金沢を中心とした北陸地区は、地域特有の文化や伝統も色濃く残っている一方、新たに地元大学発スタートアップが生まれるエリアとして、注目を集めています。
今回お話を伺ったのは、HED株式会社の代表取締役である髙田諭氏。HED社が運営する「ほくりくスタートアップコミュニティファンド」は、北陸地域のスタートアップ支援に特化した地域密着型の投資活動を行っています。高田氏は、東京での経験を活かして地元石川県で独立し、地域課題の解決に尽力しています。北陸地域には大学発ディープテック系スタートアップが多く、地域内のつながりが強い一方で、地元市場への依存が課題とされています。HED社は起業家を中心とするスタートアップエコシステムの形成を通じて、北陸エリアの持続的な発展を目指しています。
代表取締役
髙田 諭氏
1985年10月石川県白山市出身。2009年東京都立大学経済学部卒業後、株式会社インディペンデンツ(現・株式会社Kips)入社。同社が運営するインデペンデンツクラブ(2015年NPO法人化)の事務局長として、全国各地の行政・大学・支援機関等とのネットワーク構築とスタートアップの発掘支援に従事。同社の投資事業においても、投資担当者として投資実行と経営支援、投資委員として案件評価や投資/売却の意思決定に関与。地域横断的なベンチャーコミュニティ運営とベンチャーキャピタル投資の経験を活かし、地元石川/北陸地域のスタートアップエコシステム形成に向けて、2024年2月HED株式会社設立、代表取締役就任(現任)。
HED株式会社
https://hed.vc/
≪MISSION≫
北陸の新たな伝統を共に創る
≪事業内容≫
・未上場株式等への投資業務および投資事業組合の運営管理
・スタートアップ支援に関するプログラム及びイベントの企画開発運営
- 目次 -
北陸地域ならではのスタートアップエコシステム構築を目指す
まず、HED社の事業内容や、特徴について教えて下さい。
HED社は、「ほくりくスタートアップコミュニティファンド」を運用するベンチャーキャピタルで、次世代の北陸経済を牽引することが強く期待できる起業家に投資を行っています。このファンドの特徴は、スタートアップ支援においてLP(出資者)も積極的に関与するという、コミュニティ型の運営を目指している点です。現在、北國銀行や北國新聞社がLPとして参加しており、今後も地域の上場企業や事業法人に出資を呼びかけることで、スタートアップの支援体制を構築しようとしています。
ファンドの中長期目標は、北陸地域のスタートアップエコシステムの構築です。ここに向けて、まずはスタートアップのロールモデルを輩出することに注力しています。一つの成功事例が生まれれば、「自分にもできる」と地域全体に自信がつき、コミュニティを通じて成功や失敗の経験が地域内で循環し始めます。スタートアップだけでなく、地域の事業法人もその成長を共創や初期顧客となり支えることで、成功事例の当事者になる。青臭い言い方になりますが、地域が一体となって成功という感動体験を分かち合うことが、エコシステム構築の一歩目ではないかと考えています。ファンドはその媒体です。
前職でのベンチャーコミュニティ運営の経験について教えて下さい。
インデペンデンツクラブでは、「一人でも多くの人と一緒に、1社でも多くの公開会社を育てる」というスローガンの下、起業家を中心に、VC・証券会社・監査法人など、IPOに関わるプレイヤーが一堂に会するイベントを通じて相互交流を図り、上場を目指す企業を支援する場づくりを行っていました。
2010年代前半までは、地方のスタートアップと東京の投資家を繋げる「ゲートキーパー」としての役割が大きかったと言えます。イベントを通じて地方の個性的なスタートアップを発掘し、東京でのプレゼン機会を設定して投資家等との面談につなげるなど、東京と地方の橋渡しをしていました。
当時つくづく感じていたのは、東京と地域で起業家やビジネスの質に大きな差はないということです。むしろ地域の方がより顧客の課題に向き合った組織づくりや事業づくりをしていて、尊敬できる起業家も多くいました。ただ、事業戦略の手法やビジネスモデルの類型、またベンチャーファイナンスのお作法の点で情報格差は確かにあり、成長機会を掴みきれていないスタートアップが少なくありませんでした。
前職は東京の投資家と地域の起業家をつなぐだけでなく、情報ギャップを埋めるという役割も担っていたのだと思います。特にIPOに向けた事業計画や資本政策、テック領域のスタートアップ向けの知財戦略については非常に強力なパートナーがおり、私自身も学習機会に恵まれました。こういった取り組みを通じて、地域のスタートアップに関わる課題やニーズの理解を深め、その解決アイデアを今日に至るまで温め続けてきた訳です。
ベンチャーキャピタルでのコミュニティ運営をきっかけに地方への関心を深める
高田様の生い立ちからどのようにして今のお仕事をするまでに至ったか、きっかけなどについて教えていただけますか?
私は石川県白山市(旧・松任市)出身で、高校まで石川県で過ごしました。高校3年まで野球に没頭する日々でしたが、東京での生活に強い憧れを抱き、経済的な理由から自分で学費を賄う決意をして国公立大学を目指しました。無事東京に進学後は大学2年まで典型的なキャンパスライフを謳歌し、大学3年からは心機一転してミスキャンパスコンテストの実行委員として運営に携わるなど、多様な経験を積みました。転換点だったのは就職浪人をしたことです。何のために働くのか、意義を見いだせない中で、心配してくれた大学の先輩から紹介され、スタートアップの起業家とお会いしたことが今の自分につながっています。そこからベンチャーキャピタル業界に興味を持ち、高校の先輩から前職であるインディペンデンツの國本社長を紹介され、インターンから正社員としての入社に至ります。
「ベンチャーキャピタリストは最後の徒弟制度」と教わり、一流のキャピタリストの下で師事を受けながらどんどん投資するぞと意気込んで入社しましたが、時は2009年。リーマンショックの影響が色濃く残り、国内のベンチャーマーケットも冷えに冷え込んでいました。そんな中で、ベンチャーキャピタル投資以外の収益事業としてインデペンデンツクラブが立ち上がり、その責任を担うことになります。正直、不本意な部分もありました。けれども、スタートアップエコシステムの中で、コミュニティ運営者である自分がどう立ち回れば必要な存在であれるのか、試行錯誤した経験は今の足腰につながっています。何より、地方の起業家や支援機関の方々と関わる機会に恵まれたことが自分のキャリアの財産となりました。東京で活躍する将来を思い描いていたのに反して、地域の起業家やそのコミュニティの可能性に気づくことができ、またそこに当事者として自分の人生をオールインすることになるとは思いもしませんでしたが、今では自分こそが適任であるという気概で取り組んでいます。
40歳を前にして、地元北陸地域の課題に取り組むことが自分の使命だと感じた
金沢で独立に至った背景を教えてもらえますか。
これまで述べてきた通り、私のキャリアは地方とベンチャーキャピタル投資に深く関わっていますが、40歳を前にして今後の方向性を考えていました。客観的に見れば、この2つの経験が重なる地域特化のベンチャーキャピタルファンド運営がキャリアとしてレバレッジが効きます。でも、そういった合理性以上に、地元である北陸地域に対する想いが強くありました。全国各地のスタートアップエコシステムが立ち上がる変遷を見てきた身として、この経験を故郷に生かすことが自分の使命なのではないかと考えるようになりました。
また、独立の背中を押されたのは、石川県の起業家からの影響が大きいです。2016年より石川県や公益財団法人石川県産業創出支援機構から県内スタートアップ支援に関する事業に関わってきましたが、特に、企画から運営まで担った「いしかわアクセラレータープログラム」において、自分なりの地域課題とその解決アイデア仮説が実証できたこと。そして、プログラムの成果が出たことよりも、参加してくれた起業家の皆さんが成果を出し事業が継続されていくことに対して向き合ってくれたことで、同志のような絆=コミュニティ形成の兆しを強く感じられたのが何より大きかったですね。
小さい子どもが2人いる、十分な蓄えもない、ファンドのLPの確約がある訳でもない。それでも独立を決断できたのは、故郷の起業家の皆さんと信頼関係を築けていると思えたから。それさえあればやれるだろうと。彼らの覚悟に、私自身は投資家として独立し地域の当事者となる覚悟を持たなければと考えました。
石川県・北陸地域のスタートアップで働く魅力とは
石川県・北陸スタートアップの課題や魅力、やりたいことなどについて教えて下さい。
スピーダの発行する「Japan Startup Finance」によれば、2023年における国内スタートアップの資金調達額と社数は、国内全体で8039億円・3,551社に対し、北陸3県で26億円(全体の0.32%)・18社(0.51%)という水準です。「1%経済」と呼ばれる富山県・石川県・福井県それぞれの経済規模から見れば現時点でかなり乖離がありますが、これを成長余地と考えたいです。
また、北陸地域は、県単位でのスタートアップ支援が中心となっていますが、これを横串するようなコミュニティ形成が今後の課題です。北陸3県が連携することで、起業家の層もそのナレッジも厚みが増し、また対外的な発信力も強まります。県をまたいだ連携は、どの地域でも苦戦していますが、北陸新幹線の延線など、外的なきっかけはいくつも見つけられます。これが実現できれば、1%+1%+1%=3%に+αの相乗効果が見込めます。
石川県に限らず、地域には地域特有の課題があるものだと思いますが、私は、スタートアップがその地域の課題ありきで生まれるものではないと考えています。むしろ、能動的に「この街から新たな産業を作り上げていきたい」という意志を持った人々が、その地域に新しい特色を作り上げていくものだと思っています。いま立ち上がっているスタートアップは数こそ多くありませんが、各社そのような強い意志で事業に取り組んでおり、そこに魅力を感じられる人にとっては良い環境ではないでしょうか。
個人的には、この地域に根付く伝統工芸からくる文化度の高さは、事業づくりにおいて大きな武器になると考えています。プロダクトやサービスの設計において、細部まで目が行き届く美意識の高さは、優れたユーザー体験につながります。これは表層的な意匠に限らず、です。実際に、東京進出し市場獲得できている石川のスタートアップは「他社は考え込まれていない」と感じるようで、ここにスピード感のある人材が加わってくれば、一つのモデルとして確立することもできるのではないかと思います。
他の地域でも同様の事が言えるかもしれませんが、スタートアップの数が少ない分、1社1社にかかる注目や期待は大きなものがあります。それを意気に感じる人、荒野から家を建てまちづくりをすることに喜びを感じられる人にとっては、うってつけの環境でしょう。
起業家や経営人材が北陸の成長を後押しする
北陸地域のスタートアップの特徴について教えて下さい。
現状では、地域の特徴と言えるほど、特定の分野にスタートアップが集中している傾向はありません。今後については、一つ大きな潮流として、大学発スタートアップの台頭が期待されます。今年度より、スタートアップ・エコシステム共創プログラムとして「TeSH(Tech Startup HOKURIKU)」が始動し、北陸3県の12大学・3高専が一体となってスタートアップ創出に取り組むこととなっています。石川県立大学などで先行するスタートアップの活躍もあり、地域全体でこの動きが加速していくのではないでしょうか。
アカデミア以外では、30代後半から40代前半の起業家に勢いがあります。東京で経験を積み地元でスタートアップを興した起業家、地元でしっかり事業基盤をつくり上場に向けて飛躍しようとしている起業家、所属する企業では成し遂げたい事業ができずスタートアップに挑戦する起業家、代々続く事業をモダナイズして新たな展開を志向する起業家など。まだまだスタートアップや起業が身近な選択肢ではない地域ではありますが、彼ら彼女らが成功することで機運が醸成され、「北陸を代表するスタートアップといえば◯◯」と言える日が近く訪れると確信しています。
地域との関係を活かしつつ、外部市場にも目を向けることが発展に繋がる
北陸地域におけるスタートアップの働き方や特徴について教えて下さい。
地域内での結び付きは他より強いように感じます。出身学校が同じ、生活するエリアが近い等といったことを大切にし、取引が始まることも少なくありません。実績に欠けるスタートアップにとっては、こういった関係性の中から初期顧客を獲得したり、実証実験をしたりするなどは、比較的やりやすい地域ではないでしょうか。したがって、こういったインナーサークルに入っていく働き方は必要になるかと思います。しかし、行き過ぎると、地域内で商売が完結してしまうことも多く、成長機会を逸しているようにも思えます。地域コミュニティというある意味でのコンフォートゾーンから抜け出し、外部市場でしっかり稼ぐことができるよう、外からの「目」で自社を客観的に評価し、地域で培った強みを活かして市場開拓できるような人材が求められています。
北陸地域での起業やスタートアップで働くメリット・デメリットについても教えて下さい。
まず、行政は他の地域と同等以上にスタートアップフレンドリーです。富山県では、2021年富山県成長戦略が策定され、「スタートアップ支援戦略」が重点施策となり、2022年より突き抜けた起業家の発掘と集中的な伴走支援を行う「T-Startup」が始動しています。福井県では、2017年より始まった「福井ベンチャーピッチ」が登竜門となり、年々規模を拡大しています。石川県では、2007年より続く「スタートアップビジネスプランコンテストいしかわ」が核となり、県内外から将来の石川県経済を担うスタートアップが集まっています。それぞれ、日常的な相談から各種支援制度(補助金・助成金含め)の提案まで、親身になって話を聞いてくれます。地域では自治体に対する信頼感が強くあり、そこからの紹介であれば様々な地域企業と会いに行きやすいのもポイントです。
一方で、歴史的背景や伝統を重んじる風土が強く根付いているため、スタートアップのアプローチにおいては、その土地の歴史を理解し、文化的な背景やルーツを尊重することが求められます。この点では、少しスタートアップに不向きな面もあるかもしれませんが、逆に言えば、うまく文脈を作ることが出来れば地域からの支持を得やすくなる可能性もあります。
仕事面だけでなく生活面にも言及するならば、「金沢、40歳から住むには最強説」を推したいですね。教育水準が高く、街からは文化を感じられ、食が良い。東京本店のスタートアップでも、家族の住まいは金沢という起業家を何人も知っています。若い人にとって娯楽の少なさはデメリットかもしれませんが、仕事に没頭できる環境がここにはあります(笑)。
地域コミュニティとの「繋ぎ役」として成長をサポート
金沢でHED社から受けることができる支援内容について教えて下さい。
北陸地域のイノベーションハブとなる、が自分の役割であると考えています。地域内のスタートアップと事業法人・自治体・大学、同じ経営課題を持つ起業家同士、だけでなく、地域外への接続も、属人的ネットワークを駆使して行っています。実際に、前職時代から、石川県/北陸地域への進出を検討するスタートアップ等の相談をよく受けていました。北陸地域にとって有意義な接点をより増やせるような、北陸地域のコミュニティの窓口となれるよう、ファンドとしての情報発信も強化していきます。
投資先においては、そういった営業先や提携先のマッチング支援だけでなく、適切な投資家の紹介等も行っています。資本政策は我々で単独して遂行できるものではないので、物理的に近い距離で活動をする株主として手足を使った支援をさせていただきつつ、より大きな成長を実現できるような投資家を共に考え、具体的につなぐことが、自分の求められる役割であると考えています。
震災を機に新しい視点で未来を見据え、前に進む
北陸のスタートアップで働くこと、あるいは起業を検討している人にアドバイスがあればお願いします。
北陸地域に対し、おそらく多くの人が印象として持つ閉鎖性については、実際にその通りかもしれません。けれども、地域を変えるのは「よそ者」「わか者」「ばか者」であり、未来に向けてこの地域も変わりつつあるとも思います。余談ですが、サッカーの名門である星稜高校(石川県金沢市)も、県外から選手を受け入れたことによって、全国制覇を成し遂げました。
また、今年1月に起きた能登大震災が地域に与えた影響は非常に大きかったです。地域住民のために一日も早い復旧を願いながらも、創造的復興として、能登地域が国内外に貢献できる、新たな意味を考えなくてはならないと思います。地域内外からのボランティアだけでなく、スタートアップによる能登地域の資源を活かした復興や課題解決アイデアも集まっていると聞きます。この地域のコミュニティも、よりオープンで未来志向にシフトし始める契機が、この震災であったのかもしれません。特に、私たちの世代—スタートアップを中心とした若い世代—は、これまでの枠組みにとらわれず、新たな可能性を模索しようという動きが強まっています。この変化は、地域に新しい価値を呼び込み、より多様な人々が参加できるような環境を作るための一歩として、非常に重要です。
スタートアップは変化がある時に事業機会が生まれます。その点では、北陸地域は今まさに大きなうねりが起きようとしているタイミングであり、起業やスタートアップに参画したい人にとっては、絶好のチャンスではないでしょうか。
貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
HED株式会社
https://hed.vc/
≪MISSION≫
北陸の新たな伝統を共に創る
≪事業内容≫
・未上場株式等への投資業務および投資事業組合の運営管理
・スタートアップ支援に関するプログラム及びイベントの企画開発運営