悠久の時を刻む京都で、時間がかかっても社会を変えることをめざす。さまざまな研究が実を結びつつある

京都大学イノベーションキャピタル株式会社執行役員・投資第一部 部長 八木 信宏氏

悠久の時を刻む京都で、時間がかかっても社会を変えることをめざす。さまざまな研究が実を結びつつある

京都大学イノベーションキャピタル株式会社(京都iCAP)は、京都大学をはじめとする国立大学の研究者による知の事業化をめざす企業に、基礎研究から事業化までをシームレスに支援しています。京都大学と緊密に連携し、民間VCでは投資困難なシードからアーリーステージ企業への投資を中心に、京都大学の研究成果の紹介、事業計画や資本政策の作成支援、ファイナンス支援、仕入先や販売先開拓の支援などを積極的に行っています。

大手製薬会社を退職して2016年8月から京都iCAPに加わった八木信宏氏に、キャリアチェンジの理由をはじめ、京都大学が得意とする研究分野、京都での暮らしなど、多岐にわたってお話を伺いました。

八木 信宏氏

執行役員・投資第一部 部長
八木 信宏氏

2016年8月より京都大学イノベーションキャピタル(株)にて投資を担当。 国内外において産官学の研究所に所属した広範な研究経歴を持ち、前職の大手製薬会社では学際融合によるニューモダリティ(新事業領域)の立ち上げを主導した。事業開発ライセンスの経験を有し、これまで関与した導出入契約の総額はUSD1Bを超える。ベンチャー投資においては事業領域を問わず、基礎研究の成果を基に新会社を組成する創業案件を得意とする。現在も化学や医学領域での教育研究を継続している。博士(薬学)

京都大学イノベーションキャピタル株式会社

京都大学イノベーションキャピタル株式会社
https://www.kyoto-unicap.co.jp/

設立
2014年12月

≪事業概要≫
京都大学イノベーションキャピタル株式会社は、世界トップレベルの研究機関である京都大学の研究成果を活用し、次世代を担う産業の創造に、投資活動を通じて貢献することを目的として、国立大学法人京都大学の100%出資子会社として設立されたベンチャーキャピタルです。

研究者の起業が当たり前のアメリカで刺激を受け、15年勤めた会社を退職

アマテラス:

八木さんが携わっている仕事内容について教えていただけますか?

京都大学イノベーションキャピタル株式会社 執行役員・投資第一部 部長 八木信宏氏(以下敬称略):

投資第一部での投資業務に加え、京都大学の成長戦略本部の中のエコシステム構築領域の副統括をやっています。京都iCAPに籍を置きながら大学の業務も兼務しています。そうすることで、大学の研究室で研究成果が生まれたとき、知財管理をはじめ、どのアプリケーションで開発を進め、どこに登記してどのような会社を作るかといったこと、そして資金調達までを一気通貫で行うことができます。

アマテラス:

八木さんのキャリアについて簡単に教えていただけますか?

八木 信宏:

化学を専攻して大学院まで進み、製薬会社に入社して15年以上研究員をしていました。製薬会社で私がずっと研究していたのは、人工的に作ったDNAやRNAを薬として体内に投与する核酸医薬品です。まだオープンイノベーションという言葉が一般的ではない時代でしたが、いろんな大学の先生と共同研究を行い、核酸薬のプロジェクトを進めました。その後研究員としてアメリカに留学し、帰国後、ビズデブを経て2016年にベンチャーキャピタリストとして、京都iCAPにジョインしました。

アマテラス:

元々研究者で、アメリカへも研究者として留学されたのですよね。そこから一体どんな経緯でベンチャーキャピタリストになったのでしょうか。

八木 信宏:

アメリカでは西海岸にいたのですが、周りにいる大学の先生方が皆当然のようにスタートアップを起業していて、かつリスクマネーもリスクテイカーもしっかり流動していました。日本にはない環境だと感銘を受けるとともに、気づいたことがあります。日本人は1から100を作ること、10から100のエクスパンションは得意だとよく言われますよね。でも現地で過ごしてみて、0から1を作ることも日本人の方がアメリカ人より得意だと感じたのです。それなら日本でスタートアップの起業や大企業による新産業の創生が少ないのはなぜか。それは人材の流動と「リスクマネーの流動がないからだ」という結論に至り、会社を辞めようと思って帰ってきました。

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40代で新たな世界に飛び込み、未経験の投資業務に挑戦

アマテラス:

人材流動とリスクマネーの流動、その両方に関われる仕事を求めてキャリアチェンジされたんですね。しかしそれまで研究者一筋で来られて、未経験の業界に飛び込むのに不安はありませんでしたか?

八木 信宏:

そうですね。当時すでに40代で、未経験の仕事をすることに不安はありました。それに、お金を右から左に動かして利益を得るような金融業界にあまり良いイメージを持っていませんでした。でも、当時はそんなことより社会課題の解決に頭が行っていました。それと、大企業の閉塞感というのでしょうか。このままだと社会に置いていかれる、という強い危機意識がありました。核酸薬の開発に尽力して人の役に立つ仕事がひとつできたという気持ちもあり、これからは自分の後に続く研究者のために、彼らが自由に研究を実用化できる環境作りに貢献したいと考えていました。そうした理由から、思い切って飛び込めたのだと思います。

アマテラス:

未経験の投資業務をどんな風にキャッチアップされてきたのですか?

八木 信宏:

研究者に比べるとベンチャーキャピタリストには積極的な姿勢の人が多いので、そういう方々と接して最初は驚きました。また、投資は他人の人生を変えてしまう可能性がある仕事なので、責任の重さに押し潰されそうになったこともありました。ただ、前職で共同研究に携わっていた経験から相手が何を求めているのか推し量ることには慣れていましたし、プレゼンも学会で数をこなしていたので、営業スキルに関してはあまりハードルを感じませんでした。また、科学者として事業を立ち上げたあと、研究成果を売り買いする仕事もやっていたので、研究者の研究成果をビジネスにするのは慣れているしお手の物でした。一方で金融業界となると話は別。やっている競技のルールも文化も変わります。ですから金融面に関しては体当たりでのスタートでした。とはいえ、重要なのは社会で培った基礎体力。ルールを覚えて勝つための努力をすれば、自ずと結果はついてきます。

アマテラス:

京都ICAPの投資先はどんなサポートを受けられますか?

八木 信宏:

京都のスタートアップはまだ企業環境がそれほど整っているわけではないですし、スタートアップ人材もクリティカルマスにまだ達していません。そこを補うため、スタートアップに参画した人が孤立しないよう密にコミュニケーションを取るよう心がけ、人材面や金銭面のサポートを含めしっかりハンズオンしています。

優れたイノベーターと関わることで、向上心が自然とみなぎってくる

アマテラス:

京都iCAPの立場から、京都大学関連のディープテックスタートアップの魅力、そこで働く面白さについて教えてください。

八木 信宏:

私たちは、時間がかかっても社会を変えることを目標にしています。私たちが行っているイベントのひとつ、リバースピッチにはその考えがよく表れています。登壇する先生方に、今までのご自分の研究内容とそのテクノロジーが20年後の社会をどう変えているか未来予想図を話していただきます。間の20年はガバッと抜いて話していただき、そこは一緒に考えましょうというものです。これまで多くの研究者をサポートしてきて、有望なスタートアップがたくさん生まれました。

例えば、次世代エネルギーとして期待されるフュージョンエネルギーのプラント機器の開発・研究を行う京都フュージョニアリング、自然エネルギーの有効利用を目指すエネコートテクノロジーズ、ゲノム編集で水産物の品種改良に取り組むリージョナルフィッシュなどですね。京都大学、そして京都iCAPの投資先には、時間がかかっても社会を変えようとする研究シーズが豊富で、それらを支援してきた経験があり、素晴らしいイノベーター仲間がいます。

私は元々科学者ですから、予想を超えてくるコンセプトやデータに心が震えますね。それが私の原動力になっているようなところがあるのですが、京都iCAPの投資先や京都大学はその濃度が濃いです。尖っている人、人が考えないようなことを考えつく人が多いので、そういう人たちとふれあえるだけでも楽しいです。あの人もすごいし、この人もすごい。知的好奇心を刺激されて、自分も何かやってやろうと内側からむくむく向上心が湧き上がってくるんです。そういった人がごく身近にいる環境が大きな魅力ではないでしょうか。

京都鴨川の床(ゆか)で協調投資家と打ち合わせ

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尖った研究を許容する京都大学の風土が、多様な分野での優れた研究成果に

アマテラス:

京都大学ならではの技術や研究シーズはありますか?

八木 信宏:

山中伸弥先生がノーベル生理学・医学賞を獲ったことで、iPS細胞関連が得意ですよね、とよく言われます。最終的には人の臓器に置き換えようという意欲的な研究で、山中先生も京都大学におられますしね。癌の免疫療法の開拓者である本庶佑先生も京都大学のご出身ですし、iPSに限らず医学系には強いです。100年近く前に設立された伝統ある化学研究所からは、マテリアルサイエンスのスタートアップがたくさん生まれています。京都大学のお家芸ともいうべき情報学研究科からは、情報通信の世界で知られるリーガルオンテクノロジーズが出ています。彼らがまだ2~3名しかいなかった頃に、リードインベスターとして自然言語分析のエンジンや共同研究を斡旋したのは私たちなんですよ。

また、最近は気候テックやエネルギーなどサステナビリティの分野でも数多くのスタートアップが生まれています。それは一朝一夕にできたわけではありません。地球の未来を危惧した京都大学の研究者が、30~40年かけて取り組んできた研究の成果が実りつつあるのです。核融合や太陽電池もあれば、海洋インバースダムのように海の潮流による発電をめざしているものもあります。生物多様性のスタートアップもありますし、防災研究所は気候変動に対する解決策をたくさん提案しています。医学、化学、サステナビリティ、言語分析を中心とする情報系などが、京都大学らしい分野だと思います。

アマテラス:

京都大学はなぜそれほど多様な分野に強く、世界的にも競争力があるとお考えですか?

八木 信宏:

京都大学には、学生がやりたいことをあまり制限せずに認めてあげる風土があります。私はいろいろな大学に行ったことがありますが、京都大学は本当に懐が深いと思います。そのためか京都大学には、他人の評価を気にすることなく自分が研究したいと思う研究を自由な発想で行える環境があります。そういった環境の中で、研究者それぞれの問題意識がいろいろなベクトルに向いて、尖って、10年、20年単位で発露するのだと思います。だから優れた研究成果が多く生まれ、ノーベル賞科学者が多いという結果にもつながっているのでしょう。

京都という土地柄も関係していると思います。悠久に変わらないものを見ると、人は心理的に安定するのではないでしょうか。平安京の遷都から1,200年以上の歴史がありますが、自分の人生の何十倍もの時を経て存在する文化財に囲まれていると、腰を据えてロングスパンの研究をしやすいように思います。

1時間半の満員電車から、鎮守の森を抜ける徒歩30分の通勤に

アマテラス:

京都大学関連のディープテックスタートアップのワークライフバランスやQOLはいかがですか?

八木 信宏:

京都で暮らすのって良いですよ。もう満員の通勤電車に乗りたくないというのが、私が京都に来た理由のひとつです。いまは歩いて30分かけて大学まで通っているのですが、家から大学にたどり着くまでに信号が3つしかないんですよ。しかも途中に世界遺産の下鴨神社があるので、その鎮守の森の中を歩くわけです。最高です。人間らしい生活を送れています。

京都では高層の建物を建てられないため、インキュベーターやスタートアップのオフィスもひとつのビル内にあるわけではなく、いろいろなところに散らばっています。だからある日は大学へ行き、ある日はオフィスに行くといった感じです。京都はコンパクトな街なので、大体自転車で移動できます。衣食住が近接している都市で、娯楽も含め多くのものがそろっているので、大抵のことは街の中で済ませられます。カフェで仕事をしたり、帰りに食事をしたりと、楽しみながら仕事をされている方が多いです。

アマテラス:

関東の人が京都大学関連のディープテックスタートアップで働くにあたり、辛いこと、想定外になりそうなことはありますか?

八木 信宏:

生活費は東京とあまり変わりません。覚悟した方がいいのは、夏は猛烈に暑く冬は非常に寒いことです。盆地なので仕方がありませんね。他の地域から京都に来るひとつのハードルとして、外様は地元の人から受け入れてもらえないのではという心配があると思いますが、ご安心ください。私も東京から来た移住組ですが、意地悪された記憶はありません(笑) 京都には夏に地蔵盆という風習があるのですが、そうした地域の行事にも招いてくださり、家族ともども結構すんなりコミュニティに入れました。

お子さんがいらっしゃる方には、日本で最初にできた小学校は京都ですし、京都は教育熱心な都市だとお伝えしたいです。また、京都には外国人が多く住んでいるので、学校に外国人の子も多くいます。私の子どものクラスメイトにもいますし、1クラスに1人はいるのではないでしょうか。教育環境は良いと思います。

インタビューはアマテラスのオフィスにて行った。

インタビューはアマテラスのオフィスにて行った。

経験と学びを求める成長志向の人に向いている

アマテラス:

京都のディープテックスタートアップは長い時間軸で考えている人が多い印象です。短期的なイグジットを考えている人には不向きでしょうか?

八木 信宏:

京都にもいろんなスタートアップがあり、数年で短期間にイグジットする方々もいます。ただおっしゃるとおり、私たちが支援している方々にはロングスパンで考えている方が多いので、4~5年である程度資金を作って東京に帰ろう、という方のご期待に添えない可能性はあります。ただ、それは京都に骨をうずめる覚悟が必要だという意味ではありません。京都iCAPは社会を変えるイグジットまで10年弱と設計して会社を作っていますが、実際に働いている方は、起業する人もジョインする人も、アーリーからミドルに行くところ、あるいはミドルからもう少し成長するところなど、数年間で成功体験を積んで、また違うところに移る人が多いです。海外に行く方もいますし、会社が大きくなって東京に拠点を移す方々もいらっしゃいます。京都には3~4年、学ぶという感覚で経験を積みに来ていただくのも良いと思います。

期間に関わらず、社会を変える手触り感を持ちたい人は京都のディープテックスタートアップに向いています。バーチャル空間ではなく、人々が生きる現実の生活をガラッと変え、社会のあり方を変える。そうした大きな影響を与えるビジネスに携わりたいと思う人に来ていただければと思います。

アマテラス:

時間がかかっても社会を変える、という理念が素晴らしいですね。今後も多くの研究成果が花開くことを楽しみにしています。

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アマテラス編集部

「次の100年を照らす、100社を創出する」アマテラスの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。

京都大学イノベーションキャピタル株式会社

京都大学イノベーションキャピタル株式会社
https://www.kyoto-unicap.co.jp/

設立
2014年12月

≪事業概要≫
京都大学イノベーションキャピタル株式会社は、世界トップレベルの研究機関である京都大学の研究成果を活用し、次世代を担う産業の創造に、投資活動を通じて貢献することを目的として、国立大学法人京都大学の100%出資子会社として設立されたベンチャーキャピタルです。