スタートアップに天下り!政府にITベンチャー幹部!官公庁とスタートアップの意外な関係

官公庁とIT系ベンチャー企業/スタートアップというと全く異なる人種が働いており両者間の人材交流は見られない、規制をめぐり常に対立してばかりというイメージを持つ人は多いかもしれません。確かに日本の場合はそのような傾向が見られます。しかし米国では元規制当局の重役、選挙運動に力を発揮したマーケッター、政府との深いコネのあるロビイストなどがスタートアップに参画し、政府とのコネクションを通じてルールを変えていこうという動きがみられます。またインターネットに精通した人物を雇うことで国のデジタル戦略を進めていこうという考えも、米国政府には存在し実行フェーズに移っています。

全く特徴が異なりいがみ合っているように見えて、政府系人材とベンチャー企業/スタートアップ系人材。これらの人材が互いを行き交っている米国の事例を示したのち、日本において期待される効果を説明したいと思います。まずは、政府や業界団体との交渉を有利に進めるため、これら団体の元幹部を積極的に採用しているUberを見てきたいと思います。

法規制を変えるため多数の官僚・ロビイストを採用するUber。元大統領顧問まで採用。

Uberの採用ページ。法務や公共政策に関する募集も世界中で行っており、規制緩和を自ら起こしている。(出典:https://www.uber.com/ja/jobs

スタートアップの中でも政府系機関との関わりが多いことで知られるのがUberです。同社はタクシー・ハイヤー業界およびその保護に関する法的規制をまとめた世界各地の政府と、ビジネスの継続に関する訴訟を幾度となく争ってきました。また法的訴訟まで行かなくても、各地の政府との粘り強い交渉を続けてきた経緯があります。

これに対し、Uberは元政府関係者から構成される連邦公認ロビイストのチームを形成させるなど、法務や政府交渉に当たる人材を多数獲得し対抗しようとしています。その中にはオバマ大統領の元顧問・デビッド・プロフ氏、ニューヨーク市タクシー・リムジン委員会の政策・企画担当の副委員長を務めたアシュウィニ・チャブラ氏などの大物も含まれています。また退役軍人を運転手として採用するUberの軍事プログラム諮問委員会で会長を務めるロバート・ゲーツ元国防長官を始め、多数の協力者を得ているのも特筆すべき戦略です。

これらの人材を引き入れることで、Uberは次第に政府・自治体からの指示を得られるようになり、規制を緩和させ、ビジネスの恒久的停止などの衝突を最小限に食い止めています。このような体制に対しては批判も多数見受けられます。しかし政府の対応を受動的に待つのではなく、政府関係者を人材採用によって巻き込み自ら積極的に規制緩和を仕掛けていくUberの姿勢は、規制に悩む多くのベンチャー企業/スタートアップにとって見習う要素の多いものになっています。

米国では政府にIT系人材が入っている。

米国政府2代目CTO:トッド・パーク氏。Techcrunch を始めとするスタートアップ系メディアにも数多く登場した経験のある人物だ。
(出典:http://techcrunch.com/video/todd-park-us-chief-technology-officer-president-obamas-geek-quotient-is-very-high-in-a-really-genuine-way/517376906/

Uberに限らず、米国では政府にIT系の人材が、IT系スタートアップに政府系人材が流入するケースは極めて多く見られます。

米国では、政府のデジタル化を進めるためIT系の人材を流入させる傾向があります。代表例としては米国政府によりテクノロジーに関して大統領にアドバイスする役職としって設立されたCTO職が挙げられます。世界をリードするIT系スタートアップを多数輩出する米国ですが、選挙・会社登記・税務・警察・教育・医療などの政府関連のデジタル化では、デジタル政府先進国会議に参加する5カ国(英国、ニュージーランド、韓国、イスラエル、エストニア)に遅れをとっています。これを改善するために2009年よりCTO職が設けられました。この役職についたのは、ヘルスケア系シンクタンク出身者のアニス・チョプラ氏(在任期間2009年8月~2012年2月)、ヘルスケア系スタートアップの創業者であるトッド・パーク氏(在任期間2012年3月~2014年8月)元Google幹部でGoogle X(自動運転やGoogle Glassなどを主導したGoogleの研究開発部門)を監督していたミーガン・スミス氏(在任期間2014年8月〜現職)となっています。彼らはいずれもIT系スタートアップのマインドを理解している人物で、政府のデータのオープン化などを主導しています。これは大手ベンダーに依存しがちな日本の官公庁とは大きく異なる点です。

またオバマ大統領はインターネットを多用して若年層支持を拡大したことでも知られています。それを主導したのがFacebookの創業者・クリス・ヒッグス氏です。同氏はオバマ支持者がネット上で発言し意見をシェアしたがっていることに注目し、オバマ選挙用のコミュニティをFacebookに設置しました。この試みはネット上の意見交換を活発化させ、オバマ支持層を広げることに大きく貢献しました。

規制が厳しい日本では、スタートアップの政府関係者雇用は可能性が大きい

シェアリングエコノミー協会。規制緩和が重要な争点となるこの協会に政府関係者が多数入れば面白くなりそうだが・・・(出典:https://sharing-economy.jp/

では日本の場合、ベンチャー企業/スタートアップと政府の規制当局との交渉はどのようになっているのでしょうか。現在は「シェアリングエコノミー協会」・「クラウドファンディング協会」・「クラウドソーシング協会」のように何らかの非営利団体を作って交渉を行うのが主流となっています。しかし、これらの協会は基本的にベンチャー企業/スタートアップの人材のみが入会しているにすぎず、既存団体側・規制当局側の人材が入っていないという現状があります。その原因としては日本のベンチャー企業/スタートアップにとって官僚や政府関係者は目の敵として捉えられる傾向があり、なかなか人的交流がみられないことにあるかと思います。日本の場合、退職した官僚が民間企業や財団法人の幹部として採用される「天下り」というとメディアの影響からか、あまりいいイメージが持たれていないというのも原因の一つかもしれません。確かに新規参入を阻む既得権益など日本経済、特にベンチャー企業やスタートアップを苦しめる一因になったのは事実であり、嫌悪感を持つ人が多数いてもおかしくはないと思われます。

しかし、結果として官僚や政治家へのロビイングが既得権益側の主体ほどうまくいかず、関連する規制がなかなか緩和されないという問題が生じています。既存団体である旅館側にとって有利に働いた民泊規制やタクシー業界の発言力にベンチャー企業/スタートアップ側が負けてなかなか進まないライドシェアの規制緩和を見れば、その実態がわかるかと思います。

ただ「天下り」は政府とのコネクションを保つ手段でもあり、企業活動の制約となっている規制を緩和させる手段としても使えるというのも事実です。そしてベンチャー企業/スタートアップが天下り官僚を受け入れれば、かつての公共事業関連団体のようなやり方で、自らにとって有利なルールを設定でき、タクシー業界や旅館業界などの既存規制団体に対抗できる可能性も十分に考えられるのではないかと考えています。

政府とコネクションがある人を採用しロビイングを行うとなると、多額の費用はかかります。また日本の場合、米国ほど官公庁側がデジタル化やベンチャー企業/スタートアップの重要性をあまり認識しているとは言いがたいため、天下り先として捉えられる可能性は現時点では低いといえるでしょう。官公庁は解雇されることがなく人材が辞めづらいため、人材流動性も高いとはいえません。更に天下り自体に対しマスコミからの反発も大きいため適切なメディアコントロールも必須といえるでしょう

しかしある程度大きくなったベンチャー企業/スタートアップの場合は、市場規模そのものの拡大を目指す上で検討の余地もあるかもしれません。

官僚に有能な人物が集まる日本では、規制関連以外での期待も可能。

日本の高学歴層が集まる霞ヶ関。この人材をスタートアップに転職させると、成長する企業が出てくるかもしれない。(“Kasumigaseki 1 and 2 chome, Chiyoda” by Miyuki Meinaka – 投稿者自身による作品. Licensed under パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ

また日本の場合、政府関係者を雇うことは規制緩和以外でも役に立つことがあります。

一つの注目点は人材の優秀さです。日本の場合官公庁、特に国家総合職試験を通過したキャリア官僚は全学生の中で最も高学歴かつ大学でも相当に勉強し優秀な成績を収める傾向にあります。これは大学ランクの高い学生が起業、NPOやベンチャー企業/スタートアップに就職する傾向を示す米国とは違う傾向です。また深夜遅くまで働くのは日常茶飯事であり、それを残業代なしでこなすという相当なハードワーカーでもあります。さらには国家試験に合格するために様々な学問を身につけた情報収集能力や政治の様々な側面に対応するための業務知識を多数身につけている人物でもあります。これらの要素はベンチャー企業/スタートアップにおいて、経営者の描く成長戦略を実行する際に役立つ要素が多数含まれています。

もう一つ注目点は人件費の安さです。ベンチャー企業/スタートアップに転職する年齢層である20~30代の場合、人件費は大手企業と比べて数百万円以上も安い水準になっています。実際30歳の官僚の年収は、500万円程度と大企業と比べても相当低く、予算の少ないベンチャー企業/スタートアップでも雇える水準になっています。

こうしてみると官僚の特性はベンチャー企業/スタートアップに向く要素も多く見られることがわかります。事実アマテラスに転職相談に来る方によると、経済産業省などの官庁では自分のやりたい仕事を決めて実行に移せるベンチャー企業/スタートアップに転職をする人が出始めているようです。今後は規制緩和に乗り出す、やりがいを求めるなど様々な理由により官僚からベンチャー企業/スタートアップに転職する人が現れるとアマテラスでは予測しています。

政府にもベンチャー企業/スタートアップ系人材を!

日本のスタートアップ・シーンをリードしてきた渋谷。ここで働くIT系人材の中から政府の戦略に関わる人々は出てくるのだろうか。
(By Comyu – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=17796023

またデジタル政策を進める政府側もベンチャー企業/スタートアップの立場がわかる人材を流入させることが今後重要な課題になると思われます。日本政府は近年、決済アプリやポイントカードの一本化を国が主導して行うなど積極的なデジタル政策を進めています。しかし前述した決済内容を含めこれらの施策には本来民間企業がやるべき、と思われる領域も多く含まれ問題視されています。

デジタル化したい領域の中で本当に政府がするべきことは何か。民間がすべきであり政府がすべきでない領域は何か。これを見分けるには、デジタルに精通した人材が政府の中にいる必要があります。そしてそのような人材はベンチャー企業/スタートアップにこそたくさんいる領域です。渋谷や恵比寿、青山、六本木といった地域にいるベンチャー企業/スタートアップ系人材の中から霞ヶ関や永田町で活躍する人々が出て、諸外国に比べ遅れがちな日本のデジタル戦略を推し進めてくれたら、と我々は期待しています。

参考文献

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アマテラス編集部

「次の100年を照らす、100社を創出する」アマテラスの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。