デジタルヘルスケア:IT×医療の魅力と課題

薬に取り付けて健康状態を調べられるセンサーIngestible Sensor。米国ではデジタルヘルスケアのスタートアップが数多く誕生している。 (画像出典:http://internetmedicine.com/2012/08/31/ingestible-sensors-in-pills-approved-by-fda/)

 

ITを用いて診断・治療を行うことを可能にするデジタルヘルスケア。その現状と課題に迫ります。

 

薬に取り付けて健康状態を調べられるセンサーIngestible Sensor。米国ではデジタルヘルスケアのスタートアップが数多く誕生している。
(画像出典:http://internetmedicine.com/2012/08/31/ingestible-sensors-in-pills-approved-by-fda/)

皆様は報道などで「デジタルヘルス」という言葉を聞いたことはございますか?デジタルヘルスケアとはスマートフォンや光学センサーといったデジタルツールを活用したヘルスケアビジネス全般を言う言葉で、市場成長性が高いことから世界中の医療関係者およびIT関係者、ベンチャー関係者から注目を集めている分野です。日本でも厚労省を始め各関係者に動きがあります。今回はこのデジタルヘルスケアに注目する、日本のベンチャー企業をアマテラスの視点からご紹介いたします。

デジタルヘルスケア市場の魅力〜高い市場成長性と幅広い市場領域。医療の現場の効果も〜

デジタルヘルスケア市場の魅力はその高い市場成長率にあります。独大手コンサルティング会社のローランド・ベルガーによると、今後5年の間に年に2桁以上の成長が見込まれ、主な領域だけを挙げても2020年時点には世界で1,000億ドル・日本円にして12兆円以上の市場規模が期待されています。

ローランド・ベルガーが分析したデジタルヘルスケア各部門の市場規模予測。(ローランド・ベルガー「THINK ACTデジタルヘルスの本質を見極める」http://www.rolandberger.co.jp/media/pdf/Roland_Berger_Shiten104_20150323.pdf より筆者作成)

 この要因としては、米国・オバマ政権が2009年に成立した「ARRA法(米国再生・再投資法)」により電子カルテ導入推進策が形成されるなど各国政府が医療のIT化を推進する政策をとっていることや、IT技術とセンサー技術の普及により健康・医療に関するデータを常時取得可能になったことが挙げられます。日本においても厚生労働省が2015年から「データヘルス計画の作成と実施」というプロジェクトの実施を健保組合に求めさせる、などデジタルヘルスケアを普及させる政策が始まっています。特にメンタルヘルスについては2015年12月に改正労働安全衛生法が成立し、従業員50名以上の全事業所でストレスチェックが義務化されることとなったため、高い市場成長が期待されています。

また経済界も、経済同友会が2015年4月に「デジタルヘルスーシステムレベルでのイノベーションによる医療・介護改革を」という政策提言を発表するなど、デジタルヘルスケア参入に対して動きを見せています。また市場領域の広さも魅力です。健康家電やウェラブル機器といったハードウェアはもちろんのこと、電子カルテや病院内で使われる機器の支援ツールなどソフトウェア産業も揃っています。こうしたことから医療分野だけでなくソフトウェア業界や家電業界など様々な業界からの注目が集まっており、経済新聞を騒がせています。

 デジタルヘルスケアは市場規模が大きいだけでなく、遠隔医療や患者モニタリングシステムなどによって医療に新たな付加価値を提供することができるのも注目されています。また、スマホアプリやウェラブル端末によって収集されたデータを元にした「予防」「患者管理」による一人一人にあった治療法が提供され、医療コストが削減されることも期待されています。

世界各地で出現するデジタルヘルスケア・ベンチャー。日本でも出始めた。

糖尿病患者向けアプリ「WellDoc」。米国ではアプリによる治療が当たり前のものになりつつある。(画像出典:http://venturebeat.com/2013/04/05/welldoc-is-the-next-med-tech-acquisition-sources-say/)

 デジタルヘルスケアに取り組むのは大企業だけではありません。独自の技術を持つITベンチャー企業も乗り込みつつあります。特に動きが目立つのが患者向けのデータ測定デバイスや病気予防や服薬管理に使われる医療用アプリです。ベンチャーの本場・米国の主な企業としては、錠剤にくっつける無線チップIngestible sensorを開発する「Proteus Digital Health」、希少疾患患者向けSNSを提供する「patientslikeme」、糖尿病疾患向けの疾患管理アプリ「Welldoc」、電子カルテと遺伝子情報を統合し製薬会社の研究開発部門にデータを供給する「M2gen」などが挙げられます。

 また日本でも少しずつではありながらも、デジタルヘルスケアに挑む医療ベンチャーが現れ始めました。代表例としては慶應義塾大学と共同研究を行って禁煙アプリを開発する「キュア・アップ」、メンタルヘルスケアのサポートサービスを企画する「ユナイテッド・ヘルスコミュニケーション」、調剤薬局向けに電子カルテシステム(電子薬歴)を提供する「グッドサイクルシステム」などが挙げられます。日本の医療ベンチャーはこれまで病院の予約や医療系人材紹介など治療とは直接関係のない周辺業務からの参入がほとんどを占めていましたが、規制の厳しい診断・治療分野での参入が出てきたのは注目に値すると思います。

デジタルヘルスケアにおける課題

しかしデジタルヘルスケアに関する課題も多数指摘されるようになりました。世界中のデジタルヘルスケアを分析したローランド・ベルガーのレポートでは、以下の3点を課題として掲げています。

  1. 対価の価値あるマネタイズ手法が不在
  2. 関係者が極めて多い中でのコンセンサスの取り方
  3. 技術進歩の速さによる不確実性の高さ

 特に2番目と3番目は医療業界・IT業界それぞれ個別で見ても言われる課題であり、2つの要素を併せ持つデジタルヘルスケアでは顕著に出てくる問題だと思われます。また、日本の場合これらに加えて企業活動に厳しい医療政策も加えられるのではないかと思います。例えば日本では皆保険制度があるために、商品化直後には保険適用とならない最新の治療技術がなかなか利用されないという問題があります。更には製薬会社への広告規制や個人情報保護法などの法制度も厳しいという問題もあります。

禁煙を始めとする治療アプリ開発に挑む株式会社キュア・アップ。エンジニアを始め、人材を積極的に募集している。(画像出典:http://cureapp.co.jp/)

 デジタルヘルスケアを担うベンチャー企業に不足しているのは、上述した4つの課題を解決できる人です。具体的には以下の様な人々が該当すると思います。

  • 医師・看護師・放射線技師など様々なクライアントからニーズを汲み取り商品を開発できるプロダクトマネージャー
  • 医療関係者・IT関係者両方のニーズを汲み取り商品を紹介できる営業マン
  • 研究開発部門と政府担当とを繋ぎあわせ審査を円滑に進められる法務担当者
  • 医療系事業には不足がちなITに関する知識を補える経験豊富なWebエンジニア。特に多くのエンジニアをまとめられるリーダー級の人
  • 増大する研究費などの経費を抑えられる財務担当者
  • 上述した多様な人々をまとめ上げることの出来る人事部門のリーダー

 中でも異なる業種・職種の人と意見の合致をとれるコミュニケーション能力に長けた人材は極めて不可欠な人材ということができます。医療もITも職種は多くそれぞれ考えていることが大幅に違うため、意見を集約しコンセンサスをとれる強力なリーダー・幹部候補人材が、デジタルヘルスケアのベンチャー企業を成長させるには欠かせないものとなります。

参考文献

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アマテラス編集部

「次の100年を照らす、100社を創出する」アマテラスの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。