食品、化粧品、医薬品(三品)産業を中心とした製造現場の多くが、人手不足や生産能力の不足という課題を抱えています。特に中小規模の製造工場では、自動化を進めたくても技術やコスト面が見合わず、結果として、ほとんどの作業が属人的になっているのが実情でした。
他産業と比べても、単純作業や繰り返し作業が多く、求人倍率や離職率も高い三品産業。そんな製造現場における課題をAI画像処理やロボット制御技術で解決しようと取り組んでいるスタートアップが株式会社Closerです。
小型・低コスト・知識不要でだれでも利用できる「パーソナルロボット」の実現を目指すCloser。同社の代表取締役である樋口翔太氏は、幼い頃から工作が好きで、小学生時代からロボット技術にも親しんでいたそうです。
高等専門学校から筑波大学大学院まで一貫してロボット技術の研究に勤しんでいた彼が、なぜ学生起業し、「小さな製造ラインにも導入可能な自動化」を目指すようになったのか。彼の生い立ちから創業までの経緯、そして経営者として今後目指す未来について、詳しくお話を伺いました。
代表取締役
樋口翔太氏
1997年、新潟県生まれ。小学生の頃からロボット開発に取り組む。長岡工業高等専門学校出身、筑波大学大学院博士後期課程在学。2017年にはRoboCup世界大会優勝、Asia-Pacific大会優勝を果たす。高専機構理事長特別表彰を2度受賞したほか、孫正義育英財団の3期生認定、IPA未踏アドバンスド事業採択、Forbes 30 UNDER 30 Asia 2024選出など。2021年11月にCloserを創業し、自動化が進んでいない食品産業をはじめとする業界へのロボット導入を進める。
株式会社Closer
https://close-r.com/
- 設立
- 2021年11月
- 社員数
- 30 名(パート、業務委託含む)
《 Mission》
・ロボットを当たり前な選択肢へ
・パーソナルロボットを実現する
《 事業分野 》
AI・IoT・Robo
《 事業内容 》
筑波大発AIロボティクスベンチャー 株式会社Closerは「ロボットを当たり前な選択肢へ」をビジョンに掲げ、自動化の進みにくい食品産業、三品産業を対象に、労働力を補完するロボットシステムの研究開発と提供を進めています。
- 目次 -
工作に親しんだ幼少期を経て、小5からロボカップ参戦
まず、樋口さんの生い立ちからお伺いします。現在に繋がる原体験のようなものがあれば教えてください。
私はパティシエの父と歯科衛生士の母、そして大工をしている祖父という家庭環境で生まれ育ちました。ものづくりに比較的近い職種の人たちに囲まれていたからか、物心つく頃から工作が好きで、家にあったレゴやプラレール遊びが幼い頃の楽しみでした。
小学校に入ってからは、モーターを配線して物を自動で動かす工作キットにはまり、そこから電子工作の分野に自然と興味を持っていきました。そんな子どもだったので、小学5年生の時に「ロボカップ」を目指すロボット教室のチラシを見て、「参加してみたい」と思ったのも自然な成り行きだったのだと思います。
ロボカップは、20歳以下がエントリー可能な自律移動型ロボットの競技会なのですが、小5のその時から10代の終わりまで、連続して参加し続けました。長岡工業高等専門学校に進学してからも、ロボットの開発をする日々で、開発費を稼ぐべく外食系のアルバイトをよくしていました。
外食系のアルバイトなので、たとえば皿洗いのように単純な反復作業も多々ありました。その大変さを体感しつつ「こういった繰り返し作業こそロボットにやってもらうべきなんじゃないか」と考えていました。
高専での研究から、食品・農業分野の自動化を志す
高専ではロボットアームを使ったトマトの自動収穫について、仲間たちと研究していました。研究を進めていく中で「自動収穫できるようなロボットはまだ世の中にない」と言われたのが衝撃でした。
いくらアカデミックで研究をしていても、社会実装が進まないのであれば、意味がないのではないか。どうせなら実社会でしっかりと動いて、人の役に立つところまで研究を進めたい。ロボットにはそれだけのポテンシャルがあるはずだ、と思いました。
現在のCloserの業務領域に繋がるアイデアが生まれたのは、高専から筑波大学大学院に進学する直前の時期でした。自動車や電気電子産業に、大手企業のロボットが次々に導入されていく反面、自分が体験してきた食品や農業の分野は自動化が進んでいない事実に直面しました。
かけられるコストも必要な機能も全然違うので当然の話ではあるのですが、そんな「当たり前」のことをそれまで意識してこなかった事に気づいたのです。「大手が取り組みにくい分野を攻めていきたい」という方向性がある程度定まったのも、この頃です。
大学院に入ってからは、国の奨学金をもらいながら様々なプロジェクトに参画し、3ヶ月半ほど台湾の研究室にも在籍しながら、ロボットやAIの研究を続けていました。
創業後に直面した「良い技術でも売れない」事業化の壁
孫正義育英財団の3期生に認定されたおかげで、研究開発費や生活費、学費等の支援があり、学生のリソースとしては恵まれた環境にいたと思います。そんな折に、起業を目指す友人から誘いを受け、ロボットとは関係ない事業だったものの、エンジニアリングの部分を手伝うことになりました。
事業化には至らなかったのですが、スタートアップの世界の面白さを体感できたのは、自分にとって大きなきっかけでした。子供の頃から熱中し続けているものづくりにしてもそうですが、0から1を作り上げていく感覚が好きなのだと思います。
そんな背景があったので、20歳の時に立ち上げた現在の事業につながるプロジェクトで売上が立ったとき、そのまま法人化することに特に迷いはありませんでした。周りに起業してる同年代が多く、何かあれば相談しやすい環境だったのも大きかったと思います。
起業してすぐに直面したのは、事業化の壁です。いくら技術があってもビジネスとして成立するわけではない。自分では分かっていたつもりでしたが、エンジニア的な思考として「技術がよければ売れるんじゃないか」という考えが抜けておらず、本質を分かっていなかったのだと後になって気づかされました。
ヒアリングの果てに見出した食品工場のニーズとペイン
「繰り返し作業の自動化」を目指すにあたり、自分の高専での経験から、最初に目をつけた分野は外食と農業でした。結局「外食の自動化」から始めようと決め、つくば駅の店舗でロボットカフェの実証実験などに取り組んでいったのですが、なかなか思うように行きませんでした。
ターゲットにしていた外食の厨房だと、自動化を導入するにも費用対効果が合わず、どれだけ実証を重ねても、売上が立っていくビジョンが見えてこなかったのです。ロボット技術を使いながらビジネスにしていく難しさを痛感しました。
「顧客が本当に求めるものは何なのか」ひたすらヒアリングを繰り返し、突破口を探し続けました。お客様の求めるもので、技術的に実現可能なもの、自社が使えるリソースと会社としてのタイミング。これら全てが重なる領域を見定めるべく、ひたすら模索する日々でした。
ヒアリングを重ねていく中で、食品工場を紹介いただき、その自動化ニーズを知ることができたのは非常に大きかったです。工場では自動化が進んでいるはずという思い込みから、ターゲットから除外していたのですが、実際に見学してみると、toB向けの食品工場でも十分なニーズやペインがあると分かったのです。
工場の要求に見合うロボットを短期で組み上げ、展示会へ
工場に導入するロボットには、「ずっと安定して動く」技術が求められます。ニーズがあり、かつ自動化されていない分野を絞り込んでいくにあたり、問題になったのは作業の難度でした。
あまりに難しすぎる作業だと、開発にも相応の時間とコストがかかるため、創業間もないフェーズで取り組むには向いていません。とはいえ、簡単すぎる作業はすでに大半が自動化されています。その塩梅を見極め、今の会社のフェーズに合った領域を見出すのに苦心しました。
そうして行き着いたのが、小さな製造ラインにも対応可能なパレタイズロボットです。パレタイズロボットは製造ラインの最終工程で段ボールなどを積上げるロボットです。元々は競合が多く我々が参入する余地が無いのではと考えていました。
しかし営業先の複数の食品工場で手作業で行っていました。ヒアリングを行うと食品工場のような狭いスペースでも導入ができ、現場レベルの人でも設定ができる簡単さが求められていることが分かりました。
「小さな製造ラインにも簡単に導入可能なロボット」というターゲットを見つけてからは、2ヶ月ほどでプロトタイプの立ち上げに成功し、その勢いで展示会に出展。幸い、多くの引き合いをいただき、展示会に出展してから3ヶ月経ったぐらいのタイミングで複数台の受注をいただき、1つの売上の柱が見えてきました。
今思うと、パレタイズロボットを出展した初の展示会ですぐ受注につながった理由として、自社のビジネスを模索していた期間に沢山のヒアリングを積み上げていたことが大きかったと感じます。試行錯誤を重ねる中で、お客様の課題を引き出し、解決できる未来を示す話運びや要件定義のやり方を磨くことができました。
シードラウンドの資金調達後、仲間集めにも力を注ぐ
ようやく売上の柱が見えてきたという段階で、DEEPCOREやepiST Ventures、他個人投資家の方からシードラウンドの出資をいただきました。「シードラウンドの資金調達は創業者を見る」とよく言われますが、ずっとロボットに取り組んできた経緯から、簡単に事業を辞めない人間だと判断いただけたのかもしれません。
資金調達ができた段階では、「これを量産していけば売れる」という確固たるビジネスモデルは出来上がっていなかったので、今のビジネスモデルに行き着くまでには模索の日々が続きました。
ただ、資金面に余裕が生まれたため、ビジネスモデルの模索と並行する形でこの頃から仲間集めも始めました。大学の友達や高専時代の後輩など、知り合い伝手に幅広く声をかけていったのですが、参画してくれる人が結構な割合いてくださり、感謝の気持ちで一杯です。
素晴らしいメンバー達が参画してくれて、同時に継続的に売上が立ちそうなビジネスモデルが見えてきて、Closerの体制は一気に整っていきました。それまでは人件費を削減するべく、フルで働くメンバーは自分しかおらず、営業から開発まで全てほぼ一人でこなすという状態でした。
ですが、今では、経営者としての仕事に集中できるようになってきました。プロダクトの導入自体は進んできたので、今は実績を増やすべく、新規獲得に全力投球しているところです。
エンジニアリングの専門家から経営者へのシフトチェンジ
もともと技術畑の研究者だった樋口さんが経営者へとシフトしていくまでには、様々なハードルがあったのではないかと推察しますが、そのあたりはいかがでしたか。
エンジニアリングとビジネスにおける営業的な考え方は、真反対の位置にあると考えています。その両極の視点をうまくまとめつつ、事業にしていくのはやはり大変でした。ただ、私の場合は同世代の起業家仲間が周りにいて、都度相談できる環境だったことが支えになりました。
あとは、Closerに出資くださったエンジェル投資家の方々は、皆様本質を押さえている方ばかりなので、相談させて頂く度に、伺ったことを信じながら色々とやり方を変えてきた感じです。
あと苦労した点としては、長年研究や開発をやってきた人間なので、その感覚のまま人に話すと思うように伝わらないということがよくありました。技術のことやプロダクトの価値をどうすれば分かりやすく説明できるのか。何度も失敗しながら、伝え方の改善を続けています。
ロボット技術による自動化が「身近」になる未来に向けて
最後に、Closer社の今後の展望について教えてください。
Closerは、社名の通り、ロボット技術による自動化をより身近なものにしていくべく、事業を展開しています。そのため、より多くの方に安定してロボットを提供できる土台を作るべく、まずは3年で100台のロボット導入を目指しています。
その短期目標をクリアできれば、次は並行して、より技術的に難しいものにも挑戦していき、ロボット技術をより広範囲に提供できるようにしていきたいです。そのためにも、当社の目指すビジョンに共感してくれる優秀な人材をさらに集めていく必要があると感じています。
ようやく事業内容やビジネスモデルが固まってきたので、これからのCloserは、「やればやるほど成果が出る」フェーズに入っていきます。会社の成長を間近で感じられる最高のタイミングといえるでしょう。
私達が目指すのは一貫して、「人がやりたくないと感じる大変で面倒な作業をロボット技術で自動化すること」です。特に当社がターゲットとしている食品などの産業は、自動化ニーズが有るにも関わらず、競合があまりいない領域です。
Closerは、そんなブルー・オーシャンを新たな技術で解決しようとしている会社です。研究レベルでは、普通に使われているような技術が、想像以上に実用化されていないのが現状です。日本の強みである産業用ロボットをソフトウェアでアップデートしていくことで、日本のみならず、国内外での発展を目指していきます。
ロボット技術による自動化がもっとシンプルかつ身近になっていく。そんな未来を新メンバーと一緒に目指していきたいと思います。自分の専門領域に限らず、他分野のメンバーとも互いに尊重し合いながら、共創できる方のご応募をお待ちしています。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
株式会社Closer
https://close-r.com/
- 設立
- 2021年11月
- 社員数
- 30 名(パート、業務委託含む)
《 Mission》
・ロボットを当たり前な選択肢へ
・パーソナルロボットを実現する
《 事業分野 》
AI・IoT・Robo
《 事業内容 》
筑波大発AIロボティクスベンチャー 株式会社Closerは「ロボットを当たり前な選択肢へ」をビジョンに掲げ、自動化の進みにくい食品産業、三品産業を対象に、労働力を補完するロボットシステムの研究開発と提供を進めています。