「ニーズあるモノづくり」を貫き、商品開発の民主化革命に挑む

株式会社CORES代表取締役 渡邉貴氏

商品開発のプロセスに消費者の意見を取り入れようという取り組みが始まったのは、インターネットが普及しはじめた1990年代後半のこと。それまでは、メーカーの目線から作りたいものありき、技術シーズありきでマーケットが置き去りのまま、作っても売れない製品が量産されやすい傾向がありました。

また昨今でも、商品開発と製造、マーケティング、営業、広告、意思決定者が役割ごとに分断されているケースが多く、「消費者が求める商品づくり」に苦戦しているメーカーも決して少なくありません。株式会社CORESは、そんな現場のジレンマと真っ向から向き合い、「ニーズのあるモノのみが提供される社会」を作り出すべく、新たな商品開発のあり方に挑んでいるスタートアップです。

同社の代表取締役である渡邉貴氏は高校中退から大検取得後、職業能力開発総合大学校東京校にて化学技術者として磨かれ、食品、化粧品、農業資材等の研究開発を経験した後、そのノウハウを活かした独自の商品開発手法を軸に、インフルエンサー・サポート事業を立ち上げられました。

インフルエンサーという言葉もなかった時代に、商品開発の民主化革命を成し遂げるべく、影響力のあるオピニオンリーダー達と共に商品を生み出すという新たなビジネスモデルの構築に挑んだ渡邉氏。その創業までの経緯や創業後のご苦労、そしてCORESが描く未来についてお話を伺いました。

渡邉貴氏

代表取締役
渡邉貴氏

職業能力開発総合大学校東京校の環境化学科卒業後、微生物系のベンチャー企業にて微生物や健康食品の研究と製品化技術開発に携わる。
その後、植物の素材メーカーにて化粧品や食品原料の研究や工程開発、商品開発等を経験した後、化粧品ファブレスメーカーへと転職。
並行して、グロービス経営大学院にてマーケティングや経営を学び、卒業後に第1回グロービス・ベンチャーチャレンジ(ベンチャービジネスプランコンテスト)初代大賞を獲得。
その事業アイデアをもとに株式会社CORESを創業。
2021年には、High-growth Companies Asia-pacific (アジア太平洋地域の急成長企業ランキング)111位にランクインした。

株式会社CORES

株式会社CORES
https://teamcores.co.jp/

設立
2013年12月
社員数
31人

《 Mission 》
商品開発の民主化革命を成し遂げ、
すべての人が理想を実現できる世界へ導く
《 事業分野 》
Other
《 事業内容 》
CORESは「商品開発の民主化革命」を掲げ、世の中に本当に必要とされる製品を手掛けるべく、インフルエンサーの皆様とともに商品開発をしています。
特定の領域での専門性の高さを支持されている彼らとともに「想いを形にする」ブランドをつくり、フォロワーのインサイト分析を基に企画した商品は、製造先の選定から、ECサイトなど販売チャネルの構築・運用、在庫管理、物流、各種の契約までを一貫サポート。
商品開発を通じて、「嘘偽りなき信用が基盤となる社会」の実現を目指します。

誰もやらないことで自分の存在証明をしていた子ども時代

アマテラス:

まず、渡邉さんの生い立ちについてお伺いします。現在に繋がる原体験のようなものがあれば、教えてください。

株式会社CORES 代表取締役 渡邉貴氏(以下敬称略):

幼い頃から、私は「自分はどう生きるべきなのか」を自問自答していました。また、「知らないことをもっとよく知りたい」「不思議を探求したい」という思いも、幼少期から強く、自然や生き物に触れることが何よりの喜びでした。小学校に入ってからも、勉強を放りだして野原を駆け回っていました。

当時から自分は変わり者で、「自分はここにいるんだ」「こういう人間なんだ」と行動で示そうとするような子どもでした。「誰もやらないようなことで自分の存在を証明したい」という思いは、その頃から今に至るまで一貫しています。

自分にしか生み出せない何かで、世の中を良くしたい。それを自分の生業にしたい。そんな思いから、高校では音楽活動に没頭しました。バンドを組んでは、互いの個性がぶつかりあい、解散してまた次のメンバーと組むといったことを何度も繰り返しました。

世の中には、自分の満足、オーディエンスの満足、社会の満足の3つがあると思いますが、当時は自分の満足しか頭になかったように思います。気づけば10代も終わりに差し掛かり、高校を中退してまで取り組んだ音楽では何も生み出せないままでした。

原点に立ち返り、大検から研究者への道を歩み始める

渡邉貴:

当時の自分の心境は、まさに人生のシャッターが下りていくような心地でした。高校中退で、車の免許もなく、履歴書に書けるようなことが一つもない。そんな自分に何の価値があるのか、いっそもう人生を諦めようかとすら思いました。

とはいえ、生きることを投げ出す前に、もう一回、自分のやりたかったことを思い返そう。そうして、20歳の時に原点回帰で思い出したのが「水族館で働きたい」という中学生の頃の夢でした。水族館で働くなら大卒資格は必要だろうということで、まずは大学入学資格を取ることにしました。

もともと人が用意した問いに対して、求められる答えを出すというのが苦手だったため、大学入学資格検定のテスト対策は本当に大変でした。どうにかこうにか合格点は取れたものの、お金の余裕がなく、今度は進学先に悩むことになりました。

そうして大学や短大を色々と調べていた時に見つけたのが職業能力開発総合大学校東京校環境化学科です。自分が好きだった生物関係に分野が近く、しかも寮付きで学費も手頃。何よりわずか2年で、一流の技術者に成長できるという謳い文句はとても魅力的でした。

その分、カリキュラムは厳しく、入学者の3分の1は脱落していくような環境でしたが、私には合っていました。特に実験の段取りを組むのが得意で、失敗してもすぐに機材を組み立て直し、高速でPDCAを回すことで結果を出し続けました。

インタビューはCORES社オフィスにて行った。渡邉氏(左)とインタビュアーの弊社藤岡(右)

技術シーズと市場のニーズの乖離や自らの特性への気付き

渡邉貴:

当時の私が研究にのめり込んだきっかけは、研究室の先生でした。「あなた方に化学の楽しさを教えてあげたい」という先生の言葉に最初は首を傾げていたのですが、気づけばどっぷりと沼にはまっていました。

研究の仕事をさらに探究し、その知識を活かして歴史に残るような新しい何かを見出したい。その思いから、就職先に選んだのは微生物系のベンチャー企業でした。最初配属された環境微生物課では、ひたすら成果に重きを置いて、自分なりのやり方で研究を進めました。

その結果、他のメンバーよりも成果は出せたのですが、スタンドプレーのように見られてしまいました。そこからさらに会社の業績悪化で部署そのものがなくなり、商品開発課に転属になりました。研究から離れてしまったことは非常に残念でしたが、商品開発にも化学の知識が活かせることに気づいてからは、前向きに仕事に取り組めるようになりました。

ところが、会社側のトラブルで状況が変わってしまったため、別の会社へと転職を決めました。次の会社では、大学等で研究された技術シーズを事業化するための事業計画書をつくり、企業に売り込んでいく業務が与えられました。

後から振り返ると、自分は「全くのゼロから新しい何かを生み出す方が向いている」とその頃に自覚できたように思います。そしてもう1つ、「技術シーズと市場のニーズを結びつけられる人間が極めて少ない」ということも当時の経験から得られた気づきでした。

シーズ発想だった商品開発にマーケット思想を持ち込む

渡邉貴:

次に転職した先は、植物系の素材メーカーでした。3年ほど在籍する中で、様々な機能性素材の研究開発に携わりました。その会社で、私は自分のしたいことを曲げず、かつ社会のニーズも追求しながら、「必ず売れる商品開発という研究テーマ」に徹底的に取り組みたいと考えていました。

ようは、実験・論文・データ有りきのシーズ発想で商品開発をしていたところに、マーケット発想を持ち込んだのです。想定されるお客様に対してどんな商材が合うか仮説を立て、市場規模などを計算してから、適切なシーズを当て込む手法を取った結果、当時開発した商品は製品力賞を頂きました。

ただ、ここでも研究職メンバーとのスタンスの違いから、周囲との齟齬が浮き彫りになっていきました。たしかに顧客や社会のための仕事をしているのに、思ったような評価が得られない。何が正しいのか、基準はどこに置くべきなのか。自分ではわからなくなってきたため、独学では限界があると感じ、グロービス経営大学院への入学を決めました。

その後もう一社転職をした後に、起業したわけですが、周囲との衝突を経て自問自答を繰り返す中で、自分なりに一つの反省に行き着きました。自分の考える正しさを、他人様の会社に持ち込むのは傲慢だった。それなら、自分が目指す正しさを体現できる会社を作ろうと考えたのです。

人生を賭けたグロービスベンチャープランコンテストへの挑戦

アマテラス:

そこから現在のCORESの事業構想に至るまで、どのような経緯があったのでしょうか?

渡邉貴:

研究開発の人間として抱えていたジレンマを払拭できる事業アイデアを生み出すべく、まずは一時期休学していたグロービス経営大学院に復学しました。様々な事業モデルを授業でプレゼンしてみるものの、思うようにいかず、当時はかなり苦しみました。

その頃すでに個人事業としては、商品開発のコンサルや経営コンサル案件などを受けていたのですが、自分が掲げる理想に近づけているとは全く思えませんでした。焦りばかりが募る中、グロービスでベンチャープランコンテストが開催されるという話を耳にしました。

コンテストの賞金額は当時の自分からすれば大金でした。このコンテストに人生を賭けて挑もう。優勝できなかったら、自分がやりたいことなんか全て忘れて、田舎でアルバイトでもしながら、人の迷惑にならないように一生細々と生きていこう。そう覚悟を決めました。

現取締役の田中を含むグロービスの授業で知り合ったメンバー3名を集め、事業計画を練りに練って、コンテスト当日を迎えました。事業の軸にあったのは「出せば絶対に売れる商品開発」という考えです。そこで「必ず売れる場」を用意するべく、注目したのが今で言うインフルエンサー達でした。

2013年はUUUMが立ち上がった年で、まさにインフルエンサービジネスの黎明期でした。インフルエンサーという言葉もまだない時代でしたが、商品開発側の勝手な思い込みを排斥し、影響力のある人間を起点としたコミュニティーに商品を投じれば、必ず売れる商品ができると考えたのです。

コンテスト優勝を勝ち取ったビジネスモデルをもとに創業

渡邉貴:

コンテストの結果発表で「大賞はteam CORES!」の一言が聞こえた瞬間、膝から崩れ落ちて号泣しました。人生で初めて、自分のやりたいことが認めてもらえた。こみ上げてくる感情が全て涙に変わりました。あれほどまでに泣く人を初めて見たと、グロービスの方にも言われたほどです。

その後、コンテストの賞金を元手に、受賞から2ヶ月経った2013年12月にCORESを設立しました。出せば売れるというブルーオーシャンのビジネスモデルが出来ていたので、特に資金調達などは考えていませんでした。当面の課題は「人」でした。

最初に行ったことは、商品を共同開発してくれるインフルエンサーの募集でした。当時はひたすら私一人でメッセージを送っては営業をし続ける日々でした。グロービスのコンテスト受賞歴や研究職や商品開発のバックグラウンドがあったことで、相手からの信用を得やすかったのは幸いでした。

インフルエンサーの協力さえ得られれば、商品開発自体は慣れたものです。むしろ倉庫との契約やバーコードの発行、決済システムの準備といった周辺業務の方に苦戦したのをよく覚えています。何もかもがゼロイチの手探り状態だったため、倉庫側から指定された発送用のデータの作り方がわからず、発送初日の当日になって電車の中で試行錯誤なんてこともありました。

インフルエンサーと共同開発したプロダクトの一例

ミッションや事業への思いを語り、仲間を集める

アマテラス:

業務量が膨大なように思われますが、オペレーション周りは全て、渡邉さんお一人でされていたのでしょうか?

渡邉貴:

創業から3年間は、インフルエンサーやお客様とのやりとりや経理といった、オペレーション周りを全て一人で担いました。グロービス経営大学院で教わったことの1つに、自分が不得意なことはまず自分で行い、その業務領域を支配できるようになってから人を入れるべきという考えがありました。

その教えに則り、最初に人を増やしたのは商品開発でした。私自身、商品開発という仕事に未練がなかったかといえば嘘になります。ただ、社会から与えられた「会社の代表取締役」という立場をまっとうするために、経営以外の仕事は切り離していこうと決めました。

上司にノーと言われて終わり、結局売れなくて終わり、といったムダを省き、商品開発を通じて世の中に真意を問おう。商品開発で民主化革命を起こそう。当社のミッションを語ると、商品開発の方々の多くが共感してくれました。そして、当社に次々と参画してくれました。

商品開発のメンバーが順調に集まったところで、次に優先して集めたのはマーケティング人材です。商品開発とインフルエンサーをサポートし、売上を推進するマーケティング人材は非常に重要なポジションです。

彼らの採用に関しても、業界の飲み会に参加しては、事業への思いや目指す未来を熱く語り、関心を持ってくれた人を誘いました。胸の内を幾度となく語り、相手の反応を得ていくことで、仲間が集まってくれたのはもちろんのこと、私自身の心の安定や事業への自信が得られたのも大きかったと思います。

将来への不安を感じさせない属人性を排除した仕組みづくり

アマテラス:

人材を採用する際に、意識されていたことはありますか?

渡邉貴:

良い人材はどこに眠っているか分からないので、アンテナを広く張るようにしていました。たとえば、現在バックオフィス部門でリーダーを勤めている方はもともと私が飲みに行った飲み屋でスカウトしたアルバイトでした。その他、会社の屋台骨を支えているメンバーの中には、バイトつながりの紹介で入ってくれた人もたくさんいます。

また、現在の商品開発部門のリーダーとも、面白い出会い方をしました。実は一時期、仕事に熱中するあまり、不摂生で太ってしまったことがありました。体型を戻すために強制的に運動をしようと、オフィスからほど近い体力仕事のアルバイトを始めたのですが、その職場で知り合ったのが当時学生だった彼です。進路相談に乗っているうちに、当社に関心を抱き、面接に来てくれたという経緯があります。

CORESに人が集まる理由の1つとして、創業間もない頃から将来への不安を感じさせない仕組みづくりに力を入れてきたことが挙げられるかと思います。スタートアップといえば、将来が不安定というイメージになりがちですが、当社ではそれを仕組みで排斥排除したいと考えました。

理念やビジョン、ワークフローをきちんと固めた上で、属人的にならない経営の仕組みが作れれば、給料が高く、休日は多いという未来を長期的視点で示せるはずです。代表取締役というポジションが経営のプロである以上、口先だけで人を顎で使うような怠慢な態度に甘んじるようなことは絶対にしたくありません。

とはいえ、現状の仕組みはまだまだ3割程度の完成度です。だからこそ、これから当社に参画下さるメンバー達と力を合わせて、これから大きく発展していく会社を支える屋台骨を一緒に作っていければと思っています。

社内で語らう渡邉氏と田中氏

「商品開発」の新たなスタンダードとなる枠組みをつくる

アマテラス:

最後に、CORES社の今後の展望について教えて下さい。

渡邉貴:

インフルエンサーと協業で商品を開発していく流れをようやくパッケージ化できたので、これから当社の事業展開はますます加速していきます。また、インフルエンサーの枯渇という中長期的な課題の解決に向けて、当社のリソースを活用した新たなビジネスモデルの開発も進めていく予定です。

具体的には、「商品開発の民主化革命」を業界全体で進めていけるように、当社の強みであるビジネス心理学に基づいた消費者やマーケットの分析方法や商品開発のやり方をパッケージのような形で他社に提供できるようにしていけたらと考えています。

最終的な目標として、あえて野心的な表現をすると、CORESが携わらない商品は「商品」として世の中に認められないというところまでいければ理想です。メーカーは本業の製造に集中し、商品開発は専門家に依頼する。リソースさえ教えてもらえれば、それを最大限に活かせる市場をこちらで見出し、商品の形を提案する。そんな仕事をしていけたらと思います。

世の中のニーズを売上に直結させ、商品開発を通じて喜びに変えていく。そんな仕組みを作っていける会社は他にないと思いますし、その一端を担う中で、市場やニーズの分析能力を他では絶対真似できない高度なレベルで習得できるでしょう。

これからますますCORESは楽しくなっていきます。「商品開発を民主化させる」という私達のミッションやビジョンに共感し、熱意を持ってともに進んでいける方と、ぜひ一緒に働けたら嬉しいです。

アマテラス:

本日は貴重なお話をありがとうございました。

この記事を書いた人

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多田 ゆりえ

広島県広島市出身。国際基督教大学卒業後、外資系製薬会社のMRとして勤務。その後、心身を壊し、10年ほど障がい者雇用の現場を経験。30代で県立広島大学大学院に飛び込み、社会福祉学を専攻。並行して、社会福祉士資格を取得。「データ扱いではなく、人の物語に光を当てたい」との思いから、大学院卒業後、インタビューライターとして起業。翌年に株式会社心の文章やとして法人化した後、会社を休眠させて、合同会社SHUUUに参画。ベンチャーキャピタルJAFCO様の広報サポートの他、スタートアップ領域の広報に広く携わる。2024年より東京に拠点を移し、社名を株式会社YEELに変更し、会社を再始動。フランチャイズ支援と広報サポート事業の2軸で展開する。アマテラスには、2022年8月よりパートナーとして参画。

株式会社CORES

株式会社CORES
https://teamcores.co.jp/

設立
2013年12月
社員数
31人

《 Mission 》
商品開発の民主化革命を成し遂げ、
すべての人が理想を実現できる世界へ導く
《 事業分野 》
Other
《 事業内容 》
CORESは「商品開発の民主化革命」を掲げ、世の中に本当に必要とされる製品を手掛けるべく、インフルエンサーの皆様とともに商品開発をしています。
特定の領域での専門性の高さを支持されている彼らとともに「想いを形にする」ブランドをつくり、フォロワーのインサイト分析を基に企画した商品は、製造先の選定から、ECサイトなど販売チャネルの構築・運用、在庫管理、物流、各種の契約までを一貫サポート。
商品開発を通じて、「嘘偽りなき信用が基盤となる社会」の実現を目指します。