母の背中から学んだ経営者の本質――福島の個人商店からアジアを代表するマーケティングカンパニーへ

株式会社イノーバ代表取締役 宗像淳氏

世の中の多くの企業にとって、加速的に変化するトレンドに対応したマーケティング戦略が不可欠な時代となっています。ことデジタルマーケティングにおいては検索エンジンやソーシャルメディア、コンテンツマーケティング等多様な手法があり、効果的なプロモーションの創出に頭を悩ませている企業も少なくありません。

株式会社イノーバはコンテンツマーケティングのサービス提供を中心に、企業のデジタルマーケティング全般をサポートしている会社です。優れた技術やサービスを持っていても規模や実績の問題で海外に進出するチャンスがなかなか掴めない、そんな企業を強力にサポートするべく、アジアナンバーワンエージェンシーを目指しています。

代表取締役社長CEOの宗像淳氏はコンテンツマーケティングの概念を日本に導入した第一人者として、起業以来常に時代の変化の最前線に立ち続けて来ました。インタビューではお母様の商店を手伝いながら学んだ経営の本質、何度も迎えた経営危機を乗り越えたマインドや行動力、イノーバ社の今後の展望などについてじっくり伺いました。

宗像淳氏

代表取締役
宗像淳氏

福島県立安積高校、東京大学文学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(マーケティング専攻)。
1998年に富士通に入社、北米ビジネスにおけるオペレーション構築や価格戦略、子会社の経営管理等の広汎な業務を経験。
MBA留学後、インターネットビジネスを手がけたいという思いから転職し、楽天で物流事業立ち上げ、ネクスパス(現トーチライト)で、ソーシャルメデイアマーケティング立ち上げを担当。ネクスパスでは、事業開発部長として米国のベンチャー企業との提携をまとめた。
2011年6月にコンテンツマーケティング支援の株式会社イノーバを設立、代表取締役に就任。

株式会社イノーバ

株式会社イノーバ
https://innova-jp.com/

設立
2011年06月
社員数
65名

《 Mission 》
個人と企業にイノベーションの力を与える
《 事業分野 》
SaaS・webサービス
《 事業内容 》
コンテンツマーケティング企画・制作・運用
マーケティングソフトウェアの開発

商店を経営する母の背中を見て、商売の面白さを知った子供時代

アマテラス:

初めに生い立ちについてお聞かせ下さい。子供時代の経験で、今に繋がるような原体験となったようなことはありましたか?

株式会社イノーバ 代表取締役 宗像淳氏(以下敬称略):

福島県の農村部出身で、両親と9歳上の兄、6歳上の姉、末っ子の私という家族構成で育ちました。
父は公務員で、母は田舎によくある「よろず屋」というのでしょうか、食料品も洋服も種も肥料も扱う商店を経営していました。小学生になった頃には既に店の手伝いをしていた記憶があります。嫌々やっていた手伝いではありましたが、商品を棚に並べ値段を付けてレジを叩く中で「こうやって商売が成り立つのか」という面白さも感じていました。

時代が変わりコンビニや大型スーパーが出て来ると、品揃えの悪い個人商店は次々と潰れて行きましたが、母はあの手この手でしぶとく生き残りました。
「今日やれることは明日に持ち越しちゃダメ」が口癖で、祖父の葬儀中にもお客さんが来ればレジを叩いているような猛烈な働き者でした。私のトラブル耐性や粘り強さは、そんな母の背中を見る中で自然と身に付いたものかもしれません。

私は運動は大の苦手でしたが、忙しい両親に与えられたパズルや学習教材を時間潰しによく解いていたからか、勉強は得意な子供でした。また年の離れた兄姉や店のお客さんなど、年上に囲まれた環境で育ち精神的に少し大人びていたのか、学校でもまとめ役を任されることが多かったです。

田舎の閉塞感を逃れ、広い世界を見るために東京大学に進学

アマテラス:

そんな環境から東京大学へ進学されたのには、どのような思いがあったのでしょうか。

宗像淳:

田舎ですから、小学校は1学年15人ほどの小さな分校でした。1番を取りやすい環境ではありましたが、母からは「将来は東大ね」とよく言われていました。その刷り込みもあったのか、東大への進学には子供ながら少し興味を持っていた気がします。

その後中学高校と進むにつれ、徐々に福島を出たいという気持ちが強くなりました。兼業農家が大多数という環境ではロールモデルとなる人もおらず、将来が全く見えませんでした。両親は「市役所の職員になれば」と言いましたが、もっと広い世界で見たことのないものを見てみたいと思い、東京大学への進学を決めました。

大学時代は私からするとお恥ずかしい限りの4年間です。右も左も分からない田舎者が突然東京に出て来て格好のカモだったのでしょう、渋谷のマルイで店員さんに言われるがまま「メンズノンノ」そっくりそのままの服装を購入したこともありました(笑)。
そんなことで仕送りだけではお金が足りなくなって始めた「てんや」のアルバイトが楽しくなり、授業をサボってバイト三昧、あとは麻雀にカラオケ、そんな4年間でした。

富士通に就職、企業留学でウォートンのMBAを取得するが転職を決意

宗像淳:

大学卒業後は富士通に就職しました。インターネットの黎明期で、Windows95の登場をきっかけにPCやインターネットが急速に普及し始めた頃です。海外営業部門に配属され、輸出業務など様々な業務を担当しました。

入社6年目には会社の留学制度でアメリカのペンシルバニア大学ウォートンスクールに2年間留学し、MBAを取得しました。世界中から優秀な学生が集まる環境で鍛えられたこと、その中で自分の能力を客観視できたことは自信にも繋がりました。

帰国後は新規事業に携わることになりましたが、大企業ならではの社内調整のあまりの煩雑さに、組織の限界を痛感します。また、外資系金融機関に勤めるウォートン時代の仲間の信じられないほど贅沢なライフスタイルを目の当たりにし、転職に気持ちが動き始めました。

実はこの時期、会長秘書への異動の話と、両親ともに癌の疑いがあるという話が前後して舞い込みました。異動すれば会長と共に海外を飛び回る生活になります。一方で、両親に何かあったとき、海外にいて会いに行けない可能性もあります。
散々悩み、出した結論は「そこまでして引き受ける仕事ではない」。転職を決めた瞬間です。

インタビューはイノーバ社オフィスで行った。宗像氏(左)とインタビュアーの弊社藤岡(右)

楽天でビジネスを作る面白さを、ネクスパスで経営の基礎を学び、起業に踏み切る

宗像淳:

転職活動では外資系金融をはじめ様々な業種を検討しましたが、最終的に楽天に転職を決めました。楽天では主に物流事業やオンラインマーケティングに携わり、何もないところからビジネスを創っていく面白さを知りました。

その後、三菱商事とミクシィの合弁会社のネクスパス(現:株式会社トーチライト)に移ります。社員が4名という小所帯で、経営に近いところで経験を積ませてもらいました。

ネクスパスはSNS関連のマーケティングビジネスを行っており、海外のIT業界の動向を調査していました。特にその中で注目していたのが、アメリカのスタートアップが展開するインバウンド方式のマーケティングビジネスでした。少ない資金で起業する「リーンスタートアップ」というコンセプトに出会ったのもこの頃で、「これなら自分にもできるかもしれない」と興味を抱きました。

そんなとき、故郷・福島が東日本大震災で甚大な被害を受けるという悲劇に見舞われます。ニュースで次々と流れて来る映像を見ているうちに、「失敗してもいい。悔いのない人生を生きなければ」という強い思いが湧いてきました。そしてイノーバ設立に踏み切ることになります。

「想い」のないビジネスプランへの叱責で、本当にやりたいことの模索が始まる

アマテラス:

イノーバを創業され、初めはどのような事業に取り組まれたのでしょうか。

宗像淳:

「これをやりたい」という明確な方針を決めて始めたわけではなかったので、最初はワインの割引サービスなど欧米で当たっているビジネスを展開したりしていましたが、どれもうまく行きませんでした。

そこで先輩起業家で投資家でもあるジェフ・チャー氏に当時温めていたビジネスプランを持ち込んだところ、「人の真似事をするんじゃない」といきなり叱責を受けました。「儲かりそうだからという理由で何となく始めても絶対にうまく行かない。例え先が見えなくても、強い想いを持てる事業を行うべきだ」と。

そこからようやく「自分が本当にやりたいビジネス」の模索が始まりました。

社費留学の学費を富士通に返済していたこともあり、程なくして資金が底を尽きて来ました。いよいよ行き詰まり、コンテンツマーケティングに行き着いたのは、ある友人から「宗像さんはいつもコンテンツマーケティングの話をしている」と言われたのがきっかけでした。「ワインのビジネスのときも、『どうやってワインのコンテンツマーケティングをするか』の話をずっとしていた。本当に好きなのはそっちなのでは?」と。そのとおりでした。

それまでは自らのビジネスのマーケティング手段として捉えていましたが、逆にお客様に広げる支援者側の立場になってみても良いかもしれない。思い切ってコンテンツマーケティングのビジネスを始めてみることにしました。

市場の読み違いとマネジメントチームづくりの失敗でいきなりの危機

アマテラス:

イノーバ社は創業からすでに12年目になります。私にとっても宗像さんはコンテンツマーケティングの先駆者という印象が強いですが、創業当時はどのようなご苦労がありましたか?

宗像淳:

まずはマーケティングソフトウェアとライタープラットフォームの二本立てで行こうと考え、資金調達と採用を急ピッチで進めましたが、全く想定どおりに行きませんでした。

主な失敗はマーケットの読み違いと、マネジメントチームのバランスの問題でした。
当時の日本ではコンテンツマーケティングの概念は新しく、私が本やブログ、展示会などでの反響は大変大きく、問い合わせが殺到しました。ところが、「これは行ける」という強い手応えとは裏腹に、売上は一向に伸びません。

今となってみれば、これが「マーケティング業界あるある」だと分かります。この業界はトレンドから遅れることは致命的ですから、とにかく徹底した情報収集が重要です。問い合わせを受けることとビジネスになるかどうかは全くの別問題だとなかなか気付かなかったこと、クライアントの予算の取り方を理解していなかったことは大きな反省点です。

創業直後の大量採用も良くありませんでした。
コンテンツマーケティングへの反響が大きかったことで、社内の凄まじい熱気と共に、社員数も一気に70名まで増加しました。会社として身の丈に合わない経営をしている状態になっていたにも関わらず、私も経営者として未熟だったためうまく軌道修正ができませんでした。

そのような複合的な要因から一時は単月で4500万円の赤字を出す状態に陥り、一旦経営を根本から見直すことになります。従業員全員と面談し、結局半分くらいまで減らす結果となりました。COOやCFO、最終的にはCTOまで去ることとなり、あの時は相当孤独な状況に追い込まれました。

イノーバ社の事業領域。web設計から営業との連携まで一貫してサポートしている

クライアント選定基準の見直しにより、経営危機を乗り越える

アマテラス:

そんな辛い状況から、どのように壁を乗り越えたのでしょうか?

宗像淳:

我ながらトラブル耐性のある方だと思いますが、そこまで来ると逆に腹が据わって「何としてでも乗り越えよう」という気持ちが湧いてきました。まずは全株主に電話で現状を包み隠さず伝え、今後の協力の合意を得ることから着手しました。

浮上のきっかけは、クライアントのターゲットをBtoBの高品質なサービスを求めるクライアントに絞ったことでした。真面目にクライアントの支援をし、きちんと報酬を払ってくれる会社とじっくり向き合って行こうと決めたのです。
最初はホワイトペーパーなどのコンテンツ作成を中心に請け負うところからスタートし、そこから徐々にマーケティング戦略の策定や分析レポートの作成等コンサルティングに業務を拡大して行きました。

Salesforceなどのマーケティングオートメーションツールの登場により、市場が拡大して来たことも大きかったです。日本にもマーケティングの重要性を認識する企業が増えて来たことや、直近で言えばコロナ禍による購買行動の変化などが追い風となっていると感じます。時間はかかりましたが、ようやく軌道に乗って来たという実感があります。

壁は夢への本気度を示すためにある。絶対に逃げないと肝に銘じる

アマテラス:

トラブル耐性が強いというお話がありましたが、宗像さんご自身はどのようなマインドで相次ぐトラブルを乗り切ったのでしょうか。

宗像淳:

まず、経営者の責任として「絶対に逃げない」ことを肝に銘じていました。
『ナニワ金融道』を愛読していたこともあり(笑)、自己破産することは簡単だし、その後の人生にさほどインパクトがないことも分かっていましたが、ここまで支えてくれた投資家の皆さんを裏切れないという気持ちが非常に強かったです。

また、VRの基礎を作ったランディ・パウシュという大学教授の「人生の壁は夢を諦めさせるためにあるのではない。夢に対する本気を示す機会を与えるためにあるもので、夢にそこまで本気でない人たちを諦めさせるものなのだ」という言葉に感銘を受け、毎朝不忍池の神社まで走っては「僕は絶対に乗り越えるので、もっとチャレンジを下さい」などとお願いしていました。
そうしたら本当にCTOが辞めて大ピンチを迎えるんですが(笑)。

仕事の場では「大変な時ほど行動量をマックスに」と考え、色々な人に会って話を聞き、ピンと来たらすかさずリクルートしたりしていました。その頃にジョインしてくれた仲間の一部は、今でも活躍してくれています。

アマテラス:

そのトラブル耐性や忍耐力に繋がる原体験はどこにあったと思われますか?

宗像淳:

やはり母の影響だと思います。一度「これ」と決めたら絶対に諦めない粘り強さは、365日休まず仕事をしていた母の気質だろうと思います。食卓にもつかず仕事をしていたあの姿勢には、経営者になってさらにリスペクトの気持ちが強くなっています。

強みは社員の人柄。社員が安心して働ける職場づくりで離職率を改善したい

アマテラス:

底を打った後は事業も組織も拡大フェーズに入っていると思いますが、拡大フェーズならではの新たな壁もあるかと思います。

宗像淳:

この業界は大量に雇い大量に辞めるという少々ブラックな側面があり、私たちも同様に高い離職率に悩んだ時期がありました。創業初期は、これは市場の未成熟さや業界特有の問題だと思っていましたが、途中から「もしかしたら社内に理由があるのではないか」と考え始めました。

そこである時、この会社に定着し活躍している人達に会社の良さをヒアリングしてみたところ、皆が異口同音に口にしたのは「社員の人柄の良さ」でした。会社にとって最大の財産は人であることを痛感し、そこから本気で「社員が安心して働ける職場づくり」に取り組みを始めました。

まずは組織を文鎮型からピラミッド型に変え、現在はこれをさらに進化させるべく検討を重ねているところです。また、会社が目指すべき方向をしっかり示すため、以前は何となく共有されていたMVVをしっかり言語化し、それを社内に浸透させたことで組織として一体感が生まれて来ました。

社員教育にも力を入れています。ミドル育成を始めてそろそろ2年になりますが、手応えを感じつつあるところです。最近はふたたび急ピッチで採用を増やしているので、過去の反省を生かし、育成の仕組みづくりも整えていきたいと考えています。

全社イベントでの集合写真。普段はリモート勤務で全国各地にいる社員が一堂に会する

アジアでナンバーワンのマーケティング会社を目指したい

アマテラス:

今後のお話も伺います。イノーバ社が描いている将来像と、その実現のために感じている課題をお聞かせいただけますか?

宗像淳:

マーケティング業界にはサイバーエージェントさんをはじめ短期間で大きく成長した企業はいくつもありますが、いずれも純粋なマーケティング会社というよりは広告運用会社という側面が強いと感じます。
私はイノーバをマーケティング会社として、海外に進出する日本企業を強力にサポートできるアジアナンバーワンの会社にしたいと考えています。

その実現のために現在取り組んでいるのがAIの導入で、短期的にはこのAI×マーケティングの推進にフォーカスするつもりです。
ChatGPTに代表されるように、コンテンツ自体はボタン1つで生み出せる環境に変わって来ました。藤井聡太棋士がAIと戦うことで強くなったように、イノーバに登録する2500人のライターがAIを最大限に活用することで、更に質の高いコンテンツの迅速な提供が可能になると考えています。

AI人材の育成と経営の効率化により、マーケティング業界に新しい風を

宗像淳:

長期的な視点に立つと、日本経済が成長するためにはAIを活用したDXの実現が必須です。
知見が言語化されている欧米と比較すると、暗黙知に頼りがちな日本はDXの推進には時間がかかります。また、AIの分野においても欧米と日本に格段の差があるのが現状です。

ただ、日本は出だしこそスローですがそこから追い上げる地力があります。第2集団から欧米の背中を追いかけ、追い付いてひっくり返す、そんな仕掛けにイノーバが関わって行くことができれば面白くなると考えています。

アマテラス:

その実現にあたり、乗り越えるべき課題は何だと思われますか?

宗像淳:

まずは足元を固めることが課題です。社員のAI教育と社内業務へのAI導入を進め、自動化できる業務は自動化し、社員はクリエイティブな仕事に集中できる環境を整備したいと考えています。よりスピード感をもって動ける組織づくりをする必要もあります。

このような組織づくりに成功すれば、これをビジネスモデルとして展開することもできます。先ほども申し上げたとおり、マーケティング業界は全体的にブラックな職場環境であることが多く、私たちが新しい風を吹き込むことで業界全体の環境改善にも貢献できればと思っています。

個々の優れた創造性とチームワークが融合した強い組織を目指す

アマテラス:

宗像さんが考える、理想の組織や人物像について教えて下さい。

宗像淳:

まず組織像ですが、個人的に「ブラジルのサッカーチーム」を理想と考えています。ブラジルチームは並外れたタレントとチームワークが融合することで、世界を代表する強さを誇っています。私たちも個々で優れた創造性を発揮しつつ、チームになるともっと強い、そんな組織を目指しています。

人物像については、ボトムアップ思考で自分の頭で考え、自由にチャレンジし世の中を変えて行けるような、強い成長意欲をもった人物像が理想です。

アマテラス:

最後の質問です。このタイミングでイノーバ社に参画する魅力や働き甲斐はどこにあるとお考えですか?

宗像淳:

イノーバ社はコンテンツマーケティング分野で蓄積した知見だけでなく、情報収集能力においても日本でトップクラスであるという自負があります。加速的に変わって行く時代の中で、常に変化の最先端に触れ続けられることは、この会社で働く大きな魅力だと思います。

また、私たちは会社として「自分の仕事を通じて誰かの役に立つ」ことをとても大切にしています。世の中への貢献意識が全社に根付いており、プロフェッショナルとしてそこに誇りをもって日々仕事に取り組んでいます。
成果報告と共に「お客様から感謝されました」というチャットが日々社内を駆け巡り、お互いにそれを喜び合える職場環境は私の自慢でもあります。

ステージとしてはレイターになりますが、個人的にはこの会社は第2創業期だと考えています。一緒にアジアナンバーワンのマーケティングカンパニーを目指しましょう。

アマテラス:

本日は素晴らしいお話をありがとうございました。

この記事を書いた人

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片山 真紀

株式会社イノーバ

株式会社イノーバ
https://innova-jp.com/

設立
2011年06月
社員数
65名

《 Mission 》
個人と企業にイノベーションの力を与える
《 事業分野 》
SaaS・webサービス
《 事業内容 》
コンテンツマーケティング企画・制作・運用
マーケティングソフトウェアの開発