頭では理解しているのに、行動に移せない。そんな経験を誰もが一度はしたことがあるのではないでしょうか。たとえば、多くの人ががん検診の必要性は理解しているのに、実際に受診する人は偏っている、といった事例はよくあります。
検診を受診する・しないといった意思決定は、経済合理的な判断だけではなく、一人ひとりに異なる行動特性や認知特性などが複雑に絡み合った結果であり、だからこそ画一的なコミュニケーションには限界があるのです。さらに難しいのは、一人ひとりの特性は、他人はもちろん、本人すら気づいていない無意識によって形づくられていることです。
そんな課題への新たなアプローチとして、合理的でも画一的でもない「人間の行動原理」を深く理解することで、世の中の事業やサービスを生活者に沿わせていく技術を開発しているのが株式会社Godot(ゴドー)です。
同社の代表取締役である森山健氏は、神戸生まれのアメリカ育ちで、ゴールドマン・サックスでの経験を経て、ソーシャルビジネスの道に進んだ経営者です。オックスフォード大学客員研究員として公共政策を研究する中で最先端の行動科学に触れた森山氏は、その知見をもとにGodotを立ち上げました。森山氏の生い立ちから創業までの経緯、そして経営者として今後目指す未来について、詳しくお話を伺いました。
代表取締役
森山 健氏
神戸生まれ、シアトル育ち。ゴールドマン・サックス投資銀行部門に新卒入社。その後、3社の共同創業と売却、オックスフォード大学客員研究員などを経て現職。行動科学とデザイン思考で政策課題に挑む、特定非営利活動法人Policy Garageの理事も務める。
株式会社Godot
https://godot.inc/
- 設立
- 2022年07月
- 社員数
- 22名
《 Mission》
ヒトを拡張して、個と社会を進化させる
《 事業分野 》
次世代Tech
《 事業内容 》
株式会社Godotは、行動科学ディープテックにより、世の中の事業やサービスを「事業者中心」から「生活者中心」に変換させていく技術の開発に取り組んでいます。人間が人間をより深く理解することで、それまで見えていなかった「自分とは異なる他者目線」での事業やサービスの設計や実践を可能にし、どんな特性を持った人も排除されることのない、包摂的な世界へと変革させていきます。
- 目次 -
小学校5年生からアメリカに移住し、人種差別を経験
まず、森山さんの生い立ちからお伺いします。現在に繋がる原体験のようなものがあれば教えてください。
私は父が油絵の画家で叔父が写真家、叔母が陶芸家という芸術家一家だったので、幼い頃から、絵や音楽に親しみながら育ちました。
10歳の時に父が画家のキャリアを一旦諦め、アメリカ西海岸で商社を立ち上げたいと言い出しました。元々アメリカの大学を卒業していた父としては、アメリカに戻りたいという思いが強かったようで、結果的に、周囲の反対を押し切り、家族全員でアメリカ西海岸に移住しました。
まだイチローが活躍する前の時代ですから、引っ越し先の周囲はアジア人がほぼおらず、人種差別を受けました。高校に入るまでは、英語にも不自由していましたし、厳しい環境ではあったと思います。
ただ、そんな中でもこの時期を乗り越えたら大丈夫だろうという根拠がない自信がありました。両親に愛されていたからこそ、自己肯定感が揺らがなかったのだと思います。また差別を受けつつも友達には恵まれていたので、一緒にキャンプをしたり、ビデオゲームで遊んだりといった経験もできました。
そんな状況が大きく変わったのが高校時代です。英語に一切不自由しなくなり、打ち込んでいた音楽でもコンクールで優勝して、州代表に選ばれるほどの実績を出し、成績も基本的にストレートA。実力主義のアメリカでは何か突出したものがないと中々相手にされませんが、一目置かれる存在にまで一気に駆け上がることができました。
アメリカ最難関の大学で落第しかけてからの覚醒
私は決して天才ではありませんが、昔から学び方を研究し、高速でPDCAを回しながら、早く効率良く学習するコツを身につけるのは得意でした。そのおかげで、高校生に大学レベルのカリキュラムや試験を提供するAP制度というプログラムを利用し、大学の授業の単位を取っていきました。
そんな高校生活だったので、自分の学力には自信を持っていたのですが、大学に進学してすぐに、その自信は崩れ落ちました。当時私は外科医を目指していたので、どうせならトップを目指そうと世界屈指のメディカルスクールを有するアメリカ最難関大学、ジョンズ・ホプキンス大学を受験しました。
ジョンズ・ホプキンス大学に無事合格でき、入学後に痛感したのは、周囲とのレベル差でした。同期のほとんどが進学校出身で、テストの点数も段違い。最初の1学期は授業にもついていけず、落第一歩手前の状態に陥りました。
どうすれば周囲のレベルに最短で追いつけるのか。効率的な勉強法を必死で考え、PDCAを回しながら、図書館にこもってひたすら勉強し続けました。そこで高校時代に次いで、第二の覚醒が起きました。
2学期には学習のコツをつかめたので、そこからはスポーツやボランティア活動にも励むだけの余裕が生まれました。最終的には2年飛び級をして、4年で修士の勉強まで終えたのですが、本当に充実した学生時代を過ごせたと思います。
「引きの法則」による縁から、金融の世界に飛び込む
大学の2年次には、ジョンズ・ホプキンス大学病院の外科系の研究室でインターンも経験しました。インターン自体は楽しかったのですが、自分が思っていた以上に医療の世界は多面的で、患者様のために力を尽くすだけではなく、最新の研究成果を出して名声を高め、出世していく必要がある世界なのだと気付かされました。
ちょうどその頃、数学の面白さに目覚めたこともあり、改めて自分の進路を考えました。メディカルスクールに進んで医師になるか、数学が活かせる分野の大学院に行くか、はたまた就職してからビジネススクールに行くか。様々なキャリアの可能性を模索しました。
最終的にはゴールドマン・サックスに入社したのですが、実はその当時、全くと言っていいほど金融には関心がありませんでした。それなのに入社することになったのは、「引きの法則」の巡り合わせによるものでした。
今の自分が求めているものや話したい人をイメージしていると、自然と出会いがやってくるという経験が昔からあって、私はそれを「引きの法則」と呼んでいます。ゴールドマン・サックスとの縁もまさにその典型でした。
ゴールドマン・サックスでインターンをしていた友人の誘いで、パーティに参加したところ、たまたま話しかけた人がかなりの上役。共通項が多く、話が盛り上がったことで気に入ってもらえたのか、後日推薦があったとの連絡が入り、トントン拍子で面談が進み、内定に至ったのです。
専門家に囲まれ、鍛えられたゴールドマン・サックス時代
それまでは金融にご興味がなかったということですが、ゴールドマン・サックスに入社してからはいかがでしたか?
仕事というのは、その内容以上に誰と働くかが重要だと考えています。ゴールドマン・サックスに対しては、自分を成長させてくれそうな会社という印象が入社前からありましたが、想像していた以上にすごい人達に囲まれながら仕事ができました。
というのも、債券、株、為替、クレジット商品とそれぞれの領域で豊富に経験を積んだ課長クラスのプロ達とともに、大きな裁量が任された社長直轄チームに配属されたのです。そんな専門家たちの中に新人がひとりという状態だったので、とても鍛えられました。
その他、同期にも面白い人が多かったですし、直属の上司にも恵まれていたと思います。上司はドイツ人で、ケンブリッジ大学出身の元数学博士だったのですが、社会人1年目の時から対等に接してくれて、メンタリング等も丁寧にフォローしてくれました。管理職や経営者を経験してきた今振り返ってみると、その時の上司の凄さを実感します。
その後、バイサイドに挑戦したいという思いからゴールドマン・サックス出身者が立ち上げるヘッジファンドに参加し、運用部長として東京チームを率いることになりました。
2008年にリーマン・ショックが起こりましたが、その中でも利益は出せていましたし、切れ者揃いの仲間たちとともに知的な仕事を楽しんでいたと思います。客観的に見れば、順風満帆のキャリアだったでしょう。ただ、当時の自分はずっと、金融や資本主義の在り方に対する違和感のようなものを感じていました。
現状の資本主義への違和感からソーシャルビジネスの道へ
金融に対するもやもやとした思いは強くなる一方だったので、思い切って違うことをしてみようと思い、会社を退職してから、毎年寄付をしていたNPOの活動を見に、ネパールへと向かいました。そうして現地の活動を見る中で、NPOの良い面も悪い面も肌で知りました。
社会課題の解決に向けて、自分に出来ることはきっとあるはずだ。その思いから、2009年の終わりからエンジェル投資家としての活動を始めました。
同時に、グラミン・シャクティというグラミングループのエネルギー会社で事業開発に携わり、途上国で様々なソーシャルビジネスの立ち上げを行いました。 金融のスキルを駆使しながら、どうすればBOPビジネス(※)を成立させることができるのかをひたすら考えました。その時の経験が、今のGodotの企業原理に繋がっているように思います。
※BOPビジネス…Base (or Bottom) Of the (economic) Pyramidの頭文字をとったもので、グラミン銀行の創設者であるムハマド・ユヌス氏が提唱した考え方。40億人の低所得者層に製品やサービスを供給し、新たな市場を開拓しながら、世界にはびこる格差および貧困問題を解決していくアプローチを指す。
オックスフォードで合理的根拠に基づく政策立案を学ぶ
ユヌス氏とは当時、何か接点があったのでしょうか。
「貧困を博物館の中でしか見られないようにしたい」というユヌスさんの考えを聞いたときの衝撃を今でもよく覚えています。ソーシャル・フィクションという彼の考え方に触れたことで、これまでとは違う形でこれまで培ってきた金融のスキルを活かしていくようになりました。当時、ユヌスさんと節目節目でお話できたことは私にとって大きな資産です。今でも勝手に「心の師」と仰いでいます(笑)
一方で、世界有数のNPOですら、社会を変えるには長い時間がかかることに考えさせられました。官民連携を推進できれば、よりスピーディに社会課題の解決を図っていけるのではないか。
そんなアイデアを抱いていた矢先に、オックスフォード大学の行政大学院の第一期生募集の話を耳にしました。面白そうだと直感し、ユヌスさんに推薦状を書いてもらいました。無事に一期生として入学できた後もユヌスさんはオックスフォードに遊びに来られて、同級生向けに特別授業もしてくれました。
イギリスは元々、データに基づいて論理的に意思決定すべきという考え方が強い国です。当時はちょうど、合理的根拠に基づく政策立案の一環として、行動科学の実装が始まったタイミングでした。そこで行動科学に対する学びを深め、人間の行動を左右するそれぞれの特性に基づいた社会設計が必要という考え方を知りました。
公共政策の学びを深めていくうちに、成果連動型民間委託契約などやり方を工夫することで、公共事業の税金の使い方をより適正化する手法を知りました。その手法をせっかくなら日本に広めたいと思い、2016年に参画したのがケイスリー株式会社です。
ケイスリー社への参画、そしてGodot創業へ
Godot社は、ケイスリー社の事業の一部が独立する形で生まれた会社だと伺いました。ケイスリー参画から独立に至るまでの経緯について、教えていただけますか。
ケイスリーは当時、行政に特化したシンクタンクでした。代表取締役社長の幸地正樹さんとは当初エンジェル投資家としての関わりでしたが、ケイスリーの素晴らしい事業をより成長させていきたいという思いから、彼を支えるナンバー2として参画しました。
ケイスリーの事業に深くコミットする中で、労働集約的に行政サービスを改善していこうとすると、時間がかかりすぎるという感覚を覚えました。私が生きている間には何も変わらないのではないかという危機感があり、労働集約的なアプローチに違和感を覚え始めました。
そこで、当時ケイスリーで働いていた鈴井豪や一宮恵とともに、シンクタンク以外の手法で行政サービスを変えていく方法を模索する研究会を始めました。この時のチームメンバーが、後のGodotの経営陣になりました。
研究会を通じて徐々にプロダクトの構想が出来上がっていき、次の段階に進むためにはより大きな資金調達が必要というフェーズに差し掛かった時に、問題が起こりました。シンクタンクと紐づいていることがネックになり、出資が受けられなかったのです。
そこで幸地さんと今後の方針を話し合い、尖ったことをやりたいというグローバル志向が強い若手を中心としたケイスリーの仲間たちと2022年7月1日にGodotを設立しました。
SBIインベストメントをはじめとする株主からの後押し
ケイスリーの自治体顧客を丸ごと引き継ぐことができたので、創業当初から売上はある程度確保できていました。とはいえ、経営としては赤字だったので、外部からの資金調達を早々に進めることにしました。
ところが、当時はスタートアップを取り巻く環境が急速に悪化していた時期でした。2022年11月にはリード投資家の話が立ち消えになり、資金調達の予定がずるずると伸びていきました。正直、冷や汗ものでした。
そんな中で、出資に踏み切ってくれたのがSBIインベストメントです。SBIグループの創業者であり、SBIインベストメント代表取締役執行役員会長兼社長である北尾吉孝さんが、私がやろうとしている事業に興味を持ってくださったことで、2023年の2月に無事、資金調達できました。
出資が決まる前から、同社のベンチャーキャピタリストである松本祐典さんや中山美智子さんが全面的にサポートしてくださったのは本当にありがたかったです。特に中山さんは「Godotの営業部長と思って頼りにしてください」と言ってくださり、毎日のように送客してくださいました。おかげさまで、商談が相次ぎ、スケジュール管理が大変です(笑)
その他にも、ケイスリーの時からお世話になっているモバイル・インターネットキャピタル(MIC)のCIO/マネージングパートナーの元木新さんや藤原隆至さんにも様々なお力添えをいただきました。
MICの勧めで応募した「かんぽ生命 – アフラックAcceleration Program」で採択され、両社の社長直轄で概念実証を進められたのは当社の大きな資産です。 また、当社がSDGs特別賞を受賞したジャパンベンチャーアワードも、MICの紹介でした。Godotを後押し下さる株主の方々には感謝しかありません。
チーム全員で加速していく事業立ち上げフェーズに向けて
株主の方々の後押しもあって、ようやくGodotは事業立ち上げのフェーズまで来れました。後は、PDCAを高速で回しつつ、市場に合わせて改善を繰り返していくだけです。社内でも優秀な若手が育ってきていて、全員がスピード感を持って仕事に取り組んでいます。
幸いなことに、ChatGPTをはじめとする生成AIの進化が進んだことで、当社のAIプロダクトの開発もだいぶ前倒しできました。これまでに積み重ねてきた私の経験や知見がようやく上手く組み合わさり、形になりつつあると感じています。
当社はいよいよ、シリーズAに向けてスタートアップの基礎を固めていくフェーズに入ります。ヒト・モノ・カネは揃いつつあるので、あとは私達の力量次第。正直、プレッシャーは大きいですし、大変なことも沢山あります。
ただ、だからこそ成功体験も失敗体験もチーム全員で分かち合いながら、社員同士の絆を深めていきやすいタイミングとも言えるでしょう。ビジネスを通じて社会課題を解決していくために、自分自身も成長したいという意欲のある人、そしてそのための努力を惜しまない人にとっては、メリハリを持って充実した仕事ができる環境だと思います。
最先端の知見を取り込み、BX産業のインフラを作る
最後に、Godot社の今後の展望について教えてください。
昨今、日本でも行動科学トランスフォーメーション(BX)産業が出来つつありますが、残念ながらエビデンスが伴わない「なんちゃって科学」になっているケースも多々見受けられます。だからこそ、GodotはBXインフラカンパニーとして、BX産業に必要なツールを提供する立ち位置を目指していきます。
創業理事として参画したNPO法人Policy GarageやワシントンD.C.在住のCRO一宮の繋がりから、行動科学の先進国であるアメリカとイギリスの専門家ネットワークを押さえている点は当社の大きな強みです。
日本国内では行動科学を専門的に学んでいる人はごく少数ですが、デジタル広告の領域で、強化学習のアルゴリズムを大量に書いてきた経験のある人やUXリサーチャー、UXデザイナーであれば比較的シフトしやすいと思いますので、ぜひ当社で最新の行動科学を学んで頂けたらうれしいです。
100年先を見据えて「人間拡張」技術の開発を目指す
私達が推進する「BX」とは、単に個人の行動を変えましょうという意味合いではありません。行動科学の社会実装を通じて、人間の深い部分で一人ひとりの意思決定をより良い方向に革新していくこと。それにより組織を変革し、ひいては社会BXを起こして、社会全体に在り方を変えていく。それが、私達のビジョンです。
だからこそ、Godotは「ヒトを拡張」していると言えるようなディープな技術の開発を進めています。例えば、最先端技術によって人の認知バイアスを可視化し、自らの偏見や自己認識に対する気付きをスムーズに学習できるプロダクトを開発しています。
当社のメンバーは、全員帰国子女の経営陣をはじめ、何らかの理由から社会の少数派としての苦労や挫折を経験した人が多いです。私自身、自閉症の子どもを育てる中で、何度も壁にぶつかりました。同じように自閉症の子どもを抱える親の気持ちを、当事者になって初めて実感できました。
大なり小なりそういった痛みを経験した人ほど、多数派の論理を押し付けられる社会的弱者の苦しみに対して想像力を働かせやすいのではないかと思います。自らの経験を糧にしながら、人間が人間たるゆえんは何なのかを問い続け、それを拡張させていく技術をともに創造していける仲間と出会えれば幸いです。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
株式会社Godot
https://godot.inc/
- 設立
- 2022年07月
- 社員数
- 22名
《 Mission》
ヒトを拡張して、個と社会を進化させる
《 事業分野 》
次世代Tech
《 事業内容 》
株式会社Godotは、行動科学ディープテックにより、世の中の事業やサービスを「事業者中心」から「生活者中心」に変換させていく技術の開発に取り組んでいます。人間が人間をより深く理解することで、それまで見えていなかった「自分とは異なる他者目線」での事業やサービスの設計や実践を可能にし、どんな特性を持った人も排除されることのない、包摂的な世界へと変革させていきます。