レガシー産業から先端スタートアップCXOへの道を切り拓く「染み出し」キャリアアップモデル〔前編〕

スタートアップにコアメンバーとして参画するための転職・副業サイトを運営している当社には、日々様々なキャリアに関する相談が寄せられます。特にコロナ禍以降、次のような相談が増えました。

「新卒入社したレガシー産業に10年ほど勤めています。これから100年時代を生き抜いていけるか不安なので、自分の市場価値を上げ、将来的に先端スタートアップCXOとして活躍していければと考えています。しかし、そういったキャリアパスは本当に可能なのでしょうか?具体的にどうすれば実現できるのでしょうか?」(30代前半、大手メーカー、営業)

今回は、こういったご相談にお答えするかたちで、最先端スタートアップCXOへのキャリアパスを切り拓くために必要な「染み出し」という発想についてお話したいと思います。

前編では、「染み出し」キャリアアップモデルの概念をまずはお話しします。

レガシー産業とは何か?人生100年時代のキャリアを考える

レガシー産業とは、

  • すでに市場が巨大に成長、あるいは成熟しており、今後の伸びが期待できない業界
  • 業界全体が衰退傾向にあり、革新的な変化を起こしづらい業界

のことを指します。本コラムでは、メーカー・インフラ・商社・金融業界の大手企業など、終身雇用や年功序列といったメンバーシップ型人事システムをベースに日本の経済成長を支えてきた産業のことだとお考え下さい。

レガシー企業は、非常に安定感のある組織として長年、高く評価されてきました。しかし、人生100年時代といわれる中で、レガシー企業に就職しても将来安泰とはいえなくなっています。

その象徴的なキーワードの一つが、「45歳定年」です。この言葉は、2021年9月9日の経済同友会のセミナーにおいて、サントリーホールディングス株式会社の新浪剛志代表取締役社長が発した以下の発言に由来します。

「定年を45歳にすれば、20代や30代の人達が自分の人生を考えて勉強するようになる」

ここでいう「定年」は、法律上の定年制度ではなく「キャリアの転換点」という意味を指しています。ある意味、会社に依存せず、自らキャリアを構築していく力が求められるようになったのです。

これらの状況をふまえると、今後の市場の伸びが期待できないレガシー産業で働いている20代・30代の方が今後の不安を抱くのはごく自然なことでしょう。

レガシー産業から先端スタートアップのCXOを目指せるか?

さて、冒頭のご相談に戻りますが、結論を先に言うと、レガシー産業から先端スタートアップのCXOへのキャリアチェンジは十分可能です。

実際にアマテラスを活用された方々を見ても、レガシー産業から今をときめく先端スタートアップのCXOになったケースは多々あります。

ただし、レガシー企業から即スタートアップのCXOに就任するケースは非常に少なく、多くの場合は次のような「染み出し」のステップを経ています。

図1:レガシー産業から先端スタートアップCXOへ

プロサッカー選手に見る「染み出し」方式のステップアップ

この「染み出し」というキャリアチェンジの考え方は、おそらくほとんどの方にとってなじみがないものでしょう。

サッカーに詳しい方であれば、Jリーガーが欧州の強豪リーグへとステップアップしていく流れをイメージしてもらうと伝わりやすいのではないかと思います。

私はサッカーが大好きなのですが、以前に本田圭祐選手や長友佑都選手がこのような発言をされていたのをよく覚えています。

「欧州のトップレベルで活躍したいなら、マイナーリーグや2部リーグでもよいから早く欧州に行って結果を出してステップアップしろ」

この考え方は、今回のテーマである「先端スタートアップのCXOへのキャリアアップ」にもそのまま通じるものがあります。

Jリーガーが欧州競合リーグのビッグクラブへとステップアップする過程を図で示すと以下の通りです。

図2 Jリーガーのステップアップ

欧州で戦うためには、欧州のモノサシで評価される必要があります。アジアと欧州ではそもそもモノサシが異なるため、Jリーグでいくら活躍しても欧州では評価を得られません。

そこで重要なのが、自分の売り時にとにかく欧州のプロリーグに場を移し、欧州のマーケットで自らの市場価値をいち早く示すことです。

Jリーガーにとってのベストな売り時は、個人として最高のパフォーマンスを出せた時でしょう。そのタイミングを逃さずに、欧州の舞台で試合に出れるチームへと移籍すれば、欧州のマーケットでもベストに近い状態で自らのパフォーマンスを示すことができます。

そこから「染み出す」ように、強豪リーグ、強豪チームへと移籍していくというのが、サッカーにおけるステップアップの定石です。

その定石がもたらすインパクトを、Jリーガーからインテルミラノへとステップアップを果たした長友選手の事例を見てみましょう。

長友選手が最初に移籍したのは、イタリアセリエAの下位チームでした。そこでレギュラーとして定着するだけの結果を出し、左サイドバックとして活躍したことで、名門インテルの目に留まり、「染み出す」ようにインテルへとステップアップしたのです。

名門クラブでさらに成果を出したことで、長友選手の市場価格は一気に18.5億まで高騰しました。彼がJリーグに入った当初の市場価格は2000万。そこから「染み出し」を最大活用したことで、わずか6年で自らの市場価格を92倍に押し上げたのです。

グラフ1 長友選手の市場価格推移 ※transfermarket.comを基にAmaterasが作成。

スタートアップCXOへのキャリアパスを切り拓く「染み出し」

プロサッカー選手のステップアップの定石をスタートアップCXOへの道筋に置き換えると、キャリアアップの方法も具体的に見えてきます。

別記事にて詳しく説明しますが、ポイントになるのは、以下の3つの視点です。

①保有しているスキル

②これまでに経験してきた業種

③先端スタートアップが求めるビジネスモデルツールの経験値

これらの視点をもとに、自分の現状を分析した後、まずは早期に成果が出せそうな成長産業のスタートアップへと転職します。ようは、スタートアップのモノサシで評価される「スタートアップ村」に活躍の場を移すのです。

このフェーズのポイントは、著名なスタートアップをいきなり目指すのではなく、無名でもいいから「早期に成果が出せそう」な会社を選ぶことです。その転職先で着実な成果が出せれば、スタートアップのマーケットから市場評価を得ることができます。

成長産業で新たなテーマに挑戦していけば、おのずと経験値が増えていきます。「○○分野なら○○さん」と個人名で名指しされるようなレア人材を目指しましょう。

そうして実績を次々に出していけば、それこそ昇りエスカレーターを二段飛びで駆け上がるように、自分の市場価値も高まっていきます。

ここまでくれば、ゴールは目前です。他社から直接声がかかる機会が増え、上位のポジションと報酬を提示されるようになっていくでしょう。この段階までくれば、先端スタートアップのCXOとしてオファーがかかるチャンスも巡ってきます。

図3 大企業からベンチャー・スタートアップへの転職

キャリアアップの「染み出し」モデルを定義する

ここで、キャリアアップの「染み出し」モデルについてアマテラス流に定義しておきましょう。

「染み出し」モデルとは、特定職種のノウハウや業界知識など転職先で成果を出せる条件を満たした転職希望者が、そのスキルやノウハウなどを軸に、上位職種あるいは他業種に”徐々に”シフトしていくキャリアアップ手法です。

この手法を活用することで、戦略的・計画的に守備範囲が広がっていき、最終的に先端スタートアップのCXOへのステップアップも可能になります。

このキャリアアップ手法を「染み出し」と表現している理由は、次の図を見て頂くと分かりやすいかと思います。

図4 「染み出し」キャリアアップモデルのイメージ図 

図4にある通り、まるで製氷トレイに水を注いでいくイメージでキャリアアップを果たしていくことから、このモデルを私たちは「染み出し」と呼んでいます。

製氷トレイに注がれた水は、1つのマスをいっぱいにして、はじめて次のマスに進めます。キャリアアップも同様で、今いる場所でスキルや経験値を一人前に成長させた人だけが、次のスキルや上位業種へと染み出していくことができるのです。

いっぱいになったマスがどんどん増えていくと、他のマスへの移動ができるほか、キャリアの掛け算も可能になります。

例えば、IT業界のマーケティングで成果を出した人が、もしそのスキルを活かして不動産業界に進出したなら、不動産の経験値も磨くことができるでしょう。結果として

ITのマーケティングスキル×不動産の知識・ノウハウ=不動産テックのCMO

というように、自らの市場価値を一気に高められるのです。

キャリアの「染み出し」を実現する前提は「成果を出す」こと

ただし、ここで注意したいのが、計画的・戦略的にマスを満たしていかないと、掛け算どころか、キャリアアップの効果がなくなってしまうという点です。前提として、そのスキルやノウハウによって「成果が出せる」ことは最低条件といえます。

なぜなら、成果につながらないスキルしかないと、プロ集団のリーダーであるCXOになるどころか、部下の気持ちに寄り添うマネージャークラスの仕事も難しいからです。

たとえば、もし大手金融機関の法人営業で成果を出せなかった人がフィンテックのスタートアップを目指すとしても、そのままだと営業として成果を出せなそうと判断されます。成果が出せないうちは、営業マネジャーになることも考えられません。

つまり、営業のスキルを活かしてキャリアアップを目指すのであれば、目の前にある営業の仕事で成果を出す必要があるわけです。

営業に限らず、1.0に満たないスキルに何かをかけ合わせても、価値が目減りしていくだけです。

先端スタートアップのCXOを目指すのであれば、まずは1つのマスをきちんと満たし、目に見える成果を出すことが最優先事項といえます。

実際、2011年から2019年までの期間、アマテラスのサイトを利用して大企業から先端スタートアップのCXOや経営幹部へとキャリアアップした方191名のデータを調べてみると、一部の例外を除いて、ほぼ全員が「成果が出せるスキル」を評価された上で転職を果たしていることが明らかになりました。

スタートアップの視点で考えれば、中途採用=即戦力人材なわけですから、スキルがある人を採用するのは当然でしょう。

CXOや経営幹部を採用する場合は、スキル以外にもリーダーシップやマネジメント経験も重視されます。とはいえ、人材リソースが少ないスタートアップの場合、マネジャーとしてだけではなく、プレイヤーとしても一流の人を求める傾向があります。

つまり、「染み出し」モデルでCXOなどのリーダーポジションを目指す場合、個として成果を出せるスキルを有していることが前提になるのです。

とはいえ、「成果を出せるスキル」とはそもそも何なのか、具体的にイメージしづらいという方もいるでしょう。次回は、先端スタートアップのCXOを目指す方に必須のスキルや経験値について、さらに解像度を上げて解説していきたいと思います。

スキルアップやキャリアアップを果たしながら、一生涯成長し続けたいと願う方に、このコラムが届けばうれしいです。後編はこちらから↓

この記事を書いた人

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藤岡 清高

株式会社アマテラス代表取締役社長。iU 情報経営イノベーション大学客員教授。 東京都立大学経済学部卒業後、新卒で住友銀行(現三井住友銀行)に入行。法人営業などに従事した後に退職し、慶應義塾大学大学院経営管理研究科を修了、MBAを取得。 2004年、株式会社ドリームインキュベータに参画し、スタートアップへの投資(ベンチャーキャピタル)、戦略構築、事業立ち上げ、実行支援、経営管理などに携わる。2011年に株式会社アマテラスを創業。 著書:『「一度きりの人生、今の会社で一生働いて終わるのかな?」と迷う人のスタートアップ「転職×副業」術』