デスクレスワーカーのアナログな情報管理を変革し、ヒトの身体やコミュニケーションを科学する

株式会社Sapeet代表取締役 築山 英治氏

業界問わず、専門的な知識やノウハウはどうしても属人化しやすく、特定の人しか適切な商品やサービスを提供できない事業者が少なくないです。しかも、そういった専門性の高い商品やサービスほど、提供者と受け取り手との間に情報格差があるため、顧客視点では「本当に自分に合っているのか」を適切に判断できません。

そんな情報格差を解消するためのプロダクトやソリューションをサービス提供しているスタートアップが、株式会社Sapeetです。同社の代表取締役である築山英治氏は、高校生の時から将来は経営者になると決めていたそうで、起業という目標から大学院での研究テーマを逆算し、その目標を実際に叶えたという経緯があります。

大学時代のアイデアを元に起業し、現在では上場企業のPKSHA Technologyグループになり「シセイカルテ」など様々なプロダクトやサービスを世に送り出してきた築山氏。彼が経営者としてどのような未来を描くのか、創業までの経緯や現在挑んでおられる壁などについて、詳しくお話を伺いました。

築山 英治氏

代表取締役
築山 英治氏

東京大学大学院工学系研究科卒。在学中に所属していた体育会アメフト部で、体重を60㎏から100㎏へと増やした際、体格の変化からオンラインでの服購入に困ったことをきっかけに、大学院にてクラウド3D着装シミュレーションの研究に従事。研究技術を軸に、株式会社Sapeetを設立。AI身体分析・3D可視化・自然言語処理等の技術をベースにあらゆる場面でのコミュニケーションの負の解決に取り組む。

株式会社Sapeet

株式会社Sapeet
https://sapeet.com/

設立
2016年03月
社員数
81名(うち業務委託33名)

《 Mission》
ひとを科学し、寄り添いをつくる
《 事業分野 》
AI・IoT・Robo
《 事業内容 》
株式会社Sapeetは、人の身体性・精神性・行動をデータとロジックに基づき、分析/可視化している企業です。また、その技術を簡単に利用できる仕組みも開発し続けております。
3DCG/機械学習技術を用いたカラダの解析サービス(体型推定、姿勢分析、etc)に注力し、2020年1月には、自社プロダクト「シセイカルテ」をリリース。仕組みによって、人と社会がより最適な状態で触れ合い、人のポテンシャルを解放したり、生活の質を高めたり、と心身豊かになれる世界をつくります。

将来の方向性を経営者に定めた高校での進路相談

アマテラス:

まず、築山さんの生い立ちからお伺いします。現在に繋がる原体験のようなものがあれば教えてください。

株式会社Sapeet 代表取締役 築山 英治氏(以下敬称略):

父が医師、母は看護師という家庭環境で、私は幼少期から「医者になれ」と言われて育ちました。気質としては負けず嫌いで、幼稚園でも劇があれば主役になりたいと必死で主張するような子どもでした。その割に、いざ本番になると、恥ずかしがって出てこなくなるような一面も兼ね備えていたように思います。

いつも家のテレビで野球を見ていた父の影響を受けて、小学校からは野球少年団に入りました。外野を担当していたのですが、フライがうまく取れず、叱られてはよく泣いていました。ただ、小学校時代に涙が出尽くしたのか、中学以降は泣いた記憶がありません。

医者になる予定で、中高と進学校に進んだのですが、高校2年生の進路相談であらためて自分の将来を考えました。自分にはどんな選択肢があるだろうか?どんな道に進みたいのだろうか?自らに問いかけ直したところ、浮かんできたのが「経営者」でした。

ちょうど当時は、堀江貴文さんのようなIT起業家が世の中から注目され始めていたタイミングでした。社長が書いた伝記本を読む度に、社長業の面白さに心が惹きつけられました。自分も会社を立ち上げ、事業を起こしてみたいと自然と考えるようになったのです。

もともと医者を目指していたため、理系専攻だったのですが、社長といえば経済学部という単純な発想から、文系に転向し、東京大学に文Ⅱで入りました。その後、自分でサービスを開発できたほうがいい、プログラミングなどを学びたいと考え、再び理系専攻に戻りました。

適材適所での組織運営を体感で学んだ東大アメフト部

築山 英治:

高校2年生の時には、経営者という将来の方向性が固まっていたので、東京大学ではTNKという起業サークルに入りました。起業サークルではビジネスコンテストの運営やプレゼンコンテスト、勉強会の開催をしていましたが、大学1年生の夏に甲子園球児が真剣に野球に取り組む姿を見て、せっかくなら大学時代にしか出来ないことに注力しようと方針を変えました。

具体的に何をするべきか検討した結果、どうせなら大学から始める人が多い種目のスポーツをしようと決めました。東大で強いスポーツ系の部活を比較し、最終的にはアメフト部に入りました。

アメフト部では、足の速さを評価されて、走りを活かすポジションを任せられました。ところが、期待されたほどのパフォーマンスが出せず、怪我を繰り返し、試合にも出られないまま、3年生になってしまいました。

もう、やめてしまおうか。諦めかけていた矢先に、ヘッドコーチからポジション変更を命じられました。走りを活かすことよりも、前に出ていき体を張ってブロックする役割を求められたのです。このポジション変更が、私にとって大きな転機となりました。

新たなポジションに適性があったのか、だんだん活躍できる場面が増えていき、次第に試合にも出場できるようになっていきました。実は、その時の経験が今の採用や組織運営に対する考え方にも繋がっています。

適正なポジションを見極めれば、パフォーマンスが変わる。その人が輝ける場所は必ずどこかにあるということを、その時に学びました。だからこそ、Sapeetでも採用したメンバーが現場で上手くいかないときは、より適したポジションが他にあるのではないかを考え、ポジションを提案することもあります。実際にその変更後に、活躍しているメンバーもいます。

先輩起業家の事例を参考に大学院の研究テーマを逆算する

築山 英治:

アメフト部での役割が変わり、速さよりも体格が重要になったことから、当時はひたすら食べて体重を増やしました。入部当初60kgだった体重が100kgほどに増えたことで、服の選択肢が減りました。

オンラインでせっかく購入した服が、いざ届いてみたらパツパツで着られなかったという悲しい思い出もあるのですが、こういった服の悩みを持っているのは私だけではないのだとその時に気づきました。周りの部員達も同じようなことで悩んでいる。それならば、「これは解決に値するテーマではないか」と思いました。

ちょうどその頃、起業サークルの先輩である株式会社Gunosy創業者の福島良典さんや株式会社Strobo創業者の業天亮人さんのように、大学院在学中の研究をもとに起業された例を知りました。そこで、彼らの事例を参考に起業という目標から逆算してシナリオを立てました。

インターンシップでソフトウェア開発の技術を学び、大学院で自分なりの技術を研究しよう。大学院での研究結果をもとに、卒業後は自分の事業を立ち上げ、会社を作ろう。その流れをイメージできた後で、アメフト部時代に感じた課題をもとに、研究テーマを選びました。

オンライン上で自分の体型のアバターをつくり、3Dデータの洋服を試着できるシステムを作ろう。その思いから、所属研究室を物理シミュレーションの領域に決め、後の事業につながる3Dクラウド着装シミュレーションの研究を始めたのです。

インタビューは東京都港区のSapeet社オフィスにて行った。築山氏(左)とインタビュアーの弊社藤岡(右)

大学院で開発したクラウド3D着装シミュレーション

築山 英治:

クラウド3D着装シミュレーションを研究するにあたり、課題となったのは、クラウド上でどうやって軽く早く、そして正確に再現するかでした。デスクトップの大型計算機を使ってシミュレーションできても、現場の実用には耐えられないからです。

そこで物理シミュレーションの一手法である粒子法を使い、服の素材によっても異なる着圧や揺らめき方をクラウド上で再現できるように工夫しました。当時開発していたシステムはSapeetを創業した後、アパレルECサイト向けに展開した最初の商品になりました。

そのシステムはある程度の質は達成できましたし、実際に導入くださった企業も何社かありました。ですが、残念ながら費用対効果を感じていただけるレベルにまでは至りませんでした。使っている技術の高さとサービスの良さは決して比例しないのだと体感しました。

PKSHAグループとの連携で上場企業の基準を吸収

アマテラス:

その状態から各種ソリューション事業や「シセイカルテ」などの自社プロダクトを展開され、事業を成長させてこられたかと思います。どのように壁を乗り越えて来られたのでしょうか?

築山 英治:

会社を立ち上げてからしばらくの間は、私自身、経営者として未熟で、どこかサークルと似た感覚で事業を運営していたように思います。シードマネーの調達は順調に出来たのですが、当時の事業計画書はパワポ数枚というレベル。おそらく私自身の人となりやチームを評価いただけたのだと思いますが、よく出資いただけたものだと思います。

そこから次の資金調達に動いていたタイミングで、PKSHA Technology社の代表取締役、上野山勝也さんと出会いました。4年前からアライアンスを組み、PKSHAグループに入ったことで、事業計画づくりや事業運営のやり方が大きく変わりました。

PKSHAグループでは、会社というものがどう動くのかを直接見て学べましたし、上場企業の水準で経営者として育てていただきました。グループジョインしてしばらくはひたすらPKSHAから学び、それまで培った技術をもとに、さらに姿勢や顔などの身体の分析技術を研究開発する日々でした。

リリース前の段階で受注が入った「シセイカルテ」

築山 英治:

PKSHAの方にサポートいただきながら、ソリューションビジネスを育て、商談や展示会などで提案を続けていくなかで、事業の作り方が体感で分かってきました。お客様のニーズも掴めるようになり、相手企業にWin-Winの状態をイメージしてもらえるような伝え方や提案の仕方が徐々に身についていきました。

当社の「シセイカルテ」も、姿勢分析システムのニーズがあると分かったところから開発が進んだプロダクトです。そんな時、とあるフィットネスのお客様から、ある姿勢分析のシステムの導入をそれなりの予算感で検討しているという話を耳にし、詳しくお話を伺いました。

聞くと、そのシステムにはカメラやパソコン、センサーなどの設備が必要とのこと。それでは現場で運用しきれないと直感した私は、大学院から磨いてきたAIの技術を使ったアイデアをご提案するため、プロトタイプを作り上げました。せっかくプロトタイプが出来たのなら、他にもニーズがあるか知りたいと考え、フィットネス関係の企業が集まる展示会に出展しました。

展示会では整体や接骨院のニーズも知ることができましたし、リリース前の段階にも関わらず、プロダクトが売れたのも大きな自信に繋がったと思います。競合他社も姿勢分析機器は出しているのですが、当社ほど手軽に分析できるプロダクトは当時他になかったので、想定以上の反響があり、手応えを感じました。

ソリューションビジネスと比べて、成約までの時間も短く、しかも市場から間違いなく求められている。それなら「シセイカルテ」をもっと事業として注力していこう。その時の手応えをもとに、さらに事業を広げてきて、今に至るという感じです。

接客・営業を主に支援するSapeet社のAIソリューションとプロダクト

一人ひとりのストーリーと向き合い、伝え続けた採用手法

アマテラス:

現時点(2023年12月)で、特に感じておられる壁などあれば、教えて下さい。

築山 英治:

シセイカルテがある程度立ち上がってきた段階で、組織の人数も増え、マネジメントをより考える必要が出てきました。自分が現場にいなくても上手く回り続ける仕組みをどうしたら作れるのか。私自身もマネージャーとしての経験をSapeetとともに培ってこれたと思います。

採用面については、創業段階から私の研究内容を見て興味を持ってくれた研究室の後輩がアルバイトからそのまま新卒で入ってくれたり、PKSHAに入るタイミングで、東大アメフト部の同期が入ってくれたりと、優秀な人材との縁に恵まれました。

彼ら彼女らに声をかけた際には、事業内容を紹介した上で「同じようなビジネスをしている会社は他にもあるだろうけれど、私とあなたそれぞれのキャリアストーリーが交わって、一緒に先を目指せる場所は他にはない」といったメッセージをひたすら伝えました。

人それぞれタイミングがあるので、定期的に連絡を取り合いながら、お互いのストーリーが交わるタイミングできちんと伝えられるように、日頃から準備しておくことが大事なように感じています。とはいえ、辞めていく人も一定数いますし、組織づくりについてはまだまだ目の前の壁を少しずつ登っているところです。

研究室と部活の良さをかけ合わせたカルチャー

アマテラス:

築山さんが考える理想の組織像とは、どのようなものなのでしょうか。

築山 英治:

私にとっての理想は、研究室と部活をかけ合わせたような組織です。甲子園を本気で目指す部活のように、仲間を思い合いながら、同じ共通の未来像に向けて熱く取り組める。それでいて、データをもとにした分析や仕組みづくりにもしっかりと重きを置く。そんな二軸で組織を作っていきたいと考えています。

Sapeetが大切にしている行動指針の一つに「Respect all(いいやつであれ)」という価値観があります。相手の立場を理解しつつ伝わりやすいコミュニケーションを取ったり、恥ずかしがらずに感謝を伝えあう、などの行動に落とし込み、みんなが自然と体現しています。また、誰でもアクセスしやすい形で情報を整理・透明化することで「Sync(脳内同期)」しあい、お互いに尊重し合いながらも、「Fact Driven(事実駆動)」でぶつかり合い、成長しあえるようなチームにしていきたいです。

月に1回開催している懇親会の様子

社会の公器となるべく、成長し続ける仕組みを目指す

築山 英治:

優秀な人材が入ってきている分、一人ひとりが活躍しきれる場をまだ提供しきれていないという思いはあって、マネジメント層をどうマネジメントしていくか、次のマネジメント層をどう育てるか、教育するか。新しく入ってきてくれたメンバーを会社としてどうサポートしていくか。課題はまだまだ山積みです。

時には、人の気持ちを汲み取りきれず、配慮が足りない言動で社員を傷つけてしまったこともありました。ヒトの「感情を変数にいれて」接するということができていなかった。そんな時にも経営者として至らないところを、都度都度指摘してくれるメンバーがいるので大変ありがたいと感じています。

彼らの意見を反映しながら、マネジメントについて本や人から学んだり、勉強会を開いたり、手探りではありますが、一つずつ地道に改善しています。マネジメントの難しさに日々直面しながら、周りに支えられてきたおかげで、今日まで前進してこれました。

PKSHA Technologyの上野山さんとディスカッションする中で、視座を引き上げてもらったところもあり、最近では社会の公器としての事業づくりや組織づくりについてよく考えます。上場を目指して、売上を作り、成長し続けるための仕組み化が中長期での大きな課題です。

隠されたニーズやインサイトの発掘からの事業創出

アマテラス:

Sapeet社の今後の展望について教えてください。

築山 英治:

当社は、新しい技術や体験といったものが好きな人たちが集まっている会社です。隠されたニーズやインサイトを見つけ、商品化し、それをどんどん世の中に出して、効果を実証したい。その事業化スピードをさらに加速させ、商品の数も規模も増やすことで私たちの知的好奇心を満たしながら社会への提供価値を大きくするために、会社をより成長させていきたいと考えています。

そのためにも、生成AIソリューションのように、より広い市場に刺さるような機能やプロダクトをこれからはもっと追求していく予定です。直近では、店舗のビジネスのペーパーレス化による業務効率化とノウハウのデジタル管理によるスタッフのエンパワーメントというテーマに関心があります。

店舗ビジネスの多くが、紙媒体を情報管理に多用しています。そうなると、情報共有や連携がスムーズにできないため、お客様のデータやノウハウを蓄積しながら、健全にPDCAを回していくことができません。

特にスタッフとエンドユーザーとの間やスタッフ間にて技術の知識格差や情報格差が目立つ領域のビジネスであれば、私達の技術やシステムはきっとお役に立てると思います。現場依存・人依存から抜け出し、エンドユーザーに最適な商品やサービスを届けるための底上げができるはずです。

蓄積されたデータをもとにアナログな情報管理を変革する

築山 英治:

店舗ビジネスのアナログなコミュニケーションの在り方を、私達が変えていく。その前段階として、接客力のばらつきを標準化する次世代クラウドカルテ「マルチカルテ」や、生成AI系の販売促進ソリューションの案件が増えてきています。

お客様からの要望が次々と寄せられるこの大きな市場に対し、後はご要望にひとつずつお応えしつつ事例を増やしていくだけです。これから当社に参画する方は、事業開発的な立ち位置からどんどん市場を作っていく経験もできますし、画像分析に限らず自然言語処理技術も合わせた幅広いコミュニケーションの文脈で、これまでにない新しい成果を世に出していくこともできるでしょう。

私達には、身体に関連する幅広いデータを日本で一番蓄積してきた自負があります。特に身体や食事、睡眠、運動といった分野に興味をお持ちの方であれば、私達のデータと知見を組み合わせることで、新たな事業を無数に展開できる可能性があります。新たな仲間達と一緒に、上場に向けてさらにギアを上げながら加速していきたいと思います。

アマテラス:

本日は貴重なお話をありがとうございました。

この記事を書いた人

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多田 ゆりえ

広島県広島市出身。国際基督教大学卒業後、外資系製薬会社のMRとして勤務。その後、心身を壊し、10年ほど障がい者雇用の現場を経験。30代で県立広島大学大学院に飛び込み、社会福祉学を専攻。並行して、社会福祉士資格を取得。「データ扱いではなく、人の物語に光を当てたい」との思いから、大学院卒業後、インタビューライターとして起業。翌年に株式会社心の文章やとして法人化した後、会社を休眠させて、合同会社SHUUUに参画。ベンチャーキャピタルJAFCO様の広報サポートの他、スタートアップ領域の広報に広く携わる。2024年より東京に拠点を移し、社名を株式会社YEELに変更し、会社を再始動。フランチャイズ支援と広報サポート事業の2軸で展開する。アマテラスには、2022年8月よりパートナーとして参画。

株式会社Sapeet

株式会社Sapeet
https://sapeet.com/

設立
2016年03月
社員数
81名(うち業務委託33名)

《 Mission》
ひとを科学し、寄り添いをつくる
《 事業分野 》
AI・IoT・Robo
《 事業内容 》
株式会社Sapeetは、人の身体性・精神性・行動をデータとロジックに基づき、分析/可視化している企業です。また、その技術を簡単に利用できる仕組みも開発し続けております。
3DCG/機械学習技術を用いたカラダの解析サービス(体型推定、姿勢分析、etc)に注力し、2020年1月には、自社プロダクト「シセイカルテ」をリリース。仕組みによって、人と社会がより最適な状態で触れ合い、人のポテンシャルを解放したり、生活の質を高めたり、と心身豊かになれる世界をつくります。