Agtech(農業ベンチャー)3: スマートアグリ/農業IT化の未来は本当に明るいのか?

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 無人トラクターなどの農業ロボット、水や土壌の状態を図るセンサー、上空からデータを取得するドローン・・・近年農産物生産の現場に最新のIT技術を導入する試みが盛んになりました。これらの最新技術を導入することで農業生産の効率化を実現しようとする試みはスマートアグリないしスマート農業と呼ばれ、国の施策としても重視される取り組みになっています。

 しかしこの試みは、本当に問題山積の農業を変えうる原動力となりうるのでしょうか?大学院にて農業経済学を専攻した経験を活かして、拙いながらも書いてみたいと思います。

スマートアグリに参入する企業は多い。ベンチャー/スタートアップも見られる。

土の中にある水分量を計算し最適な水やりの方法を伝えられるセンサー。通常数十万円かかるが、東京大学発ベンチャー企業であるSensprout(センスプラウト)のものを使うと数千円でできる可能性が秘められている。(参考:https://www.indiegogo.com/projects/changing-global-agriculture-by-sensprout#/story)

土の中にある水分量を計算し最適な水やりの方法を伝えられるセンサー。通常数十万円かかるが、東京大学発ベンチャー企業であるSensprout(センスプラウト)のものを使うと数千円でできる可能性が秘められている。(参考:https://www.indiegogo.com/projects/changing-global-agriculture-by-sensprout#/story

 スマートアグリの市場成長は今後10年の間に急激に拡大することが予想されています。その中核を担う農業IT化の市場規模は2020年までに500~600億円と予測され、2013年の66億円と比べ約9倍もの市場規模を実現できているという予測がなされています。特に農業クラウドサービスは2013年から2020年にかけて約28倍の規模に拡大すると言われています。また関連市場である植物工場についてはさらに巨大な市場規模を持ち、2025年に1500億円規模と現在の6.4倍に成長するとも言われています。

  この市場規模の巨大さゆえに参入を希望する企業は多く、中でも大手電機メーカーが半導体製造に使われる温度管理や水分管理の技術・データ収集のノウハウなどを活かして参入するケースが多々存在します。特に富士通が提供する農業クラウドAkisai(アキサイ)は、露地栽培から施設園芸までカバーを行えるという点や低カリウムレタス(生野菜を食べるのが難しい腎臓病を患う人でも生食可能なレタス)など独特な野菜を作れるという点から、農業分野におけるITの活用事例として紹介されることが多くなっています。それ以外には、日立やパナソニック、東芝などに動きがあり、報道などで話題となっています。

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群れごと肉牛・乳牛を管理することのできるファームノートの牛群管理システム。病気や出荷状況などを容易に管理できるなど牧場にとってのメリットは非常に大きい。(参考:http://farmnote.jp/features/index.html)

群れごと肉牛・乳牛を管理することのできるファームノートの牛群管理システム。病気や出荷状況などを容易に管理できるなど牧場にとってのメリットは非常に大きい。(参考:http://farmnote.jp/features/index.html)

 またスマートアグリに参入するベンチャー企業/スタートアップの動きも最近ではよく報道されるようになってきました。主な企業としては、酪農・畜産向けの牛群管理システムを提供するファームノート、印刷技術を用いることで超低価格(従来数十万円したものが数千円になる可能性)で提供出来る土の中の水分量を図り最適な水分量を教えられるセンサーを実現したセンスプラウト、生産者と飲食店・食品加工業者をつなぐベジプロバイダー事業や農業用ロボット開発を行うエムスクエア・ラボなどが挙げられます。

 また大手企業同様異業種のベンチャー企業/スタートアップもスマートアグリに参入しています。例えば九州大学発ベンチャー企業でセンサーを活かしたIoTシステムを提供するスカイディスクでは、農業分野を一つの活用法として捉え営業を進めています。

農業経済学的に見るスマートアグリ〜土地集約と販路開拓が大きな制約に〜

しかし参入企業が多いことは、スマートアグリの未来が明るいことを意味するのでしょうか?私はそうは思いません。その理由としては以下の2つの点が挙げられます。

  1. 土地に依存する技術の存在
  2. 農協弱体化による販路開拓の問題

これら2つについて詳しく探ってみましょう。

1.土地に依存する技術の存在

エムスクエア・ラボが提供する収穫ロボット。このような技術を用いる場合は土地集約化による農業生産者の経営規模拡大が欠かせない。(参考:http://www.projectdesign.jp/201506/newidea-for-change-agriculture/002136.php)

エムスクエア・ラボが提供する収穫ロボット。このような技術を用いる場合は土地集約化による農業生産者の経営規模拡大が欠かせない。(参考:http://www.projectdesign.jp/201506/newidea-for-change-agriculture/002136.php)

一言にスマートアグリ・農業のIT活用と言っても使われる技術は様々なものがあります。このためそれぞれの技術を分解して考える必要が出てきます。そこで、私の大学院時代の専門であった農業経済学の観点から分類いたしましょう。

 農業の技術には大きく分けてBC技術とM技術という2種類の技術があります。BC技術は農薬や肥料など生物学(Biology)と化学(Chemistry)の知識を掛け合わせた技術で主に植物の成長過程において使われる技術です。一方M技術は農産物の収穫・耕運などの際に使われる機械(Machine)に関する技術でトラクターやコンバインといった農業機械が含まれています。前述した技術だと精密農業やAI農業についてはBC技術、ロボットについてはM技術と言えるかと思われます。

 この技術分類は土地の依存という点でも大きく異なります。農薬や肥料などのBC技術は、植物自体や土地自体を改良して一面積あたりの収穫量を増やす技術なので土地に依存しません。一方農業機械などのM技術の場合はある程度の広さがなければ手作業でやっても手間が同じであるため、土地の広さが必要となります。

しかし日本の場合、多数の農家が小規模の農地を所有する形態でありかつ農地取引に大幅な制限がかけられるという厳しい規制がなされています。そのため、M技術に分類されるロボットなどについては期待された効果を発揮できなくなる可能性が高いといえます。

 かつてトラクターやコンバインなどの農業機械が売られた際には、手作業でやっても大して手間のかからない狭い農地に導入されたために期待された効果を発揮できず、ただ費用がかかるだけという「機械化貧乏」という言葉が叫ばれていました。現代においても技術進歩と同時に土地集約を進めなければ、かつてと同様生産性が増さずただ費用がかさむだけになり、「IT化貧乏」という言葉が生まれてもおかしくはありません。ゆえにスマートアグリ/農業のIT化を進むためには農業生産者の所有面積拡大・土地集約を進める必要があります。

2.農協弱体化による販路開拓の問題

スカイディスクの農業センサーシステム「畑守」。個別農業生産者に新規営業を行うことで導入を進めている装置の一つだ。(参考:https://skydisc.jp)

スカイディスクの農業センサーシステム「畑守」。個別農業生産者に新規営業を行うことで導入を進めている装置の一つだ。(参考:https://skydisc.jp)

スマートアグリ促進に関して土地集約化と並ぶ課題として考えられるものに販路開拓が挙げられます。これまで生産者は必要な器材や資材を購入する場合農協から購入するのが一般的な方法で、ゆえにメーカーは農協に卸すのが一般的な方法でした。

しかし赤字続きで非効率な経営が続いていること、ホームセンターやECサイトなどより安い価格で手に入りやすい手段が出てきたことなどから農協の営農分野(資材の卸売りや出荷など農業に関する分野)は見直しが叫ばれている分野となっています。実際近年はJA全中の解体を皮切りに政府からも見直しに向けた政策が具体化しつつあり、農業生産者は農協以外の卸売先・資材購入先を検討しつつあります。

ただ農協以外に卸すとなると、個別の農業生産者に売る・ホームセンターに卸す・自治体と組むなど様々な手段が考えられます。それらの手段は農協販売とは違い確立したやり方はありません。ゆえに新規営業を行う必要があり、そのための体制作りが必要となるでしょう。

スマートアグリ/農業IT化を促進するには、文系人材の活用が求められる。

エムスクエア・ラボが提供するベジプロバイダーサービス。このような農家との関係性を築くサービスを作ることもスマートアグリ推進には欠かせない施策だ。(参考:http://vegiprovider.jp/)

エムスクエア・ラボが提供するベジプロバイダーサービス。このような農家との関係性を築くサービスを作ることもスマートアグリ推進には欠かせない施策だ。(参考:http://vegiprovider.jp/)

先ほども求めた通りスマートアグリ/農業IT化で問題になっているのは、土地集約問題と販路開拓問題にあります。それらを解決するのに求められる人材は、以下の3種類の人材ではないかと思います。

1.政府や自治体・農業委員会・農協と交渉できる政府関連の人材
2.販路を自ら作れる新規営業向けの人材
3.海外での事業開発ができる人材

このうち1.については以前の記事「スタートアップに天下り!政府にITベンチャー幹部!官公庁とスタートアップの意外な関係」でもお伝えしたように、コネクションを活かし規制を自ら変えていくことができる人材のことです。土地集約を進めるには株式会社の農地所有・農業生産法人への出資など様々な規制を変えていく必要があります。しかし政府の反応を見ているだけでは時間がかかり、Agtech(農業ベンチャー/スタートアップ)側が対応できません。だからこそタクシー団体の元幹部やホワイトハウスのOBを入社させロビイングすることで規制を緩和し続けたUberのように、受けれていくことが求められるでしょう。農協改革で職を失うことが予想されるJA全中やJA全農の職員・出世コースから外れた農林水産省の官僚などを受け入れると日本のAgtech(農業ベンチャー/スタートアップ)は面白いことになるかもしれません。

 また2.の新規営業については農業分野において、必ずと言っていいほど求められていることです。個別の農業生産者の力がまだまだ弱い日本においては営業活動を行うのもかなり大変ではありますが、今後は集約化も進み農業生産者側がスマートアグリ設備を購入できる機会も増えることでしょう。こだわりの生産技術を持つ農家とレストラン経営者など味にうるさい消費者を結ぶベジプロバイダーサービスを営むエムスクエア・ラボのように、一軒一軒あたりの農家を開拓する体制作りは今後欠かせないものになってくると思います。

とは言っても、日本国内の土地集約化は農業生産者だけでなく政府・自治体なども絡む複雑な問題です。解決は容易ではありません。そのため短期間で成長するためには、スマートアグリを営むAgtech(農業ベンチャー/スタートアップ)は国内だけでなく海外に新たな市場を求めて参入することが欠かせません。それが故に3. 海外での事業開発ができる人材が求められているといえます。例えばセンスプラウトではインドや米国ジョージア州など干ばつや土壌劣化、水不足に悩まされる地域への参入を見据えて動いています。実際サンフランシスコで開かれたベンチャー企業/スタートアップ向けの世界大会「ザ・ベンチャー(THE VENTURE)」にも出場し、第2位に選ばれるなど成果も残しています。このように国内だけでなく海外でビジネス案件を作り、プロジェクトを進めていく海外展開のプロもスマートアグリで勝負しようと目論むAgtech(農業ベンチャー/スタートアップ)には必要ではないかと思われます。  

参考文献

  • 株式会社シード・プランニング(2014)「農業IT化の市場規模予測」2014年1月9日 htps://www.seedplanning.co.jp/press/2014/2014010901.html
  • 黄金崎元(2014)「植物工場を新たな柱に 電機大手が相次ぎスマートアグリ参入」2014年6月5日 http://www.sankei.com/economy/news/140605/ecn1406050017-n1.html
  • 月間事業構想2015年6月号「エムスクエア・ラボ 「ベジプロバイダー」で流通を変える 稼ぐ農業へ、「おいしい」を共創」p24~27
  • 月間事業構想2016年1月号「SenSprout 超低価格の土壌モニタリングシステム 農業課題をテクノロジーで解決」p48~49
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