ベンチャー企業の成長には長期にわたる伴走支援が重要。官民の連携による枠組み作りで挑戦しやすい地域づくりへ

茨城県産業戦略部 技術振興局技術革新課 イノベーション創出グループ主査 木野内 裕一氏

ベンチャー企業の成長には長期にわたる伴走支援が重要。官民の連携による枠組み作りで挑戦しやすい地域づくりへ

茨城県は、産学官の連携によって優れた技術シーズの事業化、ベンチャー企業の創出から成長支援まで一貫して支援。世界に挑戦するベンチャー企業の創出・育成に取り組んでいます。その中心となっているのが茨城県産業戦略部技術革新課であり、投資家や事業会社とのマッチング支援をはじめ、技術開発や研究に関する支援、多様なステークホルダーとの交流機会の提供などを行っています。

技術革新課の木野内裕一さんに、つくばで毎月開かれている交流イベント「TSUKUBA CONNÉCT」の意義やベンチャー企業に特化した公共調達の促進など、茨城県が取り組んでいるベンチャー支援事業について伺いました。「様々な企業の挑戦を支える黒子役として、粘り腰で取り組みたい」という言葉から、茨城県職員としての責任と熱意が伝わってきました。

木野内 裕一氏

主査
木野内 裕一氏

1984年生まれ、茨城県古河市出身。大学卒業後、茨城県庁へ入庁。税政、市町村支援、住宅開発、空港の路線誘致等を経て、2020年からベンチャー支援事業に従事。2020年から3年間は、東京の丸の内に単身駐在し、事業会社、VC、金融、外資など多様な企業とのネットワーク構築に取り組み、2023年に県庁へ帰庁。現在は、ベンチャー支援事業全体の設計やマネジメントに従事。

茨城県産業戦略部 技術振興局技術革新課 イノベーション創出グループ

茨城県産業戦略部 技術振興局技術革新課 イノベーション創出グループ
https://www.pref.ibaraki.jp/shokorodo/sangi/sougyou_venture3.html

≪主な業務(技術革新課)≫
産学官の連携により、優れた技術シーズの発展・事業化から定着までを一貫して支援し、本県から世界に挑戦するベンチャー企業の創出・育成に向けて取り組んでおります。

つくばや日立・東海地域に集積する技術シーズを産業創出につなげる

アマテラス:

現在、木野内さんが携わっている仕事内容について教えていただけますでしょうか。

茨城県産業戦略部 技術振興局技術革新課イノベーション創出グループ 主査 木野内裕一氏:

ベンチャー企業の支援を所管する部署で、つくばや日立・東海地域に集積する県内の技術シーズを産業につなげる事業に携わっています。具体的には、最先端の技術シーズをベースとしたベンチャー企業の創出と育成、エコシステム形成など様々な角度から事業を展開しています。全体を見渡して各事業のボトムアップとブラッシュアップを行いつつ、PDCAを回しながらより効果的な取り組みを検討するのが私の主な役割です。

自治体としては珍しく、茨城県技術革新課では、ベンチャー企業の資金調達にKPIを置いています。リスクマネーをどれだけ呼び込めたか、ここは強く意識しています。ここ数年で以前よりもVCも増え、ベンチャー投資の裾野は広がってきていると思います。とは言え、ディープテック分野では、アーリーからミドルへ、シリーズAからBに行くあたりにやはりボトルネックがあり、ここにはリスクマネーの供給だけではない、それぞれ異なる種類の課題が複数あり、それらの解決に資する取組を考えて実行しているところです。

東京に駐在し、ベンチャー支援業務に取り組む

アマテラス:

木野内さんのご経歴について教えていただけますか?

木野内 裕一:

ずっと茨城県の仕事をしていて、税収確保や市町村の支援、住宅開発、茨城空港国際線の誘致など、様々な業務に従事してきました。その後、旧来の公務員像とは違う、多様な視点を持ち自ら考えて行動できる人材が必要だという話が出て、私が単身東京に駐在し、ネットワーキングやマッチングを軸として働くことになりました。それが、私にとって初めてのベンチャー支援業務のスタートでした。

3年ほど丸の内に駐在し、WeWorkをはじめCICや渋谷キューズなど起業家や投資家が集まる場に出入りして、県内のベンチャー企業をVCや大手の新規事業部に繋げる取組を2年くらい続けました。1年目は東京や関西、必要に応じて外資のベンチャーキャピタルにも当たって、200件ぐらいマッチングを実施するなど、ベンチャー企業とともに、とにかくトライアンドエラーをやっていました。また、投資家や大手企業とのコミュニケーションも非常に得るものが多く、資本政策、投資手法、大企業の動かし方など、県庁にいては聞けないことも勉強させていただきました。

こうした活動によって何社か資金調達や共同研究に結びついたり、事業の方向転換に結びついたりしてとてもやり甲斐を感じました。が、そのうちに、自分のやっていることが果たして地域に根付いているのか、次につながっているのかと疑問を感じるようになりました。1社1社マッチングしていても地域全体に波及・還流していかないなと。これでは短期的には良くても、長期的な持続性が担保されません。

それで最後の3年目は、少しでも地域全体にネットワークが根付くようにと考え、都内でキャッチしたリソースを地域のエコシステムビルダーに繋ぎこむことを意識しました。TCI(つくば研究支援センター)やつくば市、筑波大、産総研、NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機関)、原研(国立研究開発法人日本原子力研究開発機構)などとの対話を丁寧に行い、彼らのニーズに資するネットワークを狙うなど、そうした取組にマイナーチェンジしました。

加えて、ベンチャー企業や技術シーズ、VCや事業会社だけでもエコシステムは形成されないとも感じます。特にディープテック分野では、ものづくり企業など中小企業も必要です。幸い、茨城県には県北部に日立市や東海村など、底堅い技術力を持った企業が集積しています。そうした中小企業にも参画してもらい、総力戦で世界に打って出る。「言うは易し、行うは難し」ですが、現在は、そうした県土全体を巻き込んだエコシステム形成に向けて、県が果たす役割を意識しながら取り組んでいます。

2023年10月、ものづくり企業×ベンチャー企業のイベントを日立市内でも初開催「HITACHI  IGNITE ものづくりフロンティア」@日立駅情報交流プラザ展望イベントホール

2023年10月、ものづくり企業×ベンチャー企業のイベントを日立市内でも初開催
「HITACHI IGNITE ものづくりフロンティア」@日立駅情報交流プラザ展望イベントホール

つくばのキープレイヤーたちがスタートアップの土壌をつくる

アマテラス:

茨城県でのスタートアップの起業・経営には、どのような魅力があるでしょうか。

木野内 裕一:

全国的に見ても、茨城県には産業基盤、交通インフラ、大学・研究機関、自然環境、などあらゆる次元で恵まれた環境があります。地方でありながら多様な産業が発達していることは非常に特徴的です。また、研究機関も多く、高度な研究人材も豊富です。ーズの探索や研究者とのコミュニケーション、経営人材としての参画など、ディープテック分野での起業が非常にやりやすい環境だとも感じています。また、つくばにはTCIやつくばスタートアップパークのように起業家が集まる場所があります。コミュニティが形成され、持続的に広がり、時勢に対応して変化していく場所があるということは強みだと思います。

気軽に相談できる横のつながり場が、挑戦しやすい土壌を作る

木野内 裕一:

あとは横のつながり、コミュニティがあること。起業家や経営者は本当にタフな職業だと痛感します。事業計画、資本政策、研究開発、知財戦略、常に全体を俯瞰しながら、成長していけばいくほど、大きな判断・決断もしなければならない。当事者にしかわからないゆえ、孤独になることも多いし、そこで踏ん張るしかないとも思います。特に、地方においては、東京に比べて起業家は少ないですから、そうした中で、話ができる、いつでも相談に乗れるような横で繋がる環境というのは大事だと思っています。

アマテラス:

横のつながりをつくるために、どのような施策を実施されているのでしょうか。

木野内 裕一:

毎月第三金曜日に「TSUKUBA CONNÉCT」というイベントをつくばで開催しています。Venture Café Tokyo(※)に協力いただいていますが、起業家とスタートアップ企業、そしてVCや支援機関、大学、研究機関に集まっていただいています。気軽にコミュニケーションをとれる場として毎月開催し、今年で5年目になりました。

何度か参加するうちに顔見知りができ、何かに詰まった時には息抜きとして参加してもらえれば、と思っています。企画する側としては、当然、毎回、テーマ設定や登壇者を決めるにあたり、狙いや目的があります。が、堅苦しくせず、参加しやすい空気作りを心がけています。立ち話で話を聞き、その後しっかり個別に対応する。そういうことを繰り返すうちに関係性が構築できていくわけです。仮に県のネットワークで対応できない内容であっても、課題を共有した上でTCIやつくば市などにつなぐなど相談の横展開もやっていますので、悩みや課題も比較的スピーディに解決に向かうと思います。

走り出しの頃は、イベントや企画内容に課題も多かったと思いますが、スタッフの皆さん、それぞれがマッチングハブとして着実に成長されているとも実感しています。イベント後には常に振り返りを行い、それを継続してきたことで、「TSUKUBA CONNÉCT」も発展していっていると思います。そうしてつくばを軸に培ったネットワークは県内の他の地域にも活かしており、去年は日立でもものづくり企業とベンチャー企業の親和性にフォーカスした交流イベントを開くことができました。

(※)Venture Café Tokyo:https://venturecafetokyo.org/

ライフスタイルに合わせて選べるエリアの多様性が茨城県の魅力

アマテラス:

茨城県に転職移住する魅力はどんなところにあるでしょうか。

木野内 裕一:

茨城県には、実に多様な環境があります。求める暮らしに合わせて好きなエリアを選ぶことができるのも特徴です。

また、私自身の所管外にはなりますが、県としても教育にはかなり力を入れています。各地の高校ではアントレ教育にも注力がされ始めてますし、TSUKUBA CONNECTにも高校生が参加するケースが増えてきました。高校生がベンチャー企業の起業家やVCとコミュニケーションしている光景は地方ではあまりないケースではないかと思います。

総じて、挑戦する人を歓迎し、後押しするような環境・機運が出来てきたのだと感じますし、住まう場所を選択する上での魅力の一つだと思います。

アマテラス:

茨城県内のスタートアップ企業で働くにあたり、知っていおいた方が良いことがあればお願いします。

木野内 裕一:

車が必要だということくらいかなと思います。つくば、土浦辺りまでは都内に通勤される方も多く、その場合は都内のライフスタイルとあまり変わらないのではないかと思います。

認定された茨城県内のベンチャー企業は、県と随意契約が可能に

アマテラス:

新しい取り組みを後押しするというお話がありましたが、新しいことに挑戦しやすい風土作りに向けてどんなことをされているのでしょうか。

木野内 裕一:

失敗を恐れず、トライアンドエラーを繰り返し、PDCAをしっかり回す。我々行政も含めて、官民ともに、そうした意識を強く持ち実行していく必要があると思います。「大企業病」ではないですが、組織が大きくなればなるほど硬直化もしますし、前例踏襲によって確実に成長力を失っていくと思います。そうした中から外に飛び出し、ベンチャー企業たちの挑戦に対して、時に応援し、時に協業し、時に一緒に走ると、彼ら・彼女らから学ぶことが非常に多いというのが私の実感です。

新規事業にトライして産業の競争力を強化したり、多様化する地域課題・社会課題を解決していくためにも、ベンチャー企業の力を借りたい。そんな思いもあり、今年の2月末には、県の産業団体と共同で『茨城ベンチャーフレンドリー宣言』(※)を出しました。次代に挑戦するベンチャー企業を官民一丸となって歓迎し、イノベーションの軸にしたいと考えました。ただ宣言するのみならず、官民それぞれで出来ることも実施していきます。

我々はベンチャー企業の製品・サービスの公共調達を促進していきます。審査を行った上で行政課題の解決とベンチャー企業の市場参入促進を同時的に実施することが狙いです。産業界の皆様には、「一見さんお断り」の慣習を廃し、県内ベンチャーの相談にはフラットに応えてどんどん交わっていただきたいとも考えています。官民での挟み込み支援のようなイメージではありますが、同時に、ベンチャー企業との対話通じて我々自身のアップデートも果たしたいという思いもあります。

公共調達制度についての補足としてですが、行政では地方自治法により一般競争入札が原則であり、当然ながらベンチャー企業は資金力のある大手企業には勝てないのが現状です。応援はするが調達には結びつかない。そうした状況を幾許か改善したく、この制度を考えました。この4月から運用を開始し、行政課題の解決に結びつくかなど諸々の条件をクリアして認定された茨城県内のベンチャー企業は、県と随意契約ができるようになります。窓口は随時オープンにしていきますので、ぜひベンチャー企業の皆さんには関心を持って応募いただきたいと思っています。

また、フレンドリー宣言を調整する中で地元企業の方々ともたくさん話しましたが、新規事業をやりたくても組織の中にいるとなかなか動けない方が多くいらっしゃることも分かりました。こうした宣言を県庁が出すことで、チャレンジ歓迎の意志を形として示し、既存の企業の方々でも新しいことに取り組みやすい空気を醸成したいと考えています。これまでずっと「現状を変えたい」と思いながらも実践できずにいた人たちが動き始めてくれればと願っています。

茨城ベンチャーフレンドリー宣言(※)

茨城ベンチャーフレンドリー宣言(※)

行政だからできるの交流の場づくり

アマテラス:

スタートアップ企業の支援において、行政の果たす役割は大きいですね。他にも行政ならではの施策などあれば教えていただけますか?

木野内 裕一:

少し個人的な見解になってしまいますが、ビジネスマンはあまり行政に期待していませんよね。私自身、東京でビジネスマッチングに取り組んだ際に、最初は期待されていないなと感じることが多かったです。でも、もし県内のスタートアップ企業に転職することになったら、ぜひ私たちが行うイベントに足を運んでいただき、お声がけいただいきたいと思います。「どうせ行政のやることでしょう」と距離を置かず。私たち茨城県の職員も大いに汗をかきたい、汗をかくべきだと考えています。「期待していなかったけど、実際に来てみたら良かった」と、いい意味で予想を裏切りたいと思っています。

政府もどこの自治体も、おそらくみんな気づいていると思いますが、ビジネス経験のない素人である我々行政による補助事業など旧来型の行政手法では効果も薄く、持続性もない。補助金だけやっていても、官民の関係性は持続しないし、深まることもない。到底、目線も一致しない。何より、コミュニケーションが生まれないと思うんです。コミュニケーションを通して、互いの視点を学び、相談できるラインを増やしていく。これが正解だという気がしています。

都内で企業のマッチングをやってみて思ったのですが、民間企業同士はつながりにくいですよね。第三者が間を取り持つという手もありますが、第三者が収益化を考えるとイノベーションがなかなか起きませんし、スピードも上がっていきません。そこで行政の出番です。接点がなく普段はなかなか出会えない、でも実はシナジーが起きそうな人たちが交流できる場を用意する。それこそが私たち行政の役目ではないかと思いますし、そうした場を公共的なインフラとして用意できるところに、行政の可能性があると感じています。

エコシステムの持続化のために

木野内 裕一:

組織が大きければ大きいほど人事異動が生じると思います。行政も同様です。ネットワークは人と人の関係性ですから、簡単に他の人に引き継ぐことは難しいです。担当者が変わるとそれまで積み上げられてきたものは失われ、またゼロから関係性を構築しなければならなくなります。あくまで仮にですが、IPO(新規株式公開)を支援の出口だと仮定すれば、ベンチャー企業だと10年弱、中小企業でも十数年という平均値が出ていますが、行政の担当者が同じ部署に10年間居続けることはまずあり得ないと思います。一方で、ベンチャー企業に対して長期にわたる伴走支援を実現するには、ネットワークを維持・発展させながら、エコシステムが持続出来る枠組みが必要なのだと思います。

そうした枠組みを考えたとき、やはり行政や公務員は主役にはなり得ないのだと考えています。例えば、茨城県・つくばの場合は、TCIのようなインキュベーションに特化した民間株式会社がベストだと思いますと。インキュベーションマネージャーがおり、人が変わらないので、ネットワークを蓄積・拡大しながら、長期に渡り伴走できる。そこを軸として、地域の企業や産業を巻き込んで地域全体にネットワークを還流させていく。今後もその点に力を入れていきたいなと思います。

アマテラス:

有益なお話をありがとうございました。茨城ベンチャーフレンドリー宣言やTSUKUBA CONNÉCTについてのお話など茨城県が世界に挑戦するベンチャー企業の創出・育成に取組んでいることがよくよく分かりました。

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アマテラス編集部

「次の100年を照らす、100社を創出する」アマテラスの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。

茨城県産業戦略部 技術振興局技術革新課 イノベーション創出グループ

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≪主な業務(技術革新課)≫
産学官の連携により、優れた技術シーズの発展・事業化から定着までを一貫して支援し、本県から世界に挑戦するベンチャー企業の創出・育成に向けて取り組んでおります。