フードテック(FoodTech)スタートアップ(1):コーヒーとスイーツの未来

BAKEのシュークリーム業態・クロッカンシューザクザク。各店舗で作られるシュークリームは連日改良が重ねられている。(出典:http://www.bake-jp.com/magazine/?p=1916)

皆様はフードテック(FoodTech)という言葉をご存知でしょうか?これはFoodとTechnologyからなる造語で、食品関連産業に情報通信技術を融合した事業を指す言葉になっています。

その中でも今回皆様にお伝えするのは、ブルーボトル・コーヒーやBAKEといったコーヒー・スイーツに関するスタートアップの話です。一見すると極めてベンチャー企業/スタートアップから遠い領域に移るかもしれません。しかし彼らの思想には、ITベンチャー企業/スタートアップにも共通する要素が多数登場します。その思想を4つのキーワードに分けてご紹介いたします。

(1)シングルオリジン〜1箇所の農園・農家からの直接取引〜

日本でも話題となったブルーボトル・コーヒー。シングルオリジンの元祖とも言える店だ。出典:https://bluebottlecoffee.jp/cafes/ferry-building

 シングルオリジンという言葉は、「違う品種の豆をブレンドせず、同じ生産地・品種の豆のみを使う」という意味を表します。豆ごとに合わせて焙煎の深さを変え、ワインのように産地や品種によって異なる香りや味わいを楽しむことができるのが特徴です。

 シングルオリジンのコーヒーを作るために、カフェ側は育て方に拘りを持つ農園・農家から直接取引を行うという仕入れ方法を取ります。これまでのコーヒーの流通形態は幾層にもわたる卸売業者を経由するため、農園ごとの拘りが消費者に伝えにくくなるという課題を抱えていました。そこでシングルオリジンの考え方を持つコーヒーショップでは、卸売業者を介さず農家・農園から直接取引を行うことになりました。農家との直接取引の中ではコーヒーの品質を上げるアドバイスを定期的に行う、市場価格よりも高い価格で豆を買うというやり方をとりました。その結果コストは嵩むものの、コーヒーショップ側は高品質なコーヒー豆を確実に入手でき、かつ時間を重ねるごとに品質は向上されるという大きなメリットを享受することができるようになりました。これらのメリットを受けたコーヒーショップにはサードウェーブ(※)の代表格であり、日本上陸でも話題になったブルーボトルコーヒーやサイトグラスコーヒー(SIGHTGLASS  COFFEE)などがあります。また契約栽培を行う農家も通常よりも高価格で買い取ってもらえるから収入を増やすことができるようになるというメリットがあり、農業の立場からも注目を集めています。

ビーントゥバーの代表格・ダンデライオンの店舗。2016年2月には日本にも店舗をオープンさせる。(出典: http://ayakoishikawa.com/2015/07/24/artisanal-dandelion-chocolate/)

 更にシングルオリジンの考え方は、コーヒー以外にも応用されています。特にチョコレートにおいては、原料であるカカオ豆に拘り、高品質な豆を作る農園と直接契約を行い一つ一つの豆に合わせて加工する「ビーントゥバー(Bean to bar)」という考え方が注目を集めています。この代表例としては、米国ダンデライオン・チョコレート(DANDELION CHOCOLATE)や米国チョー(TCHO)といった著名ショコラティエが挙げられます。日本においては、チーズタルトなどで知られ、生乳を北海道から直接店舗へ配送する仕組みを整えたBAKE(ベイク)などが挙げられます。

※サードウェーブ:浅煎りで飲みやすいアメリカンコーヒー(第一の波)、深煎りのエスプレッソやそれらを利用したラテを売りにしたスターバックスなどのシアトル系チェーン店(第二の波)に続くコーヒー業界第三の波という意味。IT系スタートアップの多い米国西海岸から生まれたため、それらの影響を多分に受けていることで知られる。また古くから豆に拘る喫茶店の多い日本も影響を与えている。

(2)科学的思考で原料や機械を作る

ブロッサム・コーヒーのコーヒーメーカー「Blossom One Brewer」。豆によって異なるレシピを保存できるなど、シングルオリジンのコーヒーショップには極めて有効なコーヒーメーカーとなっている。(出典:http://www.blossomcoffee.com/)

  新しいカフェやスイーツの形を模索するベンチャー/スタートアップは科学的な要素を用いて製品開発を行うのも大きな特徴です。実際にそのような動きを見せる米国企業2社の事例をご紹介いたします。

 1社目が2012年に設立された、ブロッサム・コーヒー(Blossom Coffee)です。同社は水の温度を1度単位で制御できる、豆によって異なる最適な抽出時間や温度をレシピとして保存できるなどの機能を持つコーヒーメーカー「Blossom One Brewer」を開発しました。昨年より量産体制に移り、日本を含む世界各地に出荷されています。同社を経営するジェレミー・クエンベル氏はMIT在学中にアップルにてiPad2を開発するメンバーの一員として在籍するなどエンジニアとしての考え方を持っており、HP(http://www.blossomcoffee.com/design/)にはテクノロジーに関する記述が詳細に述べられているのが特徴的です。

(3)A/Bテスト〜IT企業の手法を用いて、常にレシピ改良を続ける〜

 2社目の事例はパーフェクト・コーヒー(Perfect Coffee)です。同社はコーヒー豆を加工する際の削る工程・グラインドと保存工程に着目し製品開発を行いました。まずグラインドについては、一眼レフカメラと画像解析ソフトを組み合わせて、コーヒー粉の粒子の最適なサイズを計測し、そのサイズのこなの弾き方を再現するシステムの開発を行いました。次にコーヒーの味を落とす豆の酸化を防ぐため、酸素を含むことなく密閉状態でコーヒー粉をパックできる仕組みを開発しました。この結果熟練のロースターが挽いたひきたての状態を2~3ヶ月間楽しめるコーヒー粉を産むことができ、大いに注目を集めることになりました。同社の創業者・ニール・デイ氏はアップルのエンジニアやウォルマートのeコマースシステムの開発者を務めたのち、数多くの企業でCTOとしての経験を営んだ人物です。まさにIT業界のベテランが築き上げたコーヒーと言えるでしょう。

BAKEのシュークリーム業態・クロッカンシューザクザク。各店舗で作られるシュークリームは連日改良が重ねられている。(出典:http://www.bake-jp.com/magazine/?p=1916)

 コーヒーやスイーツのスタートアップが拘るのは店に入るまでの原材料や製造機械の話だけにとどまりません。店舗内の調理やお菓子を作る工程にも数多くの工夫がなされています。特に注目されるのがITベンチャー/スタートアップの手法を用いた、調理法や工程の改善に関する思想・ノウハウです。

 その代表例としてA/Bテストが挙げられます。A/Bテストとは、WEBサイトの閲覧数や広告のクリック数などを調べる際に、二つのバージョン(AとB)のページや広告を用意してどちらの方が良かったかを比べる手法です。WEBサイトやWEBサービスの発展・改良のために使われる手法として、IT系スタートアップでは日常的な業務として行われています。

 この手法が、サードウェーブ・コーヒーを始めとする各地のカフェやスイーツ業界にも持ち込まれています。例えばBAKEにおいては、シュークリームを焼く型番を100枚以上用意し、1回ごとに使うものを次々と変えてそれぞれ膨らみ方を調べて最も売り上げを伸ばせる型番を使うというテストを行っています。またダンデライオン・チョコレート(DANDELION CHOCOLATE)では、仕入れたカカオ豆と機械の組み合わせを調べる際に、工程をひとつだけ変えて味見を行い人気のある方を採用するという手法を取っています。

 厨房を実験室のように使い、最適な工程や調理法を探る考え方としては「Co-creation(コ・クリエーション)」も使われています。これは多様な立場の人たちと対話しながら新しい価値を生み出し製品を開発していくという、ITベンチャー企業/スタートアップではおなじみの製品開発手法として知られています。この考え方を捉えているスタートアップとしては、前述のBAKEが挙げられます。同社では新しいお菓子の試作を出した際にWEB上でフィードバックを得られるというプラットフォームを開発し、毎週(あるいは毎月)1回お菓子を改良するという製品開発手法をとろうと検討を進めています。

(4)システム思考のある幹部人材〜ITスタートアップに共通する人材〜

パーフェクト・コーヒーの創業者・ニール・デイ氏(写真右)。四半世紀に及ぶキャリアを持つベテランのエンジニアだ。(出典:http://sprudge.com/perfect-coffee-startup-54476.html)

 今まで皆様にご紹介したコーヒー・スイーツのスタートアップに共通するのが、「コーヒーやスイーツを単なる食べ物/飲み物ではなく、原材料の確保から加工・製造に至るシステムとして捉えている」という思考法です。そのため、従来のカフェや洋菓子店というよりは、ITベンチャー/スタートアップに近しい要素が多数見受けられます。

 実際に働いている人もITベンチャー/スタートアップにて働いてきたエンジニア出身の人が数多く存在します。前述したパーフェクト・コーヒーの創業者・ニール・デイ氏はその代表格と言えるでしょう。また今回唯一日本の事例として取り上げたBAKEの社長・長沼真太郎氏は札幌の洋菓子店の生まれではあるものの、ITベンチャー/スタートアップに入った大学時代の友人の強い影響を受けているとインタビュー(出典:http://ow.ly/V7NOW)の中で語っています。

 コーヒー/スイーツに関するスタートアップはまだ米国でも始まったばかりの領域です。これからも海外展開や製品ラインナップの拡大などの可能性は大きく、近しい思想を持つIT系スタートアップ在籍経験者を始めとする人々の雇用が盛んになると予想されています。

参考文献

・Taishi Fukuyama「コーヒーとチョコレート 次世代テック起業家たちのニュービジネス」 WIRED.jp vol.12 p44~79・Le Jardin de Qahwah(2014)「シングルオリジンの侵略」http://story.kahve-kanes.com/blog/2014/05/30/so/・アマテラス起業家対談vo.41「株式会社BAKE 長沼真太郎氏との起業家対談」http://www.amateras2011.jp/2015/09/01/vol-41-%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BEbake-%E3%83%99%E3%82%A4%E3%82%AF-%E4%BB%A3%E8%A1%A8%E5%8F%96%E7%B7%A0%E5%BD%B9%E7%A4%BE%E9%95%B7-%E9%95%B7%E6%B2%BC-%E7%9C%9F%E5%A4%AA%E9%83%8E%E6%B0%8F/・THE BAKE MAGAZINE http://www.bake-jp.com/magazine/・Sprudge Staff “Introducing Perfct Coffee, A Bay Area Startup That Wants To Make Pre-Ground Coffee Cool ” , SPRUDGE COFFEE NEWS & CULTURE, March25, 2014 http://sprudge.com/perfect-coffee-startup-54476.html

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アマテラス編集部

「次の100年を照らす、100社を創出する」アマテラスの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。