり、大企業の研究セクションなど民間も合わせると150ほどあります。そして、私たちが仲介することでそれらの研究機関と気軽に繋がれます。他にはない環境だと思いますし、つくばで仕事をするにあたって大きなメリットではないかと思います。

筑波研究学園都市は国家プロジェクトとして東京の主要な研究機関を移転させ、約2兆円かけてつくられたまちです。そんなまちは日本で唯一、ここだけです。研究機関の数でも日本一ですし、研究内容も世界レベルで外国からの視察も多いです。大学発のディープテック企業は他の地域にもありますが、種類の豊富さにおいても研究レベルの高さにおいても、数の密度という点でも圧倒的につくばが上回っています。

アマテラス:

企業家や働く人にとって、どのようなところが魅力になっているのでしょうか?

屋代知行:

ディープテックは、いろんな研究機関と協業や連携をすることで発展するところがあります。例えば、創薬事業を行っている筑波大学発のスタートアップ企業があり、そこはNIMS(国立研究開発法人物質材料研究機構)のプロジェクトにも採択されています。一般的に薬は有効成分だけでなく、胃まで到達しやすくする添加物などに覆われています。当然、薬効成分を囲むのに適切な素材を研究されている人がNIMSなどにいらっしゃるわけです。このように、市場のニーズから逆算してつくば市内の研究機関と組んで開発を進めるといったこともつくば市の強みです。官民合わせて150もの研究機関があるのですから、いろいろな組み合わせが可能です。その可能性の大きさこそがディープテックの本質であり、つくばの強みだと思います。

6月にはルクセンブルクから皇太子の経済使節団がつくばスタートアップパークに来られた。海外からの注目も日々高まってきている。

6月にはルクセンブルクから皇太子の経済使節団がつくばスタートアップパークに来られた。海外からの注目も日々高まってきている。

広い歩道と多くの公園があるつくば市は、ファミリー向けの街

屋代知行:

生活面も大事ですよね。つくばエクスプレスで東京まで45分。近い言えるかどうかは人それぞれですが、乗り換えなしで秋葉原から一本で来られるのは魅力です。それに、国が計画的につくった街なのできれいに整備されています。特に公園の多さと歩道の広さは特長でしょう。歩道は歩行者と自転車で分かれているところも多く、ベビーカーを利用する人などを含めて歩行者がより安心して通行できます。カフェやパン屋さん、バーなども充実しています。こうした店が多いのはつくば市に外国人が多く暮らしているためで、外国の方の文化や嗜好に合ったものが伸びてきているからです。人口25万人のうち約1万2,000人が外国人です。しかも148か国と実に多国籍です。

それに教育の質が高いという声も聞きます。探求の時間などに研究者を招いてつくば市オリジナルの授業を行っていますが、子どもたちの学力が高い理由はそれだけではないでしょう。市内の学校には研究者の子どもが多く通っていて、理系に強い子どもが多いです。そういう環境に揉まれることで、他の子も伸びるのだと思います。そうしたことが公立の学校で起きている点が、つくば市ならではだと思います。

単身者や若い世代には娯楽が少ないかもしれませんが、足をのばせば筑波山や霞ヶ浦など豊かな自然が広がっていますし、家族がいる人は住みやすいと思います。人口増加の要因のひとつが東京圏からの移住者で、働く環境と教育環境が大きな魅力になっています。東京大学発の宇宙スタートアップ企業のPale Blueもつくば市に移転することが決まっていて、用地を確保しています。

研究シーズと市場ニーズのギャップを埋める作業が課題

アマテラス:

つくばのスタートアップ企業で働くにあたり、どのような困難、ハードシングスが想定されますか?

屋代知行:

まず、ディープテックは研究開発に時間がかかります。次に、研究シーズと市場ニーズの間に生まれるギャップがあります。ビジネスは市場のニーズから始めるのが本流でしょうが、多くの研究者は学術的にテーマを追究していると思うので、市場ニーズの考えが弱い状態で開発を進めます。もちろん、それが良いとか悪いとかの話ではありません。事業化していく多くの場合、研究内容と社会が求めるものの間にはギャップがあるので、そこをどう埋めていくかが課題です。。例えば、石油は限りある資源だから代替エネルギーが必要だという地球規模の課題がある一方で、石油メーカーや衣料品メーカーにはまた違う課題があったりします。どうやってニーズを見つけて誰に売るのか、というビジネスのノウハウは研究者が通ってこない道なので、それを補うためにつくばでは経営人材が必要だと言われています。

研究者には「自分の技術では世の中を救う」という素晴らしい信念を持っている人が多く、研究者がCEOであり創業者でもある場合が多いので、ビジネスに精通した人材が来てああしろこうしろと言うだけでは難しいところがあります。ディープテックに限った話ではありませんが、やはりコミュニケーション能力が大事です。

研究者と経営人材が組んでうまくいっているケースもあります。筑波大発ベンチャー企業のBioPhenolicsは、研究者は何もないところから新しい技術や価値をつくりだす0→1の人で、もう1人は量産化を得意とする1→100の人。最初からタッグを組んでやるのは今まであまり見られなかったパターンで、まだ創業して1年半ぐらいですが、NEDOに採択されるなど活躍の幅を広げています。

研究シーズを市場向けにカスタマイズしていくための資金調達も必要です。初めはNEDO(国立研究開発法人新エネルギー産業技術総合開発機構)やJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)などのグラント(※企業や行政から非営利組織への助成金や補助金)を取ってくることが主流になるでしょう。

つくばスタートアップパークでは、国や県の助成金情報、民間アクセラレーションプログラム情報なども提供しています。

つくばスタートアップパークでは、国や県の助成金情報、民間アクセラレーションプログラム情報なども提供しています。

スポットで柔軟に働ける人材のニーズがある

アマテラス:

つくばでのスタートアップ挑戦には、どのような人が向いているでしょうか?

屋代知行:

自ら困難に立ち向かえるような人は向いているでしょう。ディープテックの研究開発には時間がかかりますから。あと、国のグラントを取るために申請書を書いた経験があるなど、補助金まわりに明るい人はニーズがあるでしょう。書類提出の締切が3週間後といった公募などがざらにありますが、研究をやりながら不備なく申請書を書くのは大変ですから、そういった書類作成に慣れている人は歓迎されるはずです。

自分の強みを分かっている人も向いているでしょう。研究者側からすると、「何でもできます」という人より「自分はこういう部分で貢献できます」と強みを明確にする人の方が歓迎される気がします。また、人を巻き込める人は戦力になります。つくばには多様な研究機関があり、さまざまな人がイベントに講師として招かれてやって来ますが、そういう人に対して積極的にコミュニケーションを取り、あわよくば人材として自社に引き入れるようなパワーがある人は向いていると考えます。研究者は研究に忙しくて時間がありませんから。正社員はもちろん、必ずしもフルタイム勤務の正社員である必要はありません。事業にコミットするのであれば、副業・業務委託含め柔軟な働き方も可能だと思います。

経験から言って、人材のマッチングは簡単なものではありません。ミスマッチを防ぐためにも、つくばで働くことに興味がある人は、まずはつくばスタートアップパークなどに何回か足を運んでいただいて、つくばの雰囲気を感じていただくことも大切だと思います。

アマテラス:

私もつくばスタートアップパークに来ることが増えましたが、知り合いも増え、皆さんフレンドリーで居心地がとても良いです。ここで飲める美味しいコーヒーもおススメです。本日は素敵なお話しを頂き、ありがとうございました。

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アマテラス編集部

「次の100年を照らす、100社を創出する」アマテラスの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。

つくば市政策イノベーション部スタートアップ推進室

つくば市政策イノベーション部スタートアップ推進室
https://www.city.tsukuba.lg.jp/index.html

設立
2018年04月
社員数
2,087名

≪ヴィジョン≫
■つくば市は、スタートアップの創出による持続可能なまちづくりに向けて、2018年から以下の2つのヴィジョンを掲げ、スタートアップ支援に取り組んできました。

・スタートアップに寄り添うまち「スタンドバイ・スタートアップ」
スタートアップの成長段階に合わせた支援を実施することにより、スタートアップに寄り添い、成長を促進するまちを目指します。

・科学技術が社会実装されるまち「ディプロイシティつくば」
スタートアップと研究機関が連携してつくば市にある科学技術を製品・サービスとして市の様々なところで社会実装し、市全体がスタートアップや科学技術ショーケースとなるまちを目指します。

■現在は、第2期つくば市スタートアップ戦略の推進をとおして、雇用創出や社会課題の解決による市内経済の活性化や市民生活の利便性の向上、さらにはすべての人が課題解決を志すマインドを育て、何事にも挑戦できる環境を創出することにチャレンジしています。
第2期戦略では以下のヴィジョンを掲げて取り組んでいきます。

「起業文化の醸成により、人の成長と科学技術が社会に生かされるまち」

≪事業分野≫
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