自分の運命を自分で切り拓くーー人材業界の“天照大神”が大切にする、「ベンチャースピリッツ宣誓 5ヶ条」が生まれたワケ

株式会社アマテラス
代表取締役 藤岡清高

株式会社アマテラスは、「日本からグーグル・フェイスブックを100社創出する」を理念に定め、スタートアップ企業と優秀な人材を結びつける転職支援を行っています。「自分自身を追い込む」そう語る代表取締役、藤岡清高(ふじおかきよたか)はどのような経験、想いからアマテラスを生み出したのでしょうか?

自然に公園に足が向いていた…窮地に追い込まれた男が決断した「アマテラス」という選択肢

「俺は何をやっているんだ…」

アマテラス創業前、藤岡はひとり公園のベンチに座り、そう考えていたそうです。前職ドリームインキュベータでは、事業戦略のコンサルティングとして支援先に出向。新規事業の立ち上げにも関わり、支援先の経営者とともに二人三脚で事業を作り上げていきました。しかし、事業がカタチになってから参加してきた経営陣と意見が衝突し、ドリームインキュベータを離れることに。

「やり甲斐を感じていた職場を離れてしまったことで、強い喪失感に包まれた」と藤岡は当時を振り返ります。眠っていても不安に押し潰れそうになり、夜中に目覚めてしまう。当時36歳と、年齢的にも「これから」と言うときにどうすればいいのかわからない…。

また、会社を離れることになった翌日は2011年3月11日…東日本大震災が起き、企業はもちろん社会全体が止まり、藤岡は「動きたくても動けない」状態に陥りました。毎朝、家を出るものの、行き場もなく自然に公園へ足が向く。ベンチに座ってまた「俺は何をやっているんだ…」 頭の中に浮かんだ言葉が、自然に口からも出ていたそうです。

藤岡は、「困っている人たちがいる」とボランティアのために被災地へ。道中バイクで走りながら「どうすればいいのか」とずっと考えていました。実はドリームインキュベータを離れる際、尊敬していた会長の堀紘一氏、社長の山川隆義氏から事業のヒントを貰っていたのです。

「お前は人材ビジネスが向いている」

藤岡は人材ビジネス未経験。自分に向いているのかどうかも不安でした。

しかし、藤岡は2011年4月に人材紹介会社「アマテラス」を創業します。その決意の背景にあったのは、スタートアップ企業を支援したいという想い、自身が転職相談者の立場として人材紹介会社に感じた疑問、そして藤岡自身の経験をベースにした「ベンチャースピリッツ宣誓 5ヶ条」がありました。

自身の失敗も参考にした「ベンチャースピリッツ宣誓 5ヶ条」

ドリームインキュベータ在籍時、同僚と。(筆者は一列目右)
ドリームインキュベータ在籍時、同僚と。(筆者は一列目右)
  1. 【チャレンジャー宣言】ベンチャースピリッツを発揮しプロフェッショナルとして働く
  2. 【原因自分論宣言】全ての原因を自分にあると考える。他人のせいにしない
  3. 【チャレンジスピリッツ宣言】失敗を恐れずにチャレンジする
  4. 【創意工夫宣言】出来ない理由を考えず、どうやったら出来るかを考え、その可能性に向けて行動を起こす
  5. 【勤続宣言】入社を決意した会社では3年以内に自己都合で退職しない

これは、アマテラスが創業当時転職希望者に提示していた「ベンチャースピリッツ宣誓 5ヶ条」。この5ヶ条に同意していただけた方だけに、お仕事を紹介しています。当たり前のことばかりですが、当たり前だからこそとても厳しい。スタートアップ企業で結果を出すには、自発的に考え、動くことが大事です。そして自発的に動く原動力となるのが「共感」することだと、藤岡自身も痛感したからです。

実は、藤岡も過去にスタートアップ企業で働いた経験があります。

大学卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行。3年目には名門と呼ばれる法人営業部の配属が決まりました。しかし、キャリアアップを考えMBA取得を目指して慶應ビジネススクール(慶應義塾大学大学院経営管理研究科)へ。MBAコースの二年目になった頃、久しぶりに会った学生時代の友人から「うちで働かないか?」と声をかけられたそうです。

しかし結果は、藤岡が考えていたものとはまるで違うものでした。なんと、役員待遇で入社したにも関わらず、力及ばずクビ。経験も知識も自信がある。しかし、社長と持っている情報量でも処理できる仕事量でも大きな差がついていた…「会社に共感していなかった」そう当時を振り返ります。どこかで「自分がやりたいことと違う」「一生いる訳じゃない」という気持ちが、藤岡を踏ん張らせなかったのです。

藤岡 「最初は腹が立った。なぜ自分ほどの人材をクビにするのか…でも、考えれば考えるほど、クビになって当たり前だと思うようになっていった」

しかしこの経験が、藤岡を奮い立たせるきっかけとなります。

MBAコースを修了した藤岡は、スタートアップ企業への就職を目指し、ドリームインキュベータに入社。創立者でもあった堀氏に憧れていたこと、そして「日本からソニー、ホンダを100社作る」という会社理念に「共感」したこと。それが藤岡に踏ん張りをきかせたのです。仕事が多く、忙しい…精神的にも肉体的にもキツいけど、「共感」が辛さをやり甲斐に変えていたことを実感できたそうです。

藤岡 「責任を人に押しつけていたら自分が楽。しかし、責任を押しつけている限り、自分で歩く道を選べない。『ベンチャースピリッツ宣誓 5ヶ条』は、スタートアップ企業で活躍するため。そして、自分の運命を自分で切り拓くきっかけにもなる」

この5ヶ条は、ドリームインキュベータの堀氏がいつも言っていたことを参考にしたものです。「プロ野球選手は打てなかったときに言い訳をしない。常に3割以上を打つことだけを考えている」 その考えに「共感」し、踏ん張ってきた藤岡のように、5ヶ条が転職相談者の「踏ん張れる」きっかけになって欲しい。そう藤岡は考えています。

スタートアップ企業に優秀な人材をーーそのために身につけた“目利き力”

仲間が増えてきた@アマテラス南青山オフィス屋上
仲間が増えてきた@アマテラス南青山オフィス屋上

ドリームインキュベータ時代、スタートアップ企業の経営者から「良い人材はいないか?」と相談されることが多かったと言います。これには理由がありました。スタートアップ企業は知名度が低く、資金も少ないことが多い。そのため、人材紹介エージェントが名前を知らない、また仕事上どうしても優先的に紹介できないケースがあったそうです。

実際、藤岡自身が「スタートアップ企業に就職したい」と希望を出したときも、もはやスタートアップと呼べないような有名な企業ばかりを提案されて驚いたそうです。あるエージェントに思わず「この会社は、僕が入りたい会社じゃなく、あなたが入れたい会社ですよね」。そう言ってしまい、エージェントを怒らせてしまったこともありました。

人材紹介業界では、就職が決まった希望者の年収から手数料を計算しています。例えば、手数料を年収の3割と決めている人材紹介会社では、年収500万円で決まれば、3割の150万円が手数料として企業から支払われます。4割と決めていれば200万円です。

藤岡 「 “いま”資金が豊富ではなく、“これから”確保、伸ばしていくスタートアップ企業では高い年収が提示できないこともある。人材紹介会社も手数料が下がってしまうため、優先順位を下げざるを得ない。もし、資金豊富な会社が『うちは100%の手数料を支払う』と言えば、優先してしまうのも不思議ではない」

藤岡は、スタートアップ企業の悩みに加えて、こうした人材紹介業界自体が抱えている悩みにも着目。「違う方法でやってみよう」と決めました。手数料がネックになるなら、年収問わず一律100万円としてしまう。採用基準が厳しいなら、直接会いに行って細かく要望を聞いてみる。これは転職希望者に対しても同じ。どういうスタートアップで働きたいのか、何を生かしたいのか、実際に会って話を聞くことを徹底してきました。

「目利き力は誰にも負けない」そう自信を持って語る藤岡は、誰よりも人と直接会い、企業や人のことを知っています。経営者の声を聞くために、定期的に経営者インタビューを実施し、ホームページに掲載。また、有名私大のMBAコースなどで「ベンチャー企業の魅力」を語る講演なども行っています。

古巣ドリームインキュベータも、ひたむきに頑張る藤岡をサポートしてくれました。山川社長が「藤岡がスタートアップの支援をしたいというなら、クライアントを連れて行ってもいい」と快諾。また、有名私大で講演をする際も、まだ無名だった藤岡をつれて「藤岡と一緒に講演させて欲しい」と大学側に交渉。有名人の社長の“オマケ”として講演させて貰えたことで、登録者も順調に増えていきました。

このようにして、アマテラスはスタートアップ企業と幹部候補人材をマッチングする転職サービスとして、最も大事な“目利き力”を身につけることができたのです。

「一隅を照らす此れ則ち国宝なり」

ドリームインキュベータを離れ、窮地に追い込まれた藤岡は、アマテラスをなぜここまで成長させることができたのでしょうか?

「追い込まれると強い」 そう藤岡は話します。

中学の頃、都会から地方に転校し、イジメを経験しました。もともと藤岡は、サッカー部の中心で活躍する選手でした。しかし、転校先にはサッカー部がなく、大好きなサッカーができず、やさぐれた藤岡は、学校の悪童メンバーからは生意気な転校生に見えたのでしょう。血気盛んな野球部の部室に呼び出され、上級生たちから、いわゆる“可愛がり”を受けることになったのです。しかし、決して屈せず、「胸を張ってここを出たい」と猛勉強。県内で一番の高校に合格して、環境を変えることに成功しました。

住友銀行時代にも、幹部候補人材が落ちた試験に合格。MBAの社内選抜として人事部から「仕事よりも勉強を優先しなさい」と言われる幹部候補に対し、藤岡は敢えて会社にも同僚にも内緒で自分を追い込み、仕事をしながら勉強し続けていました。

「俺は何をやっているんだ…」そう、公園でひとり考えていたときも、同じように追い込まれていたことが原動力となったと言います。「人材ビジネスは自分に向いているのか…」、そんな不安を払拭するために「俺は人材ビジネスが向いている」と何度も自分に言い聞かせました。そして、「もう後がない」「だったらやるだけやってみよう!」と…。

平安時代の僧で、天台宗の開祖である最澄は、「一隅を照らす此れ則ち国宝なり」という言葉を残しています。「光を当てる存在。それこそが国宝とも言える人物だ」アマテラスという社名は、この言葉から生み出されました。藤岡自らが、中学や大手銀行、そして公園で「光が当たっていない」ことに悩んでいました。しかし、自ら運命を切り拓こうとした結果、周りが光りを当ててくれたのです。

アマテラスは太陽の神様。藤岡に光を当ててくれたドリームインキュベータの堀会長や山川社長のように、藤岡自身もスタートアップ企業、また転職希望者に光を当てる存在となる。——この社名を選んだことで、藤岡もまた自分自身を追い込み、「踏ん張り」の原動力にしているのかもしれません。