茨城県にある銀座農園の農場。高糖度トマトを低コストで栽培するための実験が日々実践されている。(参考:http://www.ginzanouen.jp/about/htad/)
Agtech(農業ベンチャー)特集第2弾は、トマトという一つの作物にフォーカスします。トマトという作物に関わる主体を考えると、農家や農協、カゴメやデルモンテなどが存在するため、一見するとベンチャー/スタートアップが踏み込める領域は少ないのでは?と思う方は多いとおもいます。
しかし実は、トマトは数ある野菜の中でも特に農業ベンチャー/スタートアップが踏み込める領域が多い作物です。実際に参入している企業も出ています。その点について少し調べてみました。
- 目次 -
スタートアップ/ベンチャー企業についてのトマトの魅力
トマトという作物の製品特性を見ると、以下の2つの魅力があると考えられます。
- 支出額・購入量の大きさ
- 品種や栽培法の違いによる付加価値創出手段の多さ
これらについて詳しく探ってみます。
1.トマトの消費は非常に堅実。支出額・購入量とも多い。
総務省の「家計調査」を見ると、トマトは生鮮野菜の中でも消費される野菜であることがわかります。下の表は品目別で見た一人当たり年間支出額の上位5つ(独立行政法人農畜産業振興機構野菜情報総合把握システム掲載分)をピックアップしたものですが、トマトは2位の倍以上にあたる金額を記録しており、野菜の中でも特に支出されるものとなっています。また比較的小さな野菜にもかかわらずねぎやキュウリを上回る購入量となっているなど、量的な意味でも消費されているということが言えます。
平成26年度の1人あたり年間野菜品目別支出上位5種(総務省統計局「家計調査年報」、掲載している野菜については独立行政法人農畜産業振興機構野菜情報総合把握システムHP:http://vegetan.alic.go.jp/toukeiyouran.htmlに掲載しているものを参照)
また歴史的な推移を見ると、トマトの消費量についてはあまり変わってはいないものの、支出額については高度成長期以降急激に増えています。これは全体的に消費が減少気味の野菜類においてあまり見られない傾向であり、食料・農業関係者には注目されています。
2.品種や栽培法の違いによる付加価値創出手段が多い。
トマトは消費が堅実であることと同時に、差別化要因が多いということも魅力の一つです。トマトというと、甘い大玉の桃太郎トマトと赤いミニトマトの2種類を思い浮かべる方は多いかと思いますが、実はトマトの種類はそれだけではありません。例えばミニトマトの色をとっても黒、緑、白、オレンジ、黄色など様々なバリエーションが存在しますし、形も丸いものだけではなくシシリアンルージュやサンマルツァーノのような長細いものも存在します。
これらの差別化要因を合わせると種類は膨大なものとなり、品種数は世界で約8000種にのぼると言われています。また日本においても、2013年4月時点で農林水産省に品種登録しているトマトは221種類にのぼります。
またトマトは栽培法によって味を大きく変えることができるというのも特徴です。例えば、塩分の多い土壌で育て水分をとらせ難くすることで甘みを出すやり方や夏になった実にビニールを被せて秋まで収穫を待つことによりメロン並みの糖度を持つトマトを育てるやり方など様々な栽培法が考案されています。その中には高知県の一谷トマトや熊本県の塩トマトのような著名ブランドも生まれています。
このようにトマトは品種や栽培法により多様な付加価値、少量多品種生産によって消費者の様々なニーズに応えやすい作物となっています。
トマトに参入したAgtech(農業ベンチャー)のケース:銀座農園
堅調な消費があり、差別化要因も豊富なトマトは農業ベンチャー/スタートアップにとっても手の届きやすいものとなっています。その代表例が、高糖度トマトを低コストで生産できるプラント事業に力を入れる銀座農園です。
従来施設園芸というと大規模なハウスを作る必要があり3~5億円規模の初期投資が必要とされていました。そこで銀座農園では一級建築士資格を持つ飯村社長のノウハウを活かし、わずか5000万円以下の初期投資で2000㎡規模のハウスを6ヶ月という短い期間で設置することき、かつ市場可能性が大きく高く売れる高糖度トマトを栽培できるハウス栽培システムを提供することで、補助金に頼らなくても農業に参入できる仕組みを整えました。ハウスは鉄骨部材の無駄を省くことで、設計の標準化・構造の単純化がなされ、通常10年以上かかる投資回収を5~7年程度にしたという点でも注目されています。
この仕組みは遊休資産の活用法として農業に参入したいと考える鉄道会社や鉄鋼会社、安定的に食材を手に入れたいと考えている外食チェーンから注目を集めることになりました。例として2016年2月に農業参入を発表した小田急電鉄は、栽培・収穫などを銀座農園に委託しています。
また企業の農業参入は作った農産物の販路確保が課題となることが多いですが、銀座農園は交通会館などでマルシェを開催し流通のノウハウも知っていることもあり十分なアドバイスができるのも強みとなっています。特に多品種を提供し少量でも高く売れる販路を確保することが極めて重要となるトマトにおいては大きく活かされているといいます。
更に、高糖度トマトを低コストで生産できるノウハウは海外からも注目を集めています。銀座農園はシンガポールにて高糖度トマトのハウス栽培を始め、現地市場向けに生産を行っています。東南アジアは経済成長による所得増加が著しくトマトの需要は増大しているものの、年中高温多湿な気候が原産地のアンデス山脈の気候と全く正反対であることもあり高品質なトマトを作りにくい状況でした。ハウス栽培によってこの問題を改善した銀座農園の高糖度トマトは日本同様の品質の高さから「シンガポールで一番のトマト」として知られるようになり、シンガポールだけでなくタイやマレーシア、インドネシアといった他の東南アジア諸国からも注目を集める取り組みとなっています。特にタイについては、タイ国立科学技術開発庁と共同で高付加価値農業を実現するための取り組みがスタートするなど国家も動かすほどのプロジェクトとなっています。
Agtech(農業ベンチャー/スタートアップ)には販路開拓とスピード経営が必要になる
製品特性・市場規模から魅力もあり銀座農園という著名事例が出ているトマトは、今後日本農業復活の一躍を担える作物になりうる可能性を秘めています。
しかし先ほども申したようにトマトは少量多品種生産となりやすい作物です。日本の農業で主流となっていた農協・卸売市場経由の系統出荷は、一品種を大量に東京などの消費地に出荷することには優れているものの、多品種のものを少量出荷することには選別の手間や運送コストなどの問題もあり必ずしも向くとは言えません。そのため消費地のレストランやスーパーなどに直接出荷するなど、これまでの流通経路とは異なる販路を築き上げることが重要な戦略となっています。そのためこれから参入しようとする農業ベンチャー/スタートアップは、銀座農園同様販売に対するノウハウを持つことが重要になってくるでしょう。それには百貨店のバイヤーや食品専門の商社マンなど、生産者と消費者両方の立場を知り高品質な食品を見つける能力を持っていた人材が必要になると考えられます。
またトマトはJAの他、カゴメ、デルモンテ、ハインツなど巨大企業も多く並大抵の差別化では厳しいでしょう。そのため、トマト栽培に参入しようとするAgtech(農業ベンチャー/スタートアップ)は大組織が構造問題上取り組められない部分で参入する必要があります。例えばICTやロボティクスなど大組織では導入に時間のかかる最先端技術を使う必要が出てくるでしょう。これを実現するには、大企業に追いつかれないタイミングで参入し最新技術導入を躊躇わない決断力の早い起業家や導入した分野で高い能力を示す技術者が必要になると考えられます。
参考文献
- サカイ優佳子(2009)「トマトの品種は8000種! 多種多様な野菜の豊かさを、家族みんなで味わわないなんて「もったいない」かも」SAFETY JAPAN 2009年8月3日 http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20090803/171983/?ST=safety&rt=nocnt
- 白田 茜(2013)「高級ブランド「トマト」が続々と登場する理由
“赤い輝き”は商機の光」JB Press 2013年5月2日
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37695 - 月間事業構想2015年6月号「銀座から「農と食」を世界へ」
http://www.projectdesign.jp/201506/newidea-for-change-agriculture/002148.php - 日本経済新聞 2016年2月23日 「小田急電鉄、農業に参入 ベンチャーとまずミニトマト生産」
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO97559820S6A220C1L82000/