大学ファンドによるベンチャー企業育成戦略〜さらなる発展のために何をすべきか?〜

日本およびアジアでも屈指の実力を持つ大学である東京大学。基礎研究のレベルは高いのだが・・・ (参考:By Daderot from en.wikipedia.org, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1233072)

近年相次いで起きている大学発ベンチャーキャピタル。 産学連携などの影響で投資先も増えたこともありメディアを騒がせることも多くなってきました。しかし、以前の記事(http://ow.ly/YmBHA)でもお伝えした通り大学発ベンチャーの数は減少傾向であり現在の盛り上がりが今後も続くかどうかは未知数です。今の活況をそのまま続け、大学ファンドによるベンチャー企業/スタートアップ育成を図るにはどうすればいいのか。アマテラスなりに視点をお伝えいたします。次々と立ち上がる大学ファンド/ベンチャーキャピタル

電気自動車ベンチャーとしてよく報道されるGLM。大学発ファンドから出資を受ける企業の一つだ。(参考:http://glm.jp/products/)

大学がファンドを設置し、ベンチャー企業/スタートアップ育成に挑もうという動きが活性化した背景としては政府の意向が挙げられます。安倍晋三内閣は2014年6月14日の閣議にて日本再興戦略を決定しましたが、その中には「大学改革」の項目が含まれ、「今後10年間で、20件以上の『大学発新産業創出』を目指す」としました。そしてその達成手段として「国立大学による大学発ベンチャー支援ファンド等への出資を可能にする」という項目が含まれていたため、国公立大学による大学発ベンチャー設置が盛んになりました。

その前段階として政府は2012年度の補正予算で、東北大学に125億円、大阪大学に166億円、京都大学に292億円、東京大学に417億円がそれぞれ出資されました。そして2014年から2015年にかけて、大阪大学傘下の大阪大学ベンチャーキャピタル、京都大学傘下の京都大学イノベーションキャピタル、東北大学傘下の東北大学ベンチャーパートナーズ(THVP)の3社が設立されました。東京大学でも、近々別ファンドである「東京大学協創プラットフォーム開発」を設置する見通しをつけています。

また民間のベンチャーキャピタルが大学と連携して大学発ベンチャーを支援する動きもあります。東京大学が承認する「技術移転関連事業者」として同大学の研究成果を活かしたベンチャー企業を中心に出資する東京大学エッジキャピタル(UTEC)、その京都大学版とも言えるみやこキャピタルが挙げられます。特にUTECは時価総額1000億円を超える特殊ペプチド創出技術を応用した創薬開発のペプチドリーム、「がん免疫療法」開発のテラなどのIPO実績、グーグルによって買収されたフィジオスなどのバイアウト実績がある大学発ベンチャーキャピタルの先駆けとも言える存在となっています。私立大学では、東京理科大学が40億円規模、慶應義塾大学が野村ホールディングスと組んだ最大30億円の投資を行えるファンド設立を決めています。

これらのベンチャーキャピタルの特徴としてファンドの規模が数十億~百億円以上に昇る大規模なものであることが挙げられます。例として、THVPは約100億の出資約束金額を確保し7年間にわたって東北大学の研究成果を事業化するベンチャー企業投資・育成を行うことを目指す方針を定めています。大学ファンド、特に国公立大学が設立するファンドの金額は、日本のVCの中でも最大規模となるものでありメディアで大いに騒がれるものとなっています。

政府の支援および巨額の運用資金に恵まれた大学発のベンチャーキャピタルは、これまで低迷気味であった大学発ベンチャーを育成する手段として注目されています。特に極めて高度な技術を持つものの研究開発費が嵩むロボットやバイオ医薬品などの分野は、従来のVCでは調達金額が大きいためにリスクが高く資金調達が厳しいと言われていただけに相当な期待を集めています。

大学発ファンド/ベンチャーキャピタルには資金の他経営面の役割もある

日本およびアジアでも屈指の実力を持つ大学である東京大学。基礎研究のレベルは高いのだが・・・
(参考:By Daderot from en.wikipedia.org, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1233072)

しかし大学発ベンチャーキャピタルに求められるのは資金だけとは言えません。投資先の大学発ベンチャーの経営に参画しアドバイスを行うことで、研究結果を収益化させるビジネスモデルとして成立させる作業(「ハンズオン」と呼ばれています)が大いに必要になります。具体的には取引先開拓や幹部人材の募集などその会社の経営基盤を築く役割が求められます。

これまで日本の大学は物理学や数学を始め基礎研究分野では力を出しているものの、ビジネスに直結する部門が弱いとされてきました。その背景として、国立大学はあくまで研究結果を追い求める機関であり、研究により知的財産をとり利益を追求するという姿勢が弱いという考えが根強いということが挙げられます。

 研究のための資金を供給するだけでなく、事業化するための経営基盤を整させる。それが大学発ベンチャーを支援する大学ファンド/ベンチャーキャピタルの役割といえるでしょう。

大学ファンド側もハイクラス人材を求めている。

CYBERDYNEのHAL。同社のような大学発ベンチャーの上場を行う場合には、技術のわかる人材と経営のプロ人材がファンドにいる必要がある。 (参考:http://www.cyberdyne.jp/products/LowerLimb_medical.html)

ただ、大学発ベンチャーの支援ともなると求められる水準は極めて高いものがあります。アマテラスでも大学発ファンド/ベンチャーキャピタルの人材支援を行っていますが、その水準は数多くの募集の中でも特にハードルの高いものとなっています。なにしろ支援相手は同世代で最も勉学に励み、高学歴かつ学会などで確かな研究成果を上げてきた研究者です。並大抵の支援策では通りません。

では友好的な支援策を作るために大学発ファンド/ベンチャーキャピタルはどのような体制を整えるべきなのでしょうか。それには以下の2種類の人材が求められると考えられます。

  1. 研究者の発明した技術のわかる技術系の幹部
  2. 研究成果をビジネスモデルに落とし込む経営企画系の幹部

 いずれも大学発である・ないに限らず日本のベンチャーキャピタルの中で最も不足している部分です。

 特に1.研究者の発明した技術のわかる技術系の幹部については、日本の大学ファンドないしVCに不足している部分です。具体的に述べると、理系の学位を持った人物が不足しており、それが故に技術に対して的確なアドバイスができないという問題が生じています。実際Beyond Next Venturesの代表である伊藤毅氏は2003年に前職JAFCOへ入社した時点では、当時の新卒入社11人中理系は自分1人だったとTechcrunchのインタビュー(http://ow.ly/YDh3Q)にて答えています。今でこそ理系新卒は増えているものの、30代以上の経験豊富なキャピタリストに未だに少ないのが現状です。

 これに対し欧米のVCでは、CTOを始めとする技術系の幹部にPhD(博士号)取得者を置いている場合が多く技術を正しく理解した上でアドバイスを行うことを徹底させています。常日頃から大学の研究者と話すことが多い日本の大学発ベンチャーキャピタル/ファンドでも、研究の苦労のわかる大学院経験者(少なくとも修士・できれば博士号取得者)が求められると思います。

Beyond Next Venturesの伊藤毅氏。ベンチャーキャピタル界では珍しい理系のバックグラウンドを持つ人物の一人だ。
(参考:http://jp.techcrunch.com/2016/02/08/beyond-next-ventures/)

日本ではまだ一部ではありますが最先端技術を理解し技術評価ができるVCは存在します。実際のそのようなベンチャーキャピタリストは大きな成果を残しています。その代表例といえるのが、先ほどご紹介した伊藤毅氏です。同氏はJAFCO時代にロボットスーツで知られるCYBERDYNEの上場を始め、クモ糸開発のSpiber、次世代DNAシーケンサー開発に関わるクオンタムバイオシステムズ、バイオ3Dプリンターを活かした再生医療に取り組むサイフューズ、マイクロ波を使った化学品製造販売のマイクロ波化学株式会社への出資、空気圧駆動アームによる術者へのフィードバック付き次世代手術支援ロボット・リバーフィールドの創業といった実績を持ちます。技術を活かした起業〜事業化から上場などの投資活動に至るまで、大学発ベンチャー企業の経営に関する幅広いアドバイスができる数少ない人物として業界内では非常に有名な人物です。

そして伊藤毅氏はその経験をもとにして、シード段階(創業期)の大学発ベンチャー企業への出資を専門的に行うベンチャーキャピタルである「Beyond Next Ventures」を2014年に設立しました。中小企業基盤整備機構や第一生命保険、三菱東京UFJ銀行、ガンホー・オンライン・エンターテイメント社長孫泰蔵氏を始めとするエンジェル投資家などが出資した1号ファンドは総額50億円と、独立系VCの中でも極めて異例となる金額となっており期待の大きさが伺えます。

アクセルスペースのパネルディスカッションの参加者。左から二番目が投資を行う青木英剛氏。日本唯一の宇宙開発をバックグラウンドに持つベンチャーキャピタリストだ。(参考:http://japan.cnet.com/news/service/35074785/2/)

また、グローバルブレインの青木英剛氏も理系学位を持つVC関連の人物としてよく知られています。同氏は三菱電機にて宇宙開発部門のエンジニアとして活躍したのち慶應ビジネススクールにてMBAを取得した経歴を持っており、その後ドリームインキュベータを経てグローバルブレインに参画しています。青木氏は技術的知識と事業経験を持つ数少ないベンチャーキャピタリストとして、多くの大学発ベンチャー企業を始めとする先端技術をウリにしたベンチャー企業/スタートアップから支持されています。青木氏が出資に関わっている企業としては、超小型人工衛星を手掛けるアクセルスペースや人と協働するコ・ロボットを開発するライフロボティクス、3Dプリントなどのデジタル製造技術のプラットフォームを提供するカブクなどが挙げられます。いずれも他のベンチャーキャピタリストには見られないユニークなポートフォリオとなっており、メディアなどの話題になることも多い企業となっています。

宇宙開発ベンチャー・アクセルスペースが開発した人工衛星で撮影した写真。大学ファンドが関わるのは宇宙開発を始め、初期開発費用が嵩み大半のVCには難しい分野である場合が多い。そのような企業を支えるという覚悟が必要だ。
(参考:http://japan.cnet.com/news/service/35074785/2/)

日本のベンチャーキャピタリストというとどうしてもIT・Web業界を中心に投資しているイメージが定着していますが、それだけがベンチャー/スタートアップの担う領域ではありません。バイオや医療、ロボティクスなど様々な技術領域の企業に投資できるようになるためにも、専門技術のわかる理系人材が不可欠になると思います。

 また博士号取得者の就職難が問題となっている日本においては、大学ファンド/ベンチャーキャピタルは新たな受け皿としても注目される可能性を秘めています。近年大学院の拡大により最先端技術のわかる博士号取得者は増加傾向にありますが、それに見合う常勤職が殆ど増えていないために多くの人が雇用不安定な非常勤職しか得られていない「ポスドク」問題が社会問題となっています。この問題は少子高齢化による大学の経営規模縮小によりさらに深刻化すると言われており、博士号取得者の就職支援が盛んに言われています。そんな中専門性が課題となっている大学ファンド/ベンチャーキャピタルは、彼らの新たな就職先として期待できるものではないかと考えられます。大学院在籍経験のある筆者は、休日も忘れて実験や論文執筆などの研究活動に従事し技術を開発する大学教員の苦労もわかる博士号取得者は、事業化を共に進める強力なパートナーとして十分に考えられるものとなるのでは、と思っています。

 更に、2.研究成果をビジネスモデルに落とし込む経営企画系の幹部についても、以前の記事(http://ow.ly/YmBHA)で述べたように日本の大学発ベンチャーキャピタル・ないし日本のVCの支援の至らない部分になっています。日本の場合ベンチャーキャピタルも新卒一括採用で中途採用枠が少ない場合が多く、支援経験はあっても事業経験のある人材はほとんどいないのが現状です。そのためスタートアップの経営に有効なアドバイスができないというのが現状です。これは支援するのが経営知識に乏しい大学発ベンチャーを支援する大学ファンドでは致命的な問題です。

 そのため、今後は社長として実績を残してきた人物が求められるのが必要ではないかと考えられます。例えばピーター・ティール(PayPalの創業メンバーで、Facebookやテスラ・モーターズなどを支援する米国の著名投資家。著書「Zero to One」が有名)やベン・ホロウィッツ(ソフトウェア開発企業を上場・売却後、米国の著名VCアンドレッセン・ホロウィッツを設立した人物。著書「The Hard Thing About Hard Things: Building a Business When There Are No Easy Answers」が有名。)のような人物が、日本の大学ファンドおよびVCには必要になってくるでしょう。実際アマテラスでも大学発ベンチャーを扱ったことがありますが、その中には社長を始め実質的な経営者を求める案件も存在しています。経験豊富な経営のプロであることも多いため、相当レベルが高い人々です。そのような人たちと対等に話のできる経営のプロが、大学ファンド/ベンチャーキャピタルにも求められています。

 いずれにせよ、大学ファンド/大学発ベンチャーキャピタルにはレベルの高い研究者と共に議論できるハイクラスな人材が必要であることに変わりはありません。如何にして理系の技術がわかる人材・経営のわかる人材を揃えるか。ファンド側の姿勢が問われています。

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アマテラス編集部

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