30歳以上の子育て世代も挑戦しやすい街で、ディープテック・スタートアップを支援。事業者目線で主体的に取り組む

株式会社つくば研究支援センターベンチャー・産業支援部 担当課長/インキュベーションマネージャー 大塚和慶氏

TCI(Tsukuba Center Inc.)の通称で知られる株式会社つくば研究支援センターは、茨城県、日本政策投資銀行および民間企業など76団体の出資により、第3セクターとして1988年に設立されました。研究機関が集積する立地を活かし、産官学の連携による新事業の創出や支援を推進しています。税理士、社労士、弁護士といった経営支援のプロやベンチャーキャピタル、金融機関等と協力し、営業面や経理面のサポートから法的課題の解決や海外進出のバックアップまで、支援内容は多岐にわたります。近年は研究シーズの事業化を積極的に進め、研究開発型ベンチャー企業の育成に注力。オフィスやコワーキングスペースだけでなく、研究開発を行うためのラボも提供しています。

ロースクールを経て新卒では金融庁に就職したというTCIの大塚和慶氏に、現在の仕事に就くまでの経緯やつくば市で働く魅力について伺いました。スタートアップにおける支援業務の重要性やニーズについても分かるインタビューとなりました。

大塚和慶氏

ベンチャー・産業支援部 担当課長/インキュベーションマネージャー
大塚和慶氏

つくば研究支援センター(TCI)にて、ディープテック・ベンチャーの支援及び域内外ステークホルダーとのアライアンス構築や、海外案件全般を担当。
TCI入社以前は、Fintechスタートアップ「Nudge」にてグリーン・フィンテックやNFTウォレットの開発プロジェクトの他、割賦販売法・資金決済法の規制対応や海外投資家からの資金調達等に従事。それ以前は金融庁で地銀・金商業者の監督や、金融行政の年次方針の策定等を経験したほか、在エジプト日本国大使館および在英国日本国大使館に財務・金融アタッシェとして勤務。

株式会社つくば研究支援センター

株式会社つくば研究支援センター
https://www.tsukuba-tci.co.jp/

設立
1988年02月
社員数
17名

≪経営理念≫
筑波研究学園都市の持つ優位性を活かし、地域社会との信頼のネットワークを築きながら、創業・新事業進出への迅速かつ適切なサービスを提供し、筑波研究学園都市を我が国有数の新産業・新事業創出の拠点にするとともに、地域経済の発展に貢献します。
≪事業分野≫
others
≪事業内容≫
株式会社つくば研究支援センターは、1988年2月に茨城県、日本政策投資銀行及び民間等76社の出資による第3セクターとして設立されました。当センターは、世界有数の研究開発ゾーンを形成している筑波研究学園都市に立地するという特長を最大限に活かし、産・学・官の研究交流・連携のもとに、広く国内外に開かれ、同時に地域の活性化に役立つセンターとなることを運営の基本としています。また近年はつくば地区において、研究シーズの事業化を積極的にすすめており、研究開発型ベンチャー企業の育成に力を入れています。

大学進学を機につくばを離れ、法科大学院を経て公務員に

アマテラス:

まず、大塚さんが現在どんな仕事に携わっているのか教えてください。

株式会社つくば研究支援センター 大塚 和慶氏(以下敬称略):

TCIは大学や研究機関発の技術系スタートアップ企業の伴走支援を行っている筑波研究学園都市のインキュベータで、私自身は創業支援や事業成長支援などを担当しています。入居企業を中心とした個社の支援に加え、外部企業やベンチャーキャピタルとのアライアンス構築などを行っています。

アマテラス:

大塚さんの生い立ちと現在のキャリアに至るまでを教えていただけますか?

大塚和慶:

代々この地に住んできた家系で、生まれも育ちもつくば市です。亡くなった祖父が家にあった位牌を全部数えたところによれば、私は大塚家の13代目らしいです。初代までさかのぼると江戸時代初頭ぐらいで、まだこの地域が常陸国と言われていた頃ですね。曽祖父の代まではずっと自作農だったらしいのですが、祖父が学校の教員になったあたりから変わって、ここ3代ぐらいは公務員が多い家系でした。母方の祖父は県庁職員でしたし、両親も公務員でした。それで親しみもあったからでしょうか、県立土浦第一高校から東北大学に進み、卒業後は一橋大学法科大学院(ロースクール)に進学し国家公務員になりました。

ロースクールに進学 最初は「マチベン」を目指すつもりが方針転換して金融庁へ

アマテラス:

ロースクールに進んで、卒業後に公務員になったんですね。どのような経緯だったのかお聞かせいただけますか?

大塚和慶:

充実した大学生活を送っていたのですが、就活を始めた3年生の終わりぐらいに「このまま就職したら、すべてが“なんとなく”で進んでしまうのでは」という漠然とした不安が湧いてきたんです。人生にはもっと燃えるように頑張る時期が必要ではないかと。そこでいわゆる「マチベン」になることを志し、当時出来たばかりで注目されていたロースクールにチャレンジすることにしました。法学部だったので法律は嫌いではなかったですし。でもロースクールで会社法を学んで企業法務系のゼミに入ったら、自分は金融のことは何一つ分かっていないと愕然としました。政府系金融機関から社費留学で来ていた方に「こんなことも知らないのか」みたいな感じで、議論でボコボコに打ち負かされました。

悔しかった一方で、全然知らなかった金融に触れて「こういう世界があるのか」という発見がありました。最終年次だったこのときに、法律×金融をテーマに仕事ができたら面白そうだと考えました。考えてみればマチベンを目指したのはイメージしやすい弁護士像だったことが大きく、周囲の人を見て道は多彩だと知りました。調べてみたら司法試験合格後に官庁に就職する人も結構いて、金融庁に入庁したロースクールの先輩もいましたので、親近感がわきました。「法律を使う側ではなく作る側になる。そういう道もある」と思い、ロースクール3年生のときに国家公務員Ⅰ種試験を受けて金融庁に入りました。

金融庁では法案を企画立案・・・ではなく、最初は全くの専門外の仕事に従事。その後外務省に出向し、大使館勤務を経験

大塚和慶:

元々国際法務に興味があったので、ロースクールでは国際私法を専攻していました。面白くてのめり込んでしまい、司法試験の選択科目では全国1位の成績を収めることができました。「この道のスペシャリストとして生きていこう」と考えていたのですが、金融庁に採用されたら最初の配属は財務モニタリング部門で…。当時の人事担当者の方から、「法律系の人材は経済系の部署に配属し、経済系の人材は法律系の部署に入れた」と聞いて、最初はショックでした。国家公務員総合職ではゼネラリストを養成するので、行政官の養成プロセスとしては間違いではないのですが、新卒の自分はそこを勘違いしていたと思います。他方で、社会人のスタートと同時に、「ショック療法」的に仕事の視野をぐぐっと広げることができたのは、良い経験でもありました。

地域銀行と証券会社やファンドを含む金融商品取引業者等の監督を1年ずつ担当し、その後シンガポールに国費留学させていただきました。留学後は官房部門で金融行政方針の策定業務を2年間やりました。それが終わったタイミングで、在外の大使館勤務のチャンスをいただきました。元々、官庁訪問時の第1希望が金融庁、第2希望が外務省で、最終的に金融庁に入庁しましたが、当時から外交官の仕事にも興味があったので、大使館勤務のチャンスを頂いたことはとてもうれしく、エジプトとイギリスで合計3年間外交官として勤務しました。

在エジプト日本国大使館勤務時に訪れたギザのピラミッドにて撮影

在エジプト日本国大使館勤務時に訪れたギザのピラミッドにて撮影

フィンテック黎明期にスタートアップ企業の規制相談窓口に関わる

アマテラス:

そこからどんな経緯で転職されたのでしょうか。

大塚和慶:

実は、金融庁の官房部門にいたとき、フィンテックサポートデスクも一部担当していたんです。フィンテックはまだまだ黎明期で、「金融規制の内容がよく分からないけどビジネスにしたい」といった起業家の方などからの問い合わせにチームで対応していました。いわばスタートアップ企業の創業支援のようなことをやっていて、そのときに「フィンテックは金融の未来だ!」と思ったんです。この流れがどんどん大きくなって金融業が変わるかもしれないと感銘を受けました。大使館勤務時も、フィンテックの本場イギリスで、RevolutやWiseなどたくさんの著名スタートアップと意見交換の機会を頂きました。このころから、本気で転職を考えだしました。

フィンテックという新しいサービスを事業とするスタートアップ企業への転職は迷いました。最大の不安は、「ずっと役所にしかいなかった自分に果たしてスタートアップで仕事ができるのか」というものでしたが、突き詰めると自分はただ失敗を恐れているだけだと気づき、最終的に公務員からスタートアップの世界に飛び込むことを決断しました。スタートアップの本質である事業開発に関わりたいという気持ちが強く、「営業や事業開発をやらせてください」と言って入社しました。経験を活かして規制対応や海外からの資金調達も担当しましたが、法人営業とブロックチェーンに関するプロダクト開発が仕事の大半でした。

つくばの「3E」:つくばは、家族がいる30歳以上のビジネスパーソンにとってリスクを抑えてチャレンジできる場所

アマテラス:

現在はつくば市にお住まいなのですよね。どのような経緯で東京から引っ越されたのでしょうか。

大塚和慶:

つくばには、スタートアップに就職したタイミングで引っ越しました。スタートアップ企業に転職する上で私が重視した事の一つは、リスクコントロールです。所得が下がったり、最悪職を失った場合でも生活を維持できるかという点ですね。20代独身ならそこまで深く考えずにチャレンジできるかもしれませんが、家族がいるとなかなかそうはいきません。いかにダウンサイドリスクを見極めるかが大事です。生活費を抑えつつ、子どもには良い教育環境を与えたい。当時は東京に行く機会もあったので都内へのアクセスの良さもほしかった。そこで、条件を満たす場所として、地元であるつくばが思い浮かびました。

つくば市は教育日本一をめざしている自治体だけあって、教育環境が優れています。私が1990年代前半に通っていた市内の公立小学校には、当時既に教育用のパソコンが40台程ありましたし、市立中学校の同級生もおよそ15人に1人が外国人でした。現在、市内にあるとある公立小学校は、在籍児童の6分の1が外国籍という信じられないほど国際的な環境です。インターナショナルスクールもあります。都内のインターだと数百万円の学費がかかりますが、(おそらく)半分以下で済むでしょう。

私はつくばの魅力は「3つのE」にあると考えています。つくばには『EDUCATION(教育)』、『ENVIRONMENT(環境)』、『ESTATE(住宅)』という大事な要素がそろっているのです。約2万人の研究者がいる筑波研究学園都市で、JAXAなどの最先端の科学技術が詰まった施設を無料で見学できて、緑豊かな公園が多い。また、住宅価格も都内と比較するとかなりリーズナブルな水準です。家族のことを考えた上で、スタートアップ企業に転職するというチャレンジングな選択ができる街ではないでしょうか。

当時はコロナ禍で、スタートアップではフルリモートで働けることになったので、フルコミットしてもつくばに住んでいる私の両親にサポートしてもらえば家事や子育てと両立して働けると考えたことも理由です。でもコロナ禍がひと段落すると、全国出張や対面での打ち合わせも増えてきました。妻も週4日都内に通勤しているため、子育てはほぼ親に任せきりになってしまい、妻との役割分担もうまくいかなくなり、家庭環境も夫婦関係も悪化。このまま働き続けるのは難しいと考えました。

有楽町のTokyo Innovation Baseにて「宇宙産業」をテーマに宇都宮市とピッチイベントを共催。当日は防衛省航空幕僚監部やJAXAからもスペシャルゲストを迎え、300名超が参加した。

有楽町のTokyo Innovation Baseにて「宇宙産業」をテーマに宇都宮市とピッチイベントを共催。当日は防衛省航空幕僚監部やJAXAからもスペシャルゲストを迎え、300名超が参加した。

スタートアップ支援の哲学に感銘を受けてTCIに入社

アマテラス:

スタートアップを退職してからどうされたのでしょうか。

大塚和慶:

前職と同じ事業開発の仕事がしたくてスタートアップ企業を探しましたが、つくばでは事業開発職の募集は見つかりませんでした。そんなときに偶然つくば研究支援センターが中途採用を1名募集していると知り、締め切り直前に申し込みました。スタートアップ企業の事業開発業務ではないけれど、支援という形でスタートアップ企業の事業開発に関われる。ここなら自分のやりたいことができると思いました。

アマテラス:

スタートアップで当事者として事業推進する立場から、スタートアップを支援する側にまわることになり、心境の変化はありましたか?

大塚和慶:

金融庁でサポートデスクを経験したときから支援業務の必要性ややりがいは感じていたので、それはありません。支援は事業者の視点に立って考えることが大切で、良い支援者は、ときには自分が支援者であることを忘れてアクセルを踏めるくらいの主体性を持って取り組むべきだと思っています。また、大学や研究機関発のスタートアップ企業は支援人材の集め方が分からないだけで、支援業務のニーズはかなり高いと感じています。

TCI入社の決め手になったのは、現在の上司の存在です。初めて会って話したとき、ゆるぎない信念を感じました。30年間ほぼ一人でノウハウを開拓してきて、支援者としての哲学がしっかりしています。そこに敬意を抱き、こういう人がいるなら是非ここで頑張りたいと思いました。

自分は、スタートアップを創出するまさにその現場で働くことに意義を感じています。近年、国も自治体も、スタートアップ支援に非常に力を入れています。施策は国が考え、予算もついている。しかし、それでもなかなかうまくいかないのは、実行(エグゼキューション)において難点が多いからだと思います。プランニングさえ出来ていればあとはやれる、というのは間違いです。日本がユニコーン企業をどれだけ生み出せるかは、支援側とプレイヤーの両者の実行力にかかっていると思います。

ディープテック・スタートアップシーンの第一線で仕事ができる面白さ

アマテラス:

つくばのスタートアップ企業で働く魅力、面白さはどこにあると感じていますか?

大塚和慶:

ポテンシャルのある技術を持つ企業、世界に羽ばたく企業の誕生に立ち会えるチャンスがたくさんあります。著名なベンチャーキャピタルも注目していますし、優秀な起業家あるいは技術者、キャピタリストが足しげく訪れています。ディープテックを中心とするスタートアップシーンの第一線で仕事ができます。

街を行き交う人も多国籍で、実業界で有名な方がたくさん住んでいるので、素敵な出会いも期待できます。また、都心にあってもおかしくないレベルのレストランやバーがたくさんあり、美味しいものをリーズナブルに食べられます。例えば、元研究者のドイツ人が自分で醸造している本場クラフトビールなどもありますよ。

アマテラス:

想定外だったことや困ったことなどはありませんでしたか?

大塚和慶:

これだけディープテックに注目が集まっているのに、つくばのことが全く知られていないと思います。つくばのスタートアップ・エコシステムや行政、大学・研究機関の取組み、どんなスタートアップ企業があるのかも知られていません。ここは自分たちが支援を行っていく上でもネックになるところで、克服しなければと感じています。

TSMC本社のある台湾・新竹市の国立陽明交通大学国際産学連携センターとMoUを締結。陽明交通大学は台湾半導体産業の研究拠点であり、人材供給機関でもある。

TSMC本社のある台湾・新竹市の国立陽明交通大学国際産学連携センターとMoUを締結。陽明交通大学は台湾半導体産業の研究拠点であり、人材供給機関でもある。

 

求められているのは、遠慮/物怖じせずに是々非々の議論ができる人

アマテラス:

つくばのスタートアップ企業で働くのに向き不向きはあるでしょうか?これからつくばに来て働らこうと考えている人にアドバイスをお願いします。

大塚和慶:

向いているのは、是々非々の議論ができる人だと思います。優れた研究者が自分の研究成果を事業化したいとなったとき、これまでは多くの場合、その研究者の方がCEOになってきました。しかしこれからは、CEOを経営人材として外から招き、研究者はファウンダーCTOとなって二人三脚でやっていくパターンが増えるでしょう。もちろん、ファウンダーである研究者が強い発言力を持ちやすいと思いますが、しっかり事業化するためには後から参画した経営メンバーが言うべきことを言って対等な関係を築くことが重要です。遠慮してしまう人はダメです。事業成長に向けた最善手を合理的に選択し続けられるかどうかが、ユニコーン企業になれるかどうかの境目かもしれません。

職種によると思いますが、営業を担う事業開発担当者がつくばで働く場合、地理的なハンディキャップが多少あると思います。ただ、生産性を意識して働ける人は、時間の制約がある中でも高いパフォーマンスを出せるのではないでしょうか。私の場合、妻が週4で都内に通勤しており、朝7時半に出て夜9時頃に帰宅するので、多くの日を私がワンオペで過ごしています。まさに小1の壁にぶつかっている7歳の娘がいるのですが、夕食の支度をしながら頭の中で新規事業のアイディアを練っています。「あと2時間あれば何とかできるのに」みたいなシチュエーションがよくあり、タイムマネジメントの巧拙が問われます。私もなかなか出来ていないのですが・・・。

ですが、つくばではワーキングパパ率も高いので、ワーキングパパは同じような境遇で頑張っている多くの仲間と悩みを共有し、助け合いながら働けると思います。

アマテラス:

本日はすばらしいお話をいただきありがとうございました。家族を持つ30歳以上のビジネスパーソンがつくばで働く魅力を存分に聞かせていただくことができました。

この記事を書いた人

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アマテラス編集部

「次の100年を照らす、100社を創出する」アマテラスの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。

株式会社つくば研究支援センター

株式会社つくば研究支援センター
https://www.tsukuba-tci.co.jp/

設立
1988年02月
社員数
17名

≪経営理念≫
筑波研究学園都市の持つ優位性を活かし、地域社会との信頼のネットワークを築きながら、創業・新事業進出への迅速かつ適切なサービスを提供し、筑波研究学園都市を我が国有数の新産業・新事業創出の拠点にするとともに、地域経済の発展に貢献します。
≪事業分野≫
others
≪事業内容≫
株式会社つくば研究支援センターは、1988年2月に茨城県、日本政策投資銀行及び民間等76社の出資による第3セクターとして設立されました。当センターは、世界有数の研究開発ゾーンを形成している筑波研究学園都市に立地するという特長を最大限に活かし、産・学・官の研究交流・連携のもとに、広く国内外に開かれ、同時に地域の活性化に役立つセンターとなることを運営の基本としています。また近年はつくば地区において、研究シーズの事業化を積極的にすすめており、研究開発型ベンチャー企業の育成に力を入れています。