スタートアップを取り巻く環境を見ると、2023年上半期には資金調達に成功した会社が1242社と2022年上半期の1058社から17%増加し、資金面でのハードルは確実に下がってきています(参考:INITIAL「2023年上半期スタートアップ調達トレンド」)。加えて、起業家の母数も増えてきているため、スタートアップ企業の人材採用ニーズはますます高まっているといえるでしょう。
そんな中、人材不足が目立つ分野として、スタートアップ経営者からよくご相談を頂くのがCFOをはじめとする会計人材です。スタートアップ経営者からすると会計分野は未知の領域であることが多いため、会計人材へのアプローチ方法や判断基準が分からないというお声をよく聞きます。
そこで今回、会計人材のキャリアパスとスタートアップ転職について深掘りするべく、CPAキャリアサポート株式会社代表取締役、中園隼人氏と弊社代表取締役CEO、藤岡の対談企画を設けました。会計人材の採用をお考えのスタートアップ経営者の参考になれば幸いです。
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CPAキャリアサポート株式会社 代表取締役 中園隼人
大学、大学院と臨床心理学を専攻する中で、産業カウンセリングの分野に関心を抱き、仕事が原因の鬱を予防できるビジネスとして人材紹介業に着目。ファーストキャリアとして、日本MSセンター(現:MS-Japan)に入社し、公認会計士や税理士の転職サポートに携わる。同社取締役までキャリアアップを果たす中で、会社の成長期から上場までを経験し、採用や組織づくりの重要性を体感する。一人ひとりのキャリアと向き合った人材紹介を追求すべく、2020年に同社を退職。1年のフリーランス期間を経て、CPAキャリアサポート株式会社代表取締役に就任した。2023年5月に著書「会計人材のキャリア名鑑 」(中央経済社)を出版。
株式会社アマテラス 代表取締役CEO 藤岡清高
社会を変えていくスタートアップ経営者を支援したいという思いから、住友銀行(現:三井住友銀行)を経て、ドリームインキュベータに転職。1200社以上のスタートアップ経営者に提言をする中で、起業家のほぼ全員が資金調達後に「人材採用」という課題に直面し苦労していることを知る。スタートアップの採用課題を解決すべく、2011年にアマテラスを創業。スタートアップ専門の採用スカウト媒体を運営し、志ある起業家とスタートアップ参画希望者との出会いを創出している。2023年4月に著書「『一度きりの人生、今の会社で一生働いて終わるのかな?』と迷う人のスタートアップ『転職×副業』術」(東洋経済新報社)(以下、「スタートアップ『転職✕副業』術」と表記)を出版。
「会計人材のキャリア名鑑」と「スタートアップ『転職✕副業』術」の書籍に込めた想い
―今回の対談のきっかけはお二方の著書だと伺っています。まずは、双方の著作についてご意見やご感想などを教えて頂ければと思います。ご自分の著書に対する思いや双方の本を読んでみてのご感想などを教えていただければ幸いです。
中園:
私が「会計人材のキャリア名鑑」を書いた理由として、会計人材に対する社会的な認知をもっと上げていきたいという想いがありました。たとえば、「三大国家資格とは?」と質問すると、多くの方はまず医師と弁護士を思い浮かべます。しかし、公認会計士はパッと出てこない人が多いのではないでしょうか。
公認会計士に限らず、会計人材は全般的にまだまだマイナーです。会計人材と一言で言っても、そのキャリアの幅は非常に広く、奥深いものです。たとえば事業会社の経理であっても、その企業が上場しているのか、スタートアップなのか、はたまた外資系なのかによっても業務内容は大きく異なります。でもそういった会計人材の詳細まで解説している本は、私の知る限り、今までなかったのです。
キャリアを構築する上で大切なのは、まず現在地とゴールを適切に把握することです。その2つが分からなければ、ガイドしようがありません。人材紹介業界では、人材エージェントが各々のノウハウのもと、マッチングを行っているわけですが、そういった個々の知見は一般的に他者には共有されず、ブラックボックス化してしまっています。
今回の著書の狙いの一つは、そういった人材エージェントの知見やノウハウをオープンソース化することでした。そうすることで、会計系職種の採用を検討している企業は、どんな人材にアプローチすべきかがわかりますし、会計系職種の方、あるいはこれから目指す方からすると、スキルアップやキャリアアップの可能性を実感しやすくなると考えています。
弊社では関連会社のCPA会計学院の事業を通じて、公認会計士の試験に受からなかった方のキャリア支援も行っているのですが、会計人材のキャリアには本当に様々な可能性があると改めて感じています。
公認会計士試験に向けて学んだ知識は、上場企業やスタートアップの経理としても役立ちますし、実際に採用ニーズも非常に大きいと言えます。また税理士試験へと方向転換すれば、税理士事務所からも引き合いがありますし、コンサル会社への転職も見込めます。
こういった様々なキャリアパスの中で、残念ながらスタートアップという選択肢は、上場企業の経理職や税理士ほど人気がありません。しかしながら、CFOやIPOコンサルなど、スタートアップ関連で会計人材が活躍できる領域は多々ありますし、キャリアの選択肢として非常にポテンシャルの高い魅力的な市場だと思います。
公認会計士がスタートアップに行く流れは、コロナ禍を経て、減速してきています。しかし、スタートアップからの会計人材ニーズは非常に高く、当社にも採用のご相談をよくいただきます。
岸田政権が打ち出した「スタートアップ育成5か年計画」をはじめ、スタートアップを取り巻く環境は数年前と比べると大きく好転してきています。資金調達のハードルが下がり、起業家もどんどん増えていく反面、スタートアップ志向の会計人材は不足し続けています。
そんな状況を変えていきたいと模索していたタイミングで、藤岡さんが出版された「スタートアップ『転職×副業』術」を拝読しました。スタートアップ転職が成功するケースや失敗するケースについて、各論で分かりやすく、しかも具体的に落とし込まれていて、これは素晴らしい本だと思いました。
私達が感じていた課題感とタイミング的にもぴったりで、いつか一緒に何かできたらと思っていたので、今回の対談企画が実現してとてもうれしく思います。
藤岡:
私も中園さんが出された「会計人材のキャリア名鑑 」を拝読しました。会計人材のキャリアが今までにないほど丁寧に言語化されていて、特に会計系の資格をどう活かせばいいのかが分からないという方にはぜひ手にとって頂きたい本だと思いました。
私が「スタートアップ『転職✕副業』術」を書いたきっかけは、タイトルにもある通り、「今の会社でいいのかな?」と優秀なのにくすぶっている方があまりにも多いという気付きからでした。そういう方ほど、スタートアップについてほとんど知らないというケースが多いため、まずは知って頂くところから始めようと思ったのです。
スタートアップの世界をまず知って頂き、キャリアの選択肢が広がっていけば、現状から一歩踏み出してみようと考える人もきっと増えていくと思います。スタートアップ転職という選択肢が今よりもっと当たり前になり、結果として人生が好転する人が増えていくきっかけとして、拙著がお役に立てれば何よりです。
スタートアップで求められる人材の変遷と会計人材に対するニーズの高まり
―スタートアップで求められる人材像や公認会計士のニーズについて、お二方の見解を伺えればと思います。昨今の変遷についても教えてください。
藤岡:
スタートアップから求められる人材は、この20年ほどの間に大きく変化してきました。2000年前半はスタートアップ志向を持つ人がそもそも希少だったため、起業家側からすると誰でもいいから来てほしいといった風潮がありました。また、起業家にせよ、求職者にせよ、当時スタートアップやベンチャー企業を選ぶ方の多くは、キャリアの一発逆転を目指す傾向にありました。
しかし、スタートアップやベンチャー企業の認知や存在意義が高まっていくにつれて、起業家の在り方はどんどん変わってきています。ビジネスを通じて社会を変えていきたいといった次元の高い目的意識を持ち、他のキャリアをいくつも選べるにも関わらず、あえて起業を志す人が増えたのです。
起業家の在り方が変われば、自ずと求職者に求めるものも変わってきます。即戦力となるスキルや経験だけではなく、ミッションやビジョンといった起業家の目的意識に共感できる人が求められるようになりました。
そういった起業家の変化を反映するように、求職者側の意識も変わってきています。IPOありきの企業選びではなく、自らの問題意識を軸に、関心のある社会課題の解決に貢献できるビジネスに携わりたいという方が年々増えていると感じます。
中園:
「スタートアップ育成5ヵ年計画」の影響もあり、スタートアップの数もその人材ニーズも確実に増えています。また、コロナ禍を機にキャリアを見直し、スタートアップへの転職を検討する方が増えたのも事実です。
では会計人材はどうなのか?というと、先述した通り、スタートアップという選択肢は他のキャリアよりも人気がなく、転職者も少ないというのが実情です。特に、公認会計士の試験に受かった人であれば、9割以上がそのまま監査法人に就職するため、スタートアップを選ぶ理由付けの部分が弱いのだと思います。
人生におけるミッションやビジョン、バリューを考えている人ほどスタートアップと相性がよいのですが、特に自己分析などをしなくても監査法人に入れてしまう現状、そういった目的意識のある会計人材は少数です。
公認会計士をはじめとする会計人材は皆さん優秀なスキルをお持ちなので、目的意識さえ伴えば、スタートアップで大いに活躍できます。だからこそ公認会計士の自己分析を促しつつ、会計人材のキャリアの可能性をお伝えしていくことで、スタートアップ業界に貢献できればと考えています。
藤岡:
経理会計は、専門職領域でありつつ、あらゆる業種で通用するポータブルスキルでもあるため、非常に特殊な分野だと思います。ミッションやビジョンへの共感がなかったとしても、人材ニーズが高いため、転職するだけなら比較的容易です。
ただ、それだけだとスタートアップでコア人材として活躍するには不十分なことが多いのも事実です。なぜなら、目的意識がないと、難局を乗り越えていけるだけのモチベーションが維持しづらいから。特に変化が激しいスタートアップでは、そういった動機付けがあるかどうかでその人の活躍度合いが大きく変わってきます。
とはいえ、スタートアップ志向の高い求職者全体の傾向を見ていると、目的意識はあれど、即戦力となるスキルが足りないといったケースのほうが多いので、公認会計士の方々はきっかけ一つで大きく開花されるのだろうと感じます。
CFOを目指すなら?経営人材に求められる視点と視座
藤岡:
公認会計士の方々が特にスタートアップでCFOを目指される場合、視座の高さが重要になってきます。
・経営のWHYを解決するのか
・事業のWHATを作るのか
・事業のHOWをこなすのか
経営のWHYとは、つまり「経営者がなぜその事業をするのか」という問いに他なりません。CFOに限らず、CXOのポジションを目指すなら、この問いと向き合いながら、答えを出していく必要があります。
大企業のようにすでに整った組織があり、そのルールの中で仕事をしていくのであれば、基本的に「HOW」をこなす能力ができれば問題ないことがほとんどです。しかし、スタートアップのコアメンバーとして参画しようと思うなら「経営のWHY」に対する視座が求められます。
事業を取り巻く環境は、刻一刻と変化しています。その中で、特にスピード感が求められるスタートアップの経営者は「経営のWHY」を常に問い続けます。そうして大なり小なり、事業の方向性を見直しながら、WHYの解決に向けて動き続けているのです。
「経営のWHY」をきちんと理解しておかないと、事業の方向性が変わる度に振り回されてしまい、仕事のモチベーションが続かなくなってしまいます。だからこそ、経営者はともに難局を乗り越えていくメンバーに対し「WHYへの理解・共感」を期待するわけです。
中園:
もう一つ付け加えるなら視野でしょうか。スタートアップで活躍するためには、数年間、まずは近視眼的な視野で戦っていく必要があります。しかし、短期の視点だけだと、事業はスケールしていきません。そこで求められるのが、中長期を見据える視野です。
短期に加えて、中長期の視野でビジョンを描くのがCEOの役割の役割です。だからこそ、その高い視座に並び立てるだけの視野を身につけられるかどうかで、会計人材のキャリアは大きく変わります。CFOになれるのか、経理部長に留まるのか。どちらがいい悪いではありませんが、視野と視座の違いは大きいと思います。
スタートアップの場合は、監査法人などとは違い、ゼロイチから経理体制を構築していく必要があります。会計士の方々は、会社の経理会計のあるべき姿を知っていますから、そこから逆算しながら構築していくことができれば、最強だと思います。
スタートアップ転職を検討する大企業出身者や上場企業の経理経験者のポテンシャル
藤岡:
昨今、大企業からスタートアップへと転職を検討される方が増えています。大企業出身の方々は、実はスキルの宝庫です。特に、コンプライアンス意識の高さは大きな武器になるでしょう。
スタートアップは、スピード感を重視するあまり、社内ルールやコンプライアンスの整備が後回しになりやすい傾向があります。いずれも会社の成長には欠かせない要素ですから、そういった意識が高い方は重宝されます。
また、相手企業の社内事情や意思決定者を把握しながら、スマートに仕事を進めていける方が多いので、そういった調整能力も大企業出身者の大きな強みです。
もちろん会社の看板に頼らなくても成果を出せるだけのスキルは求められますが、即戦力になれる人材なら、年齢問わず、スタートアップで大いに活躍が期待できると思います。
中園:
スピード重視、売上重視のゼロイチフェーズから成長フェーズに移行する段階で、多くの企業が組織づくりの課題に直面します。いかに予実管理をしながら、再現性のあるプロセスを確立していくか。こういった1→10は、大企業出身者の得意分野のように思います。
会社規模が小さいうちから、先を見据えた内部統制を進めておくと、いざ上場が見えてきたというタイミングでも慌てることなく進められます。スタートアップの組織規模が小さいうちは価値が見えづらいのですが、ある一定の飽和状態を超えたあたりから、1→10のスキルはその真価を急速に発揮し始める印象です。
会計人材の話でいうと、金融商品取引法に則った上場企業の経理経験者は、スタートアップで特に重宝されます。なぜなら、日本の企業全体の内、上場企業はわずか0.3%しかなく、スタートアップはその0.3%を目指しているからです。
経理の実務を回しつつ、IPOに向けた体制づくりにその知識を活かしてくれる会計士の存在は、IPOを目指すスタートアップにとって非常に心強い存在です。経営人材になれるチャンスも多いので、キャリアアップを本気で目指される方にはぜひ積極的に検討頂きたい選択肢だと思います。
会計人材の価値を高めるには?IPOの先まで見据えたキャリア形成のススメ
藤岡:
どれだけ優れた資格やスキルを持っていても、戦う場を選び、自らをレアキャラ化していかないと、市場に埋没してしまいます。そんな中、会計人材の需要が高いのに供給不足に陥っているスタートアップ市場は、間違いなくレアキャラ化が狙える選択肢だと思います。
上場企業の経理経験者はもちろん重宝されますが、ビジネススクールを出たばかりという人でも入社してすぐに大きな裁量を任されることが多く、場合によってはいきなりCFO候補として経営企画などに携われるケースもあります。
給料ダウンや会社が潰れる可能性など、スタートアップ転職の前提というべきリスクはありますが、スタートアップのレベルも年々上がってきていますし、キャリアアップには魅力的な選択肢だと思います。
問題意識や社会課題への関心を持ちながら飛び込んできてくれる会計人材が増えれば、スタートアップ業界がさらに成熟していくと思いますので、ぜひ多くの方にチャレンジ頂けたらうれしいです。
一つ懸念しているのが、IPO達成だけを目的にしているCFOや財務経営マネージャーが一定数いらっしゃることです。そういった方は、IPO達成後にその会社を離れて、上場しそうな次の会社に移るか、もしくはフリーランスとして独立するか、といった選択肢を選ばれる傾向にあります。ただ、それだと経営人材のキャリアとしては、正直もったいないという印象です。
IPOの達成は素晴らしいことですが、そこで別のキャリアを選んでしまうと、上場企業になった後のフェーズで経験できたはずの学びを失ってしまいます。IPO達成はあくまでも1つの通過点でしかなく、その先に、経営人材としての成長があると思うのです。
なぜCFOになろうと思ったのか?その理由や目的意識に立ち返ることができたなら、上場後も引き続きその会社でキャリアアップを目指す方も増えていくのではないかと思います。その背中を追う形で、一人でも多くの会計人材がスタートアップ業界に飛び込んで来てくれたらうれしいです。
中園:
会計人材が選べるキャリアは多数ありますが、どんな選択肢を選ぶにせよ、思い込みで自分の可能性を狭めずに、「自分はどんな会計士でありたいのか」という問いとまず向き合うところから始めてもらえたらと思います。
さらに言えば、自分はどんな人生を送りたいのか、何を幸せとするのか、そういった個人のミッションや生き様といった部分もぜひ深掘りしてもらえたら幸いです。そういった自己分析を繰り返すことで、心から納得のいくキャリアを選びやすくなるはずです。
より良いキャリア開発に向けて、これからも藤岡さんや皆様のお力をお借りしながら、取り組んで参ります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
―本日は貴重なお話をありがとうございました。